第7話 デスゲームの裏側【中編】


「マスターじゃないんだけどなあ……しかも、人をデスゲームに巻き込んでおいて、その上、クラスメイトとの友情をぶち壊した上に、さらには眉間に弾丸を撃ち込んで、一度は射殺してきた相手のお願いを、どうして俺が素直に聞くと思ったんだ?」


「……分かっていますけど、でも、悪い話ではないはずなんです……」


「ふうん、説明してみろ」


 はい、と天死が頭を上げた。


「脱落したマスターは、」

「おい、まだ俺はマスターであることに同意したわけじゃないんだけど」


「……浦川様は、先ほど、脱落した自分にはなにもできない、と仰りましたよね……?」

「だって、そうだろ。それともお前が、あの場に連れ戻してくれるのか?」


「いえ、脱落した者を、復活させることはできません……ゲームのルールが変われば、できないこともないですけど……。ころころとルールを変えるのはマンネリ打破にはなりますけど、反則だ、と評価を下げる方もいますので……」


「評価? ……は、あとでいいか。なら、ルールを変えられる条件はあるのか?」

「現場でのイレギュラー発生の場合、です」

「たとえば?」


 天死が人差し指をぴんと立て、


「早々に参加者が全滅してしまった場合、それに近い現象が起きた、起きそうな場合は、やむを得ずにルールを変えて調整したりはしますけど……基本はルールのフォーマットは固定されていますので、変えてはいけないものなんですよ……。なので、浦川様の復活は認められません……すみません……」


「天死ちゃんがルールを変えられるゲームマスターではないのか……、さらに上に、より大きな権限を持つ誰かがいるってことか?」

「そー、いう……ものだと思ってくれて構わないです」

「じゃあ違うのかよ……」

「大体一緒ですよ。ゲームマスターでも変えられないものがあるんです……、全知全能ではありませんから」


 天死は、たとえば支店長のようなもので、本部がどこかにあり、全ての権限は本部にいる誰かにしか操作できない……とか、かもしれない。


 目の前の天死をどうにかしたところで、根本が解決するわけではない……。


「天死ちゃんがゲームマスターなのか? ……あれ? じゃあ俺をマスターと呼ぼうとしているのは……?」


「私『も』ゲームマスターですけど……正確にはサポート役です。ゲームマスターは別にいます――そして第一ゲームは、ゲームマスターあらため【デスゲームマスター】を選出するためのゲームでもありました――」


「…………選出、か。もしも、周りに裏切られ、はめられた参加者が犠牲者となり、こうしてゲームマスターとなれば……かなりえぐいゲームマスターになっただろうな……。まさか誰も思わないだろ、自分たちを巻き込んだデスゲームを操っているのが、自分たちが死に追いやったクラスメイトだったなんてさ。復讐に燃えるゲームマスター……、俺がまだ生き残っていたらと考えるとゾッとするな……そんな奴に上から遊ばれたくはないもんな……」


「でも、ゲームマスターならそれくらいはしてほしいものですね……やり過ぎなくらいがどんどんエスカレートして面白くなりますから――」


「面白く、ね……やっぱりお前がただ楽しんでいるだけじゃなくて、これを見せたい誰かがいるってことか……配信してる? 金持ちの遊びか?」


「金持ちより、上ですよ……そこでです、浦川様には、お願いがありまして――」

「あー、分かるよ、俺にゲームマスターをしろってお願いだろ? でも、いいのか?」


「……? なにがでしょう?」

「俺は別に、復讐心なんて持ってないけど」


 えぐいゲーム運びは期待できない……と釘を刺す。


「でも、後悔があるのではないですか? 家族が、あの場に残されているのですから」


「…………ああ、だからもしも、あのデスゲームを裏から操作できるなら……俺はシャルルを助けたい……。だけど、そんなことを企む俺を、ゲームマスターにしたいのか?」


「はい。面白さは控えめになってしまいますけど、それでも浦川様にはデスゲームマスターになって頂きたいですね……それに、マスターとなっても、制約がありますから……。思い通りにゲームを動かせるわけでもありませんよ?」


「え? 無理なのかよ……マスターなのに。……まあ、支店長ならそうか……」


「支店長?」


「こっちの解釈だから」


 首を傾げる天死は、支店長を知らないようだった……知る機会もないのか。

 それとも天死の世界では呼び名が違うのかもしれない。


「デスゲームマスターの行動も見られているんです……ゲームの動向と同時、マスターの立ち振る舞いも評価対象になっていますから――」


「評価、か……まただよ。誰に評価されるんだ? それに、デスゲームを見ているのは、一体どこの誰――」


「視聴者、ですね。【八百万の神】――、もちろん人間ではありません。文字通りの、神々が視聴しているエンタメです。最近の流行りはデスゲームでして……。退屈する神々に、盛り上がるエンタメを届けるのが、我々天死の役目なんです」


