第3話 繰り返しの朝 2
ガーランド王国は、大陸中央を占める大国だ。王が直轄する領地と諸侯が治める荘園、それから王国に従属する諸国を合わせた複雑な統治体制をとっているが、ガーランドの国王は全ての上に君臨する。この大陸でガーランドに並び立つ国は久しく存在せず、ガーランドのもたらす平和は数百年に渡って続いていた。
穏やかな日々が終わりを告げたのは五年前。北の果てに、竜王が現れた。超常の存在である竜を使役する竜王は北方諸国をあっという間に統一し、王国の同盟諸国にも侵攻を開始した。
北方の国々は、北方山脈の谷間に集落を作って暮らす氏族の集合体だ。単体で竜王に対抗できる手段を持たない彼らは、王国に支援を求めた。国王は大軍を組織し、竜王を撃退するべく遠征軍を派遣した。歩兵十万、騎兵五千、魔導士二百。同盟諸国の援軍一万。平原を埋め尽くすような軍勢は、山麓に集結したところで竜の襲撃を受けた。
王城よりも巨大な竜が野営地の上に降り立っただけで、一個軍団の兵士が蹴散らされた。剣も槍も鋼鉄の鱗には意味を為さず、魔導士の魔法も竜の纏う魔力の前には有効に働かない。ただ潰走する王国軍は、半日でその半数を失った。
この歴史的な大敗を受けて、北方の同盟諸国は全て竜王に降った。王国の権威は失墜し、南方の同盟諸国との関係にも緊張が走る。北方防衛線の再構築と外交に奔走する中、竜王に対抗し得る手段として浮上したのが王国の建国神話だ。
戦乱に明け暮れる大陸のとある国に、異界より一人の少女が降臨した。癒しと護りの力を持つ彼女は国王と共に戦場に立ち、諸国を統一して今の王国を作り上げた。聖女と呼ばれるようになった彼女は、永く王国を守護し平和をもたらした。
そんな御伽噺にも縋らなければならないほど、国王陛下は追い詰められていたのだろう。少なくない人数の魔導士と予算が聖女召喚の研究に投入され、実験が繰り返された。国王の資質に対する疑問が半ば公然と口にされるようになる頃、ついに異界の扉が開き私がこの世界に引っ張り込まれた。
大まかにまとめるとこのような話を、アレンザが丁寧に説明してくれている。私にとっては二度目、そしてこの後いろんな人から繰り返し聞かされることになった話なので、復習のつもりで聞いている。国王の資質が云々なんていうのはアレンザの口から出るわけもなく、戦況が悪化する中でとある人から聞いたことだ。
懐かしくも思えるアレンザの声を聞いているうちに、少しずつ心が落ち着いてきた。殺された私が何故またこうして同じ時間を繰り返しているのかは分からないが、この世界に召喚されたことに比べれば大したことではないようにも思える。考えても仕方がない。悩んでも意味がない。ここで生きていちばん学んだのは、諦めかもしれない。
前と同じ時間を繰り返すのなら、この後聖女としての教育が始まって、三ヶ月は王都で過ごすことになる。それから前線の視察に同行し、実戦訓練が始まって、半年で初陣。その後は戦場を駆け回り、いろんな人とお別れしていった。そしてもうすぐ一年になるという時に、野営地で味方に襲撃され死ぬ。
何なんだろう、私。
期待されたけど、結局何の役にも立たなかった。むしろ期待があったぶん、周りがその期待に賭けてしまったぶん、いろんな人を不幸にしただけだった。思い出すのは、歪んだ顔、諦めの顔。こいつがいなければ、という視線。訳も分からず一生懸命やって、結局何もできなかった。
もう、嫌だな。あんなの、やりたくない。でも、そんなこと言っても、無理なんだろうな。今この瞬間も、私は聖女として扱われている。大勢の人が、聖女のために動いている。この世界に逃げ場なんてない。元の世界に戻る方法も分からない。暗く暗く、心が沈み込んでいく。
『だいすき、です』
記憶の中にはっきりと残る声。俯く私を、いつもまっすぐに見つめる目。
『私、聖女様、だいすき、です。笑う、する、うれしい、です』
あの子のきらきら輝く目が綺麗で、思わず口元が緩むと、弾けるように笑ってくれた。どこに向かったらいいのか分からない暗闇の中に、ぽつりと灯った小さな光。純粋で、温かな好意。あの夜、私を守ろうと覆い被さってきた、小さな体。癒しと護りを司る聖女なのに、何もできなかった。
今度は。今度こそ、せめて。
あの子一人だけでも、守れないかな。
アレンザの落ち着いた声が響く部屋。前と同じ。でも、前とは違う。もう少しだけ、ほんの少しだけでいいから。
私に、勇気をください。
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