第2話 第一犠牲者【後編】
「待って……、っ、待ってよっ!! このまま、たいしょーが犠牲になることで話が進んでるけど、ダメだよ――あたしはっ、まだ納得していないんだからっっ!!」
聖良と浦川の間を広げるように、両手を広げて止めたシャルル。
聖良がうんざりした表情で、シャルルではなく浦川を見たのは、「お前がどうにかしろよ」という訴えか。
「………………おい、また一から話し合いか? もういいだろ。満場一致で決定だろ、これ以上、納得を引き出す必要があんのか? それに、てめえも浦川に票を入れてるじゃねえか。満場一致ってことは、空木の票も入ってるってことだろ」
「それは……っ、だってたいしょーが勝手に!!」
「他人に投票用紙を渡したお前のミスだ。浦川に既にはめられてんだよ……諦めろ」
言い返そうとしたシャルルだったが、これでは繰り返しになると悟って、勢いを飲み込んだ。
代わりに口から出てきたのは、疑問だった。
この状況が異常だということが分かっていても、それでもここまで歪むものなのか?
反対意見を出し続ける、自分がおかしいのか?
「…………どうして、そんな風に割り切れるの……? だってっ、クラスメイトなんだよ!? 友達が、死ぬのに……それを、当たり前のことみたいに言うなあっっ!!」
蹴る、ではなく、両手で机を押し倒した。聖良に比べれば迫力などないようなものだが、態度よりも感情が伝わってくる……、普段の彼女なら絶対にしないことが目の前で起こっているだけで、彼女の怒りと必死さが、今のクラスを支配していた。
「そりゃお前とは付き合いの長さが違うからな……、家族同然として育ったお前と浦川――比べて、ただのクラスメイトのオレたちじゃあ、熱量が違う。オレに関しちゃあ、小学校が違うわけだからな……、お前と同じテンションではいられねえよ。
たとえば、浦川以外の誰かが犠牲者に決まった場合、お前はここまで声を上げて止めたりしたか? 犠牲になる本人が進んで志願し、納得していたら――お前は止めなかったはずだろ……違うか?」
「それは――」
「浦川が犠牲にならない、って分かっただけで安心するだろ……余裕も持てる。今のお前のように必死な態度を、別の誰かがしているはずだ……その時、お前はこう思うんじゃねえか?
せっかく助かりそうだったのに、余計なことをするな、ってよ。お前の行動力と人望なら、周りを味方につけて、一人を追い込むこともできる――自分のため以上に、浦川を守るためだとすれば、それくらいのことは容赦なくするだろ」
「…………」
否定の言葉が出なかった。
シャルル自身、その通りだと頷いてしまっていたから。
「お前が浦川を守りたいと思うように、こっちだって全員、庇いたい誰かがいる。だから言わせてもらうが――これ以上、駄々をこねてオレたちを危険に晒すんじゃねえよ、お姫様」
「ッッ、この……っ、聖良、くんッッ!!」
その『お姫様』には、多分の揶揄が含まれていた。
普段、同じ言葉でちやほやされているシャルルでも分かった嫌味だ。
「おーおー、さっきまでとは違う怖い顔もできんのかよ……手元にナイフでもあったら刺してきそうだな……、お前なら脅威にもならねえが。
――文句があるならかかってこい、どうせオレたちはデスゲームに巻き込まれて、法律の外側にいるんだ……、ここでお前も処分したって構わねえってことなんだぜ?」
「聖良、話が違う……お前の私怨でシャルルを真っ先に狙うな」
「突っかかってきたのはあいつだろうが……。だったらお前がどうにかしろ。これ以上、ここで揉めるのはさすがに時間がヤバイ……。運営側の、あの天使……、弱気に見えて真面目ではあるからな……機械的に多少の時間のオーバーも許してはくれなさそうだ」
デスゲームに巻き込まれた当初、たった一人の犠牲者を選んでほしいと指示を出して消えてしまった天使――、どこかで見ているのだろうか。
時間ギリギリになれば、ルール通り、姿を見せるはずだが……。
押しが弱そうに見えたとは言え、ルール違反を許してくれる運営ではないだろう。
そういう抜け穴は、デスゲームにはない。
「……ああ、分かったよ……――シャルル、そろそろ時間だ」
「いやだ」
「いやだ、ってお前な……事故みたいなもんだよ。なにも言わずにいなくなるより、こうして最期に話せるだけマシだろ?」
「……そうやって、さ……いなくなる方は楽だよね……残されるこっちの身にもなってほしいよ……っ!」
「それは……ごめん」
「謝るくらいなら、生きてよ……」
「それはできないんだ……分かってくれ、シャルル」
顔を伏せて拗ねているシャルルの頭に、ぽんと手を乗せる浦川。
その手を振り払うでもなく、かと言って受け入れて身を任せるわけでもない……それでも、浦川の意志に、心動かされているのは事実だ。
「本人を含めた満場一致で犠牲者が決まったんだ……当然、浦川も自分に票を入れてる――浦川は、もう覚悟を決めてんだ……当然だけどな」
「……っ、たいしょー……!」
