第3話 たいしょーとシャルル…【過去】


 空木シャルルはハーフではなく、生粋の外国人だ。

 両親は共に外国人で――だけど父が病気で亡くなり……、その後、日本人の男性と、母親が再婚した後、不幸は続いた。

 交通事故で二人とも亡くなったのだ。


 母親は人間関係に問題があり、この時にシャルルは、身寄りがないという現実を突きつけられた。そこで、シャルルは日本にいる、再婚した父の妹へ、引き渡されることになった――


 それが浦川家である。



「おい、金ぱつ」

「こら大将、ちゃんとシャルルちゃんと呼びなさい」

「シャルル」

「っ!」


「おまえ、これからどうすんの? 暇なら遊ぶ? 公園にみんないると思うし……一人増えたくらいじゃ誰も文句なんて言わないと思うぞ。いくか? よしいこう、ついてこい!」


 まだランドセルを背負っている時だった。

 浦川大将と初めて顔を合わせた時、もちろんシャルルは、今ほどに彼を信頼してはいなかったし、べったりとくっついているわけでもなかった。


「ぁ、……っ、ぁぅ」

「ん? あ、喋れないのか? 英語じゃないと無理? ……でも俺も、英語は喋れないし……単語くらいしか分からねえもん」

「宿題をしないからこういう時に困るのよ」

「うるせえ」

「は? 親に向かってなんて口の利き方よ!」


「それ、英語でなんて言うの?」

「え? …………お母さんの時代に、英語の授業はなかったのよ」

「へえ。そうなんだ……それでも母ちゃんみたいに立派な大人になれるんだから、英語が喋れなくても問題ないってことだよな!」

「立派? ……そ、そんなことは……っ、へへ……って、誤魔化されるか! あんたは私よりも立派になるために勉強しなさいっての! シャルルちゃんもそう思うでしょ!?」


「へ? え、はい――」


「「喋った(わね)!!」」


「あ」


 浦川家の母と子が、一気に詰め寄ってくる。

 圧はあったが、だけど敵意がないことは、この時のシャルルはすぐに分かった。


「日本語で大丈夫だよな!? じゃあ遠慮しないからな――遊びにいくぞ、シャルル。おまえに拒否権はないからな――」

「あ、たし、まだいくとはいってな、」


「嫌なら振りほどけよ、それか大声で助けを求めろ。それをしないってことは、嫌がってるフリで、構ってちゃんだって思うからな――」


「――いやぁ!! 助けてさらわれるっっ!!」


「こいつマジで叫びやがったぞ!?!?」


 近くをちょうどパトロールしていた警察官が駆け付けた。

 じゃれていただけ、と母親が説明している間、二人は申し訳なさそうに立っていることしかできなかった……。きっと、浦川からすれば、良い出会い方ではなかっただろうけど。


 そしてシャルルにとっても。


 出会った当日、シャルルは一張羅を泥だらけにして帰ってきた。

 浦川は遠慮ない遊び方で、女子であることも忘れて、シャルルを乱暴に扱った。だけどそのおかげか、浦川が中心になっている人の輪の中に、シャルルも混ざることができたのだ。


 乱暴だったけど雑ではなくて……そこには家族の愛があったから。



『俺の新しい家族だから、みんなよろしく』



 そんな風に紹介をしてくれた……、戸惑うシャルルを見もせずに、こちらの了承も取る気もなくて、全て彼の主導で進めていく。まるで自分が王様のようで――。

 実際、当時の彼は王様、とはいかないまでも、リーダーだった。人をまとめると言うよりは人を集めることに長けていて……それは浦川の人柄に惹かれていたのかもしれない。


 大将が連れてきたなら信用できる……、みんなからそういう目を向けられていた。

 転校した小学校で、シャルルがすぐに受け入れられたのは大将のおかげだ。彼がいなければ、きっと、シャルルはずっと塞ぎ込んでしまっていただろうから――。



 シャルルは空木家に引き取られることになった。

 ただし、生活圏内は浦川家である……、シャルルを引き取った浦川家の親族である空木家は、主に学業や養育などの金銭的な支援をするだけである。生活や教育などは浦川家の担当だ。

