第4話 ギフト(オア)スナッチ【前編】
いつもよりポニーテールの位置が高いのは、気合を入れているからか。
黒髪のそれを揺らしながら、教室の隅で縮こまる少女へ、近づく人影がある。
「空木さん……気持ちは分かるけど、いつまでも塞ぎ込んでないでさ、少しは仮眠を取った方がいいと思うよ……?」
「……
教室の隅っこで、膝を抱えて分かりやすく落ち込んでいるシャルルは、誰にも触れることができない存在になっていた……、誰も声をかけられないはずだ。
浦川が目の前で射殺されてから、既に半日以上が経っていた……、たったそれだけの時間で、一気に痩せたように見える。
それでも老けて見えないところはさすがの整った容姿と言えるか……。
光を持たない目はどこを見ているのか分からない。喋りかけた野上は、返事があることが予想外だったのだろう……、驚いて数秒、言葉が止まってしまっていた。
「う、浦川君があんなことになって、ショックだと思うけど……今は、人のことよりも自分の心配だよ。私たちはまだ助かったわけじゃないんだからね……。あの天死が、次のゲームを始める前に、できるだけ心を休めないと――」
「大切な人を失ってもいない野上ちゃんに、あたしのなにが分かるの……?」
「…………、それは……」
それを言われたら。
野上では……野上でなくとも、なにも言えない。
「家族を目の前で殺されたんだよ……、しかも、多数決による生贄に選ばれてっ!! 目の前で、眉間を撃ち抜かれて……――あれを見て、すぐに気持ちを切り替えられると思う? できないよ……あたしには、無理……ッ」
「……――ち、だって」
「え?」
「私たち、だって……クラスメイトが目の前で殺されたのよ……平気でいられるわけ、ないでしょうが……っ」
拳を握る野上の様子が目に入ったのか、シャルルは、ふ、と笑った。
「ほっとしてるくせに」
「……な、ん――」
「生贄は自分じゃない、満場一致で決まったから、全員まとめて殺されることもないって、ほっとしてるんでしょ? ……分かるよ、だってそういう安堵が伝わってくるから」
シャルルの目は戻らない。
光どころか、さらに黒く、濁っていっているように見えて……。
「空木さん、一度、外の空気を吸った方がいいと思う……。今のあなたは悪い方向へ考えが偏ってる……、今のままじゃ危ないから……ほら、手を、」
「触らないでッ!!」
ぱんっ、と野上の手がはたかれた。
シャルルの声に、教室内のクラスメイトが視線を向ける。
だけど触らぬ神に祟りなし、と言ったように、誰も近づいてはこなかった。
……他人を気にかけていられるほど、余裕がないだけかもしれないが。
食事も喉を通らない……半日以上、誰も教室から動けなかった。
「手を引くのは、たいしょーの役目、だから……」
「…………分かった。しばらくはもう触れないようにするから……、浦川くんの後を追いかけるなんてバカな真似だけはしないようにね……彼がそれを望むわけがないよ。
なんのために犠牲になったのか、よく考えることね――」
「そんなの……ッ、言われるまでもなく分かってる……ッッ」
二人のやり取りを遠目から見ていた聖良は……、戻ってきた野上に忠告した。
「空木は放っておけ、どうせ次のゲームが始まれば嫌でも動くしかねえんだ。
それでもああして止まってるだけなら、あいつは格好の的だ。それはそれで、オレたちが生き残る可能性が高くなる」
「聖良くんは……冷たいのね」
「この状況で個人に寄り添ってる余裕もねえよ。まずは自分の安全だ……、それが確保できてから、他人を見る……。オレは率先して自分から犠牲になろうとするバカじゃねえ」
「ちょっと……っ、聞こえるってば!」
「聞かせてんだよ。怒りでもいいんだ……立ち上がる理由を与えれば、あいつも機能するようになんだろ――」
「……今度は優しいのね」
「ちゃんと聞いてたか? 機能してくれた方が利用できるんだ――壊れたままでもいいが、できれば機能して、オレの道具として動いてくれることに越したことはねェんだよ」
それから聖良は、教室の隅に視線を向けた。
「あの天死が出すゲームにクリアすればここから脱出できるんだ……、ゲームって言うくらいだしな、勝てないわけじゃねえだろ。それじゃあゲームとしては成立しねえからな――見ろ、あれ、カメラがあるだろ? あれでオレたちを撮ってるんだろうぜ」