「自分の命で全員を救いたいこいつの覚悟を、お前が踏みにじるのか? 浦川の友人として言わせてもらうぜ――人生最大の、男の格好つけを、邪魔してんじゃねえぞ……ッ!」
「聖良……」
「男に恥をかかせるな。お前は、黙って守られてりゃいいんだよ」
「そん、なの……ッ」
反論するため、顔を上げたシャルルが見たのは……白色の羽根と、同じく、黒い羽根だった。
彼女の視線の先で広がるのは、白と黒が入り混じる天使の翼である。
「……出やがったか、天使」
「天使、ではなく、天死ちゃん、と呼んでください……それで、その……そろそろお時間が迫ってますけど、犠牲者は決まりましたか?」
ふわり、と着地した天使――あらため、天死は、広がった翼を小さくした。
ちょこんと背中に乗った白と黒の翼と、彼女の頭の上に浮かぶ金色の輪っかが、人外であることを分からせる。一本にまとまった銀色の三つ編みを肩の前に垂らして――その手には分かりやすく、拳銃が握られていた。
「犠牲者が決まっていなければ、第一ゲームはクリアとはならず、この場で全員を射殺することになりますけど……」
「天使が拳銃だと? コスプレするなら天使の弓矢くらいは用意しておけよ、中途半端な運営だな――」
「コスプレじゃないですけど……あと天使じゃなくて天死ちゃんです。拳銃が雰囲気に合わないって、分かってますけど……だって、こっちの方が分かりやすく『殺される』実感が出るじゃないですか……え、違います?」
「……そりゃ、おもちゃに見える弓矢よりも、本物に似た重量感がある拳銃の方が、突きつけられたら怖いと感じるけどさ……」
自分で持ってきたはいいが手慣れていないのか、拳銃を手元でいじり、がちゃがちゃと苦戦している天死である。
「本物か……」
「……警察関係者のお前が言うなら、よく似たおもちゃじゃないんだな?」
「偽物だと疑っちゃいねえよ」
「あ、いけました」
やった、なんて小さくガッツポーズをしている天死は、忘れていた残り時間のお知らせをしにやってきたらしい。
「正確には残り三分です。揉めるなら、今が最後になる、と思いますけど……これ以上長引いたら、本当に全員を射殺することになりますよ……つまらない幕引きです」
「ここにきて射殺、か……、漠然とした犠牲者って言葉が、実際に拳銃を見て重たくなってきたな……」
「逃げるか?」
「逃げねえよ」
「逃げてもいいですけど、天死は撃ちます……ただ、精度はそう良くはないので、逃げると痛みが長引くだけだと思いますけど……」
「躊躇は……しないか。こんなデスゲームに巻き込んでおきながら、いざ殺す時に躊躇された方がムカつくからいいけど……」
「…………天死は躊躇も、迷いも、しませんよ……」
「その前半の間はなんだよ」
ゲームマスターがデスゲームに慣れている、と考えているのは思い込みか?
デスゲームが苦手なゲームマスターも……いるか?
「おい、浦川。さっさと自分が犠牲者だって、申告しろよ……お前が言わねえと認められないんだからよ」
「分かってるよ」
「……あっ」
遠ざかっていく背中に、シャルルが手を伸ばす……でも、もう止められなかった。
タイムアップというルールがある。
ここでまた揉めたら、それこそ、浦川のためにならない。
裏切り行為、そのものだ。
「――シャルル、生きろよ。天国ですぐに再会だなんて、嫌だからな? ……まあ、俺が天国にいけるかどうかは分からないけどさ……」
「ううん……、たいしょーは絶対に天国だよ!」
「そうか? だったらいいけどな……」
「だってさ…………血の繋がらないあたしを、家族として受け入れてくれたんだから――」
「…………そんなことで天国にいけるほど、審査基準は甘くないだろ……でも、シャルルが言うなら、きっとそうなんだろうな」
――まあ、天国も地獄もありませんけどね。
「おい、聞こえてるぞ天死ちゃん」
浦川に指摘された天死は、ぷい、と顔を背けた。
「空気を読めよな……」
「なにか言ってたの?」
「くだらない下ネタだよ」
「言ってませんけど!!」
慌てて否定するところは、天死でありながら人間っぽく見えた。
「じゃあさ……天死ちゃん。正式に、俺が選ばれた『犠牲者』だ」
「はい、浦川大将様、ですね……、確認しました。はい、大丈夫です、これで射殺されるのはあなた様『だけ』となりました」
「…………そうか」
「これから射殺しますけど……最後に言い残す言葉などは……」
「もう充分だ」
「分かりました……では。浦川様の射殺と同時、第一ゲームがクリアとなりますので、通過者の皆様は第二ゲーム開始まで、この教室で待機をお願いします――それでは、この場からは天死ちゃんコードネーム【キリン】が担当いたします。……早速ですが」
不慣れな持ち方で、震える銃口が、浦川の眉間に向いた。
彼女の白い指が、引き金にかかる——
「よい死後を」
弾丸が、一人の青年を撃ち抜いた。
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