3話

「翔ー!」


放課後になり、莉一が隣のクラスに顔を出す。


大声で呼ばれた翔は、クラスの注目を浴び、少し慌てながら出てきた。


音葉も莉一も既に荷物を持っていて、早く行こう、と翔の背中を押し、歩き始めた。



3人は興奮を収めきれぬ様子で、体育館棟の入口まで来る。


玄関で靴を脱ぐと、丁度体育館の扉が開いた。


「あ!」


扉を開けた彼の顔は、3人を見るなり輝いた。


「入部届出してくれた子?」


聞かれて、はい、と翔が頷くと、彼は優しげに笑う。


莉一は驚いた。


小柄で背も低く、加えて童顔、もし反対側の女子バスケ部のコートにいたら女の子と間違えていたかもしれない。


さすがに口にはしなかったが、女子みたいだ、と喉まで出かかっていた。



「靴はそこの下駄箱に置いて大丈夫だよ。そしたら中まで案内…あ、その前に自己紹介しなきゃ。2年生の奈々瀬ななせかえでです、よろしくね」


3人は、楓に連れられて体育館の中へと入る。


都立だけどやっぱり中学校より広いな、と内心興奮していると、ダム、とドリブルの音が聞こえた。


自然と視線はそちらへ向く。



「いくよ、海葉かいば


「かかってこいやー!」


どうやら1on1の場面のようで、練習前に2人で自主練でもしているんだろう。


ボールを持ったオフェンスは、声をかけるなりいきなりシュートモーションに入る。


(そんなスリーポイントラインから離れて入るわけ、)


そんな莉一の考えは、スパッと綺麗にネットを通ったシュートによって覆された。



「すごい、フォームまで綺麗…」


翔が呟くと、楓は少し自慢げに、



「あれは、伊吹のエースシューターの真斗まことだよ。僕と同じ2年生」



穏やかで朗らかな表情が特徴的だ。


その洗練されたシュートフォームから、彼がどれくらいの時間をかけてバスケに打ち込んできたかが伺える。



「1on1やってる2人とも、2年生でスタメンなんだよ。もう1人の、今からオフェンスしようとしてるのが…」


ボールを持つや否や、彼は攻め出す。


真斗は、身長差も利用して彼の前に立ちはだかる。


しかし、トップ付近で、細かいフェイクを幾重かかけると、あとはそのまま一直線にゴールへ進んでレイアップを決めた。



「あれが、海葉かいば。すばしっこくて体力もあるから、自分で"伊吹の特攻隊長"なんて言ってるよ」


海葉も楓と同じく背が低く、しかしその特性をプレーに余すことなく活かしている。

シュートを決めた彼は、元気に飛び跳ねた。



3人はそれぞれの更衣室で着替えを済ますと、バッシュに履き替える。


「なんかやっぱハイレベルだよな!」


「うん、ちょっと緊張してきたかも」


ついていけなかったらどうしよう、と翔が呟く。


「そう?翔と莉一ならきっと同じレベルでできると思うけどなぁ〜」


「おう!俺たちもハイレベルだろ!」


莉一が勢いよく立ち上がったとき、おーい、とこちらに向かってくる声が聞こえる。



「新入生くんと新入生ちゃん?」


独特の言い回しに、はい、と頷くと、


「お、やっぱり!あ、俺3年の天海あまみ修也しゅうやっていうんだけどさ、」


修也でいーよ、と付け足される。


本当に気兼ねなく、そして初対面でのこの距離の近さに、彼のフレンドリーさが表れている。

バッシュや服装には、彼なりのこだわりが施されていた。


「三立中の子たちでしょ!キャプテンの月代くんと、エースの白雪くん」


「先輩も知ってんすか!」


「もちろん!昨年有名だったじゃん、三立中って東京の優勝候補でしょ?俺、バスケ観るの好きなんだけど、中学からNBAまで幅広く観てんだよね!マネちゃんは2人と同じ中学校だったの?」