 天死、という存在が人間離れしているので、現実世界ではないとは思っていたが……、異世界よりもぶっ飛んでいる。……異世界のようなものでもあるが……。


 八百万の神々が視聴するエンタメで、最近の流行りがデスゲーム――それに、浦川たちは巻き込まれたのか。


「八百万、と言いましたけど、それ以上の数の神々が同時接続をしてデスゲームを視聴しています……ゲームの内容はもちろん、マスターの手際も見られていて……って、さっき言いましたよね。評価対象になっているんです。私も含め、浦川様の手腕もエンタメとして見られている以上、自由過ぎる行動はできないわけです」


「そりゃまた、動きづらいゲームマスターだな……まるで両手に手錠じゃん」


 デスゲームに巻き込まれている時点で、手錠どころか足枷がはまっているようなものだが……なので二重苦だ。


「神が期待しているのは、冷酷さ、そして柔軟に参加者への助言や手助けをする、臨機応変さ、ですね……面白ければなんでもあり、みたいなところはありますけど……あくまでもエンタメですから。ゲームマスターとしての浦川様が、相応しくないという意見が多数になれば、拾った命が今度こそ散ることになると思います……」


「申し訳なさそうに言うなよ……そんな顔をするなら最初から巻き込むな」


「……こっちも仕事ですもん」


「……お前もお前で大変ってことか……。――で。ゲームマスターを引き受けるなら、身勝手な行動はできない中で、ノルマをこなしながらゲームマスターを演じろってことか……」


「はい。その上で、浦川様がやりたいことをすればいい……逆に言えば、ゲームマスターとしてノルマをこなしてさえいれば、あとは浦川様の自由ってことです……。家族を救うもあり、気に入らない相手を徹底して叩き潰し、殺すのもあり――です」


 前者はともかく、後者をするつもりは、浦川にはなかった。


 嫌いな相手がいるわけでもない……、シャルル以外をあまり見ていなかった、というのが本音だったが……。クラスメイトを相手に、必要以上に心の中へ踏み込まなくなったのは、シャルルの優先度が上がったからか……。


 その他に構っている時間がなくなった、というのは、事実だった。


「もしも、ここで俺が断れば、どうなるんだ? また別の誰かを犠牲にして、蘇生して――を繰り返すのか?」


「そうなるとは思いますけど……その場合、浦川様は不要になりますので、この場で二度目の死を迎えることになります……。今度は本当です、蘇生はされません」


「……そこは二人で、じゃないんだな……」


「ゲームマスターは二人もいらないでしょう……」


「そうかな……相談できる強みもあるけど……発想の補い合いとか。アイデアを組み合わせてさらに面白くなる可能性も――……それとも一人じゃないといけない、ルールか?」


「……察してください」


「なるほどな……実質、俺は断るって選択肢を持っていないわけだ」

「脅したつもりはないんですけど……」


「そのつもりがなくとも状況を見れば脅しだろ……分かったよ、やる。やってやる。――ゲームマスター、任されたよ。ただ、シャルルを贔屓するけど、いいよな?」


「はい、できるのなら、任せます」


「できないと思ってそうな言い方だよな……」


 実際、難しいのだろう。不慣れなゲームマスターに、簡単にできることではないのだろうけど……それができなければ、なんのためのデスゲームマスターだ。


「……私はマニュアルです。分からないことがあれば私に聞いてください。不透明な部分も、聞いていただければ答えを出しますので……努力します」


「すっと出てこないのか……、あれ? もしかして天死ちゃんって、ポンコツ?」


「――。マスターの命令であれば、現場にいき、指示通りに動くこともできます――ただし」


「無視じゃん。あと、分かってるよ、マスターが取るべき行動からは逸脱するな、だろ? ミスをすれば俺が痛い目を見るだけだ……天死ちゃんが気にすることじゃない」


「そうですね、とは言えませんよ……」

「意外と優しいじゃん」

「仕事ですから」


 冷たい返事だが、彼女の表情はむず痒そうだった。


「……俺にとってもデスゲームか」

「浦川様はずっとデスゲームだったじゃないですか」


「それはそうだけど……俺からすれば、これが第二ゲームって感じだ……」


「同時に、生存した参加者は第二ゲームに移行していますよ……それで、マスター。――【代役のデスゲームマスター】に、最初のお仕事です。いいですか? マスターには第二ゲームのセッティングをお願いしたいんです」


「セッティング? それって……仮面を被って声を変えて、モニター越しに参加者に指示を出す、よく見るVTR出演のことか?」


「違いますけど……いえ、したければやってもいいですよ? だってマスターはゲームマスターですから」


「どうせなら一回くらいやってみたいから……あとでやろう」

「はぁ。なら準備しておきますね……その前に、急ぎのお仕事のお時間です」


 天死から渡されたのは、タブレットである。

 なんの変哲もない、浦川もよく使う、同じものだ……機種や会社は違うようだけど。

 天死の世界でのタブレットなのだろう。



「マスターに決めてもらいたいのはこちらですね……参加者に渡す『異能』について――」

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