「本当ね……いつから気づいてたの?」
「投票前からだな」
教室の四隅には小さいカメラが仕掛けられている……、言われてしまえばすぐに見つけられるようになったが、ヒントもなしに、しかもデスゲーム開始後、ドタバタとしているあの状況でカメラを見つけていたとは……、熱くなりやすいイメージの聖良だが、見ているところはちゃんと見ているようだ。
「運営が当然、観察してんだろ……もしかしたら観客もいるのかもな……。オレたちがどう動くのかを楽しんでいるのか――これを『ショー』として配信しているなら、勝てないゲームは公平さに欠ける。運営が有利にできているわけじゃねえはずだ」
ショーであると同時に、ギャンブル性も含んでいれば……尚更、勝敗は重要視される。
勝てる構造、ではあるはずなのだ。
「理不尽ではない、ってこと……?」
「絶対に運営が勝つゲームなんてつまらないだろ」
「でもそれ、観客がいればの話でしょ? もしも観客がいなくて、運営だけが私たちを観察し、ゲームに右往左往している様子を見てただ楽しんでいるだけなら――勝てるゲームじゃないってことにもなるんじゃないの……?」
「なくはねえな。そん時はまあ……どうしようもねえな。弄ばれるしかねえ」
「ちょっと! 士気を下げるようなことを言わないでよ!」
「だが、だとしてもどこかに穴があるはずなんだよ……それを探すしかねえな……全員で」
教室内を見回す。
浦川大将を除いたクラスメイトが、この場にいる。
聖良はシャルルもきちんと数に含めて、
「誰一人として、他人任せで楽をする奴は作らせねえからな……全員が働け。じゃねえと、オレたちはこのまま遊ばれて、死ぬだけだ」
死ぬ……殺される。直近で射殺されたクラスメイトを見ている分、冗談として受け取るには無理があった。全員が、体を強張らせた……緊張感が走る。
まだクラスメイトの死体を見てしまったショックと、不快感を消せていない生徒ばかりだ……なかなか消えないだろう……トラウマものだ。
時間が経てば慣れてくるのだろうけど、人の死に慣れてしまえば、デスゲームという環境下では、良くはない感性だ。
できれば、人の死に不快感を抱く感性のままでいたい――。
――がらら、と扉が開いた音にも、数人の女子が甲高い悲鳴を上げるほどには敏感になっているようだ。
「わっ!? び、びっくりしました……、驚かせてしまいましたか?」
教室に入ってきたのは天死だった……彼女はアタッシュケースを抱えていた。
アタッシュケースを教卓の上にどかんと置いて、蓋を開ける……そこには。
「……スマホだと?」
「はい。第一ゲーム前に回収していた皆様のスマホです。ちょこっといじりまして……天死ちゃん専用のアプリを入れておきました。この場でしか使えないものですので、悪しからず――。
スマホの使用は自由ですが、既存のアプリは使えません。使用できるのは新しく入っている専用のアプリのみとなりますので……、えー、自分のスマホを手にしましたら、案内に従って手順通りに進めてください……第二ゲームへのご案内は、以上となります」
アタッシュケースの中から、続々とスマホが持ち主の手に渡っていくが……一台だけ、余っていた。
「あれ? このスマホはどなたの……」
「それ、空木さんの……渡してきますね」
「あ、はい」
シャルルのスマホだとすぐに分かったのは、見たことがあるから、というのもあるが、スマホケースに浦川大将とのプリクラ写真が貼ってあったからだった。まるで恋人のように仲が良いシャルルと浦川だが……、本人たちは兄妹(姉弟)の距離感だと言っている。
実際の兄妹でも、この距離感は珍しい。
「空木さん、これ、スマホなんだけど……」
「…………」
「ここ、置いておくから」
「…………」
たたた、と去っていく野上を音で確認した後、伏せていた顔を上げ、シャルルがスマホに手を伸ばした……、見えたプリクラを指で隠す。見てしまえば、もう彼がいないことを、また突きつけられてしまう……。何度も何度も確認してしまうのは、心が堪えられない。
「スマホ……、…………これ、は――」
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