代役のデスゲームマスター
渡貫とゐち
第1章
第1話 第一犠牲者【前編】
「――どうしてッ、たいしょーが犠牲にならないといけないんだよぉっっ!!」
しん、と教室内に静寂が訪れる。がやがやと騒いでいたわけではないが、ひそひそと周囲から声が漏れていた。それを全て一掃する怒号が、クラスでも『お姫様』と呼ばれている少女から出てきたのだ……、注目が彼女に集まるのは当然だった。
たった一人を除けば、ここでその感情に応える者はいないだろう。
「シャルル……あのな……」
「いやだよ……あたしを残して、いなくならないでよ……っ」
海外の血である金色の髪を持つ少女が、まるで親がどこかへいくのを止めるように、手を伸ばして引き留める。実際、彼女にとって彼は家族だった……弟であり、兄だった。
だから、いくら彼自身が納得しているのだとしても、はいそうですか、と頷いて見送ることができるほど、彼女は物分かりが良い姉でも、妹でもなかった。
制服にしわができることもいとわず、握り締める。絶対に離してやるものか、と言わんばかりに彼を引き寄せ、胸に顔を埋める。彼は、そうやって甘える彼女に、なにもしてくれなかった。いつもなら、優しく頭を撫でるくらいはしてくれるのに……。
「ごめん、シャルル……これはもう決まったことなんだよ。この『デスゲーム』をクリアするためには、誰か一人が、犠牲になる必要があった――。制限時間が多くあるとは言っても、結局、話し合いをしても俺たちは決められなかっただろ? 嫌な役を誰かに押し付け合って、庇って、責任を擦り付けて……。そんなことをしている内に、あっという間に時間ギリギリだ。このまま、たった一人でいいんだ……、犠牲者を決めなかったら……俺たちは全員、連帯責任で殺される。それだけは避けなくちゃいけないバッドエンドだろ?」
「分かってる……。でも! だからって、どうしてたいしょーがその役をしなくちゃいけないの!? たいしょーじゃなくてもいいでしょお……!? 別の誰かがやれば――」
「ああ、全員がそう思っているはずだ……自分でなくていい、親友じゃなくても、恋人じゃなくても……別の誰でもいいだろ、ってさ。だから全員が別の誰かを推薦した――押し付けたんだ。
ずっと、不毛な争いをしてきたんだから分かるだろ? 結局、こうして決まらなかった。もう話し合いじゃあどうにもらないところまできてるんだ。決まらないんだよ、絶対に。
一番最初に誰かが自分の意思で挙手をしなかった時点で、こうするべきだったんだ――だからこその『投票』だよ」
教卓の上に置かれた投票箱。既に中に入れられていた用紙は全て開かれ、中に書かれていた名前が黒板に書き出されている……、投票されたのは一人だけだ。
「満場一致だなんて……ひどいよ……ッッ、みんな、友達じゃなかったの!? 全員がたいしょーに票を入れて、犠牲になればいいと思ってる!! たいしょーが一体なにをしたの!? みんなを困らせたわけでも、嫌な気持ちになることをしたわけでもないのにぃッッ!!」
「シャルル……、俺たちの知らないところで、知らず知らずのうちに傷つけていることは、あるよ。だからそういうことの積み重ねが、この結果なんだろうさ――」
そういうこともあるかもしれない、と分かっていながらも、シャルルは許せなかった。仮に、彼が嫌われるようなことをしていたとしても、ここで犠牲になることが、当然なのか?
意図的に悪さをしていたならまだしも、そんなこと、彼はしないと知っている。
身内贔屓ではなく、その行為に、きっと彼は意味を見出さない性格をしているから。
「おい、いい加減、見苦しいぞ、
「…………
「これ以上騒ぐって言うなら、浦川の次の犠牲者はお前になるぞ」
シャルルが睨みつけているのは、側頭部を刈り上げた、黒髪で筋肉質の青年だ。親が警察官であり、彼もその道を進むため、中学生ながら今から体を鍛えている。
そのため、クラスメイトを見回しても、彼の体格の良さは抜きん出ている……頭一つ分どころではなかった。
そんな彼に怯むことなく、シャルルは敵意を向け続ける……、それだけ彼女にとっては引けない意見、ということだ。
「……公正に決めろって言っただろ。私怨で犠牲者を決めるなよ」
「第一犠牲者がなんか言ってやがるぜ。お前が死んだ後、空木がどういう扱いを受けるのか、お前には知る方法がねえだろうが」
「シャルルの安全を……いや、それはわがままか。お前の個人的な私怨で、シャルルを特別扱いし、除け者にするって言うなら――……ここで俺は犠牲者を下りる。そろそろ時間もないはずだけど……、このまま満場一致の『生贄』が決まらなければ、全員が死ぬだけだ。ギリギリまでごねてやろうか? どうすんだ、聖良」
「今更なに言ってんだよ、お前は投票で生贄になると決まったんだ……犠牲者はお前だろ」
「投票という形を取ったのは俺たちのアイデアだ。運営の指示に従ったわけじゃない。勝手にやって、勝手に俺が決まっただけの話なんだよ。満場一致ってのは、俺を含めて全員が選ぶ必要がある。正式に運営に申告する前に、俺がごねてしまえば仮の決定は簡単に覆る。俺の機嫌一つで、犠牲者は一人か、全員かに変わるわけだ……――俺の意見くらい、聞いておいた方がいいんじゃないか?」
優位に立っていたと思っていた聖良の表情が曇っていく。決まってしまったものはもう覆らない、と思い込んでいたらしい……、彼の眉間にしわが寄る。
苛立っているのが分かりやすいが、手を出すわけにはいかない、という冷静さは残っているようだ。ここで手を出しても解決はしないし、正解から遠ざかる……。せっかくクリアまでほとんど近づいていたのに、ここで振り出しに戻ることだけは避けたい。
そういう心理を、浦川は利用したのだ。
「てめェ……全員が死ぬ結果ってことは、空木まで巻き込むつもりかよ……ッ!!」
「遅かれ早かれ、なら、ここでごねても同じじゃないか?」
「クソ野郎がッ!!」
近くにあった机を蹴り飛ばす。
傍にいた女子生徒が小さな悲鳴を上げた。
「そう睨むなよ……、なにも俺が今後、このクラスを仕切るわけじゃないんだ……逆だろうが。これから先、俺はいない……犠牲者になるんだ、当然だ。だったら最後の意見くらい、聞いてくれても構わないだろ」
「……チッ。まあいい……今後、空木だけを特別扱いし、除け者にはしないってことだったよな? いいのかよ、『守ってください』、じゃなくてよ」
「そういう特別扱いは批判の的になる。敵を作りやすくなるからな……なしだ。そこまで過保護にしなくとも、シャルルは充分やっていけるよ。何年も傍で見てきたんだ……俺とは違う、魅力がある」
「そりゃお前とは違うだろうが……、ったく、それでいいなら約束を守ってやる。今後のルール次第だがな――公正に、戦略として、空木を狙う分にはいいんだろ?」
「それは仕方ないからな……好きにしろよ」
話がまとまりかけた、その時だった。
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