 親同士、どういう契約があったのかはシャルルには知りようもないが、当時のシャルルは、名字は違うけど、大将と一緒にいられることに安心していた。


 浦川大将の妹でいられることを……誇りに思っていたし、アイデンティティでもあった。


 一つ屋根の下で。


 シャルルと大将は、デスゲームに巻き込まれるまで、共に暮らしていた。



 ある日、大将が風邪を引いた時があった。長いこと暮らしていれば何度もあることだが、初めて、大将が風邪を引いた姿を見たシャルルは、不安で仕方がなかった。一番最初の父親は病気で亡くなったから……、まだ小さかったシャルルは見てもいなかったけど、本能で分かったのかもしれない……。ベッドに伏せる大将は、脆く、弱く見えた……。


「……シャルル、横にいるなよ……」

「で、でも……」

「リビングでテレビでも見てろ……隣にいられると気が散るだろ」


 彼の迷惑になってしまうなら、と、シャルルは大将の傍を離れた。

 ……気が付けば眠ってしまっていたシャルルは慌てて飛び起き、風邪を引いた大将の元へ駆けつけた。すると、熱が上がったのか、苦しむ大将の姿が見えて――


「たいしょーくん!」


「はぁ、はぁ……っ、うぅ……っっ」


「熱が上がってる……大変! 早く、新しい氷を、」


「しゃ、る……」


 弱い力だったが、シャルルの動きを止めるには充分だった。


 大将の指が、シャルルの袖を、引っ掛けている。


「いか、ないで……」


「……たいしょーくん……、うん、いるよ、傍にいる。大丈夫だからね――」


「ありが、と……、おねえちゃん」


「――――っ」


 誕生日は、確かにシャルルの方が早い……けど、普段の大将であればシャルルのことは妹と呼ぶはずだ……なのに。この時だけは、大将はシャルルを、姉と呼んだ。


 浦川大将の、強がらない本音だった。


 それを聞いたのは、シャルルが最初で、最後になるのだろう――。

 この時に、シャルルの気持ちが決まったのだ。


「……あたしが引っ張ってあげないと。あの時、たいしょーくんがあたしを無理やり引っ張ってくれたように……あたしだって、もう浦川家の一員なんだからっっ!!」


 シャルルの献身的な看病のおかげか、無事に熱が下がり、完全復活した大将は、シャルルの変化にいち早く気づいた。


「どうかしたのか?」


「え? なにもなかったよ?」


 確かにある違和感の中身に気付けない大将は、細めた目でシャルルを見続けている。


「……傍にいてよ、おねえちゃん――って、あたしに言ってたよ?」

「は?」


「だからあたしは、たいしょーくんのお姉ちゃんでいようと思って」


「言ってねえよ」

「言ってたのに」

「言ってねえ!」


「じゃあそれでもいいけど……、あたしがたいしょーくんの傍にいたいだけだもん、勝手に傍にいるからね?」


「…………好きにすればいいじゃん」


「やったっ」


 ――俺が兄貴なんだけどなあ、とぼそっと呟いた大将だったが、しっかりとシャルルの耳には届いていたようだ。


「じゃあ、たいしょーくんがお兄ちゃんで、あたしがお姉ちゃん……それでいいよね?」


「ダメって言っても押し通す気がするし……、いいよそれで。……最初の頃はおどおどしてたのに、今じゃ堂々としてるんだもんなあ……なんで急にこうも変わるんだ……?」


 分かっていないようだが、大将の影響だ。


 両親を亡くし、一人で海外にほんの地に一歩踏み出して、新しい家族に加わって生活していく女の子の不安や警戒を解いたのは、他ならない彼である。


 彼は自身の影響力の高さを自覚していない。


「ふふ、なんででしょう?」

「分かるわけ、」


「ぎゅー」


「ぎゃー!!」


 不意を突き、シャルルが大将に抱き着いた。

 そこに偶然……なのか、それとも狙ってなのか、シャルルの抱擁を見た母親が一言。


 珍しく、息子ではなく新しくできた娘の方に視線を向け、


「――シャルルちゃん、それはどっちの意味かしら……?」


「家族愛、ですっ」


「そう、それならいいけど……」

「あたしが守ります……たいしょーは、大事な家族ですから」


 もう、目の届かないところで家族を失いたくないから――。


 今度こそ、失敗しない。



「恩返しじゃなくて、これはあたしがしてあげたいこと――なんですからね!」

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