「はい!女バスでやってました!」


いきなり話題を振られても、さすがは音葉で、テンポの早い会話が進んでいく。



「いーね!同じ中学校から3人で来てんだね、絶対仲良いじゃん!」


「仲良いっすよ!ってか、もしかして俺らって結構有名人?」


莉一が目を輝かせて翔を見るが、翔は苦笑いを浮かべて、


「夏は結果残せてないから…どうかな、」


「あー、なんか引退試合は尽く上手くいかなかったって噂で聞いたっけ。でも新人戦!決勝見てたよ、あの神夜かみよ中負かしたのマジで熱かった!!」


修也が2人の肩をバシッと叩く。



私立神夜かみよ学園高校附属中学校。


東京都では、中学・高校共に、神夜が優勝常連校である。

県外からも推薦で選手が来ているような強豪校。


三立中は、翔と莉一の代の新人大会決勝戦、その神夜中との接戦を見事に制し、東京都で優勝を果たした。


翔は、あれは実力より運が大きく左右した試合だったと言うが、実際、後にも先にも三立中が決勝まで上り詰めたのはその試合だけであった。



「これから同じチームでプレーできんのすげー楽しみだな〜!あ、2人とも、名前は…えっと、翔と莉一?だったよね?マネちゃんは?」


「一条音葉です!」


「音葉に翔に莉一ね!よろしく!伊吹は基本名前呼びだから、俺だったら修也さん。はい!リピートアフターミー修也さん!」


修也が3人に絡み出した瞬間、後ろから修也の肩が叩かれる。



「初日早々1年生にだる絡みするなよ」


「和人ー!紹介するよ3人とも!こちらは我らがキャプテン水樹…」


「自己紹介ならしたぞ、さっき職員室で会ったもんな」


和人が3人に笑いかけて、修也の前に入る。



「あれからまた3人入部届出してくれたんだ。今年はプレイヤーは5人だな」


和人が5人と断定したことに翔は違和感を覚える。


今日はまだ入部届提出期間の初日なのに、なんでもう5人だって分かるんだろう、


音葉も同じように思っていたようで、


「まだ今日初日なのに、もう分かっちゃうんですか?」


「あぁ、実は毎年そうなんだけど、だいたい初日に入部届出してるような奴らしかここには残らないんだ。バスケ部が割と強いのは知ってるだろうし、ここから1週間は仮入部だろうと関係なくしごかれるから」


和人は苦笑いを浮かべ、修也がその和人の背中に手を回し、(肩に回したかったのだが身長が足りないのだろう)笑い飛ばす。


「直哉せんせーってあんま表情動かないでしょ?あれですっげー鬼なんだよ!入部でも仮入部でも、練習に来た1年生は俺たちと同じレベルの練習やらせるし、ついていけないなら怪我すると危ないし横で体力作りのダッシュ!」


笑い事じゃない、と翔の血の気が引く。


それとは対照的に、莉一はやる気満々で、


「今日から本格的に練習できるってことか!」


あれだけ大きな目標口にしといて足引っ張ったらどうしよう、と心配する翔に、

そんな生ぬるい練習してきてねぇだろ、と莉一。


対照的な2人に和人は思わず笑いながら告げた。


「まぁ入部届出してくれた子たちばっかりだったし、今日は練習とはちょっと違うかもな」




16時になり、1年生6人も含めた16人が円形になって集合する。


「よし、じゃあ自己紹介から始めようか。」


10人が自己紹介していくのを、覚えるのを諦めた莉一の横で、翔は必死に頭で整理する。



3年生

水樹みずき 和人かずと C

葉室はむろ 優希ゆうき SF

花染はなぞめ 秋良あきら SG

天海あまみ 修也しゅうや SF

神崎かんざき 姫華ひめか マネージャー


2年生

朝日奈あさひな 海葉かいば SF

倉木くらき 真斗まこと SG

大市おおいち 香里こうり PF

狩屋かりや れい PF

奈々瀬ななせ かえで PG



※バスケットボールのポジション

 PG…ポイントガード。身長が低い選手が多く、ハーフラインまでボールを運んでくる。チームの司令塔的役割も担う。

 SG…シューティングガード。PGの補佐的役割を担うと共に、スリーポイントシューターであることも多い。

 SF…スモールフォワード。オールラウンドなプレーをする選手が多く、アウトサイドのシュートもドライブもする。

 PF…パワーフォワード。SFと比べて体格の良さも求められ、ドライブやゴール下のシュートなどオフェンス能力が高い選手が多い。

 C…センター。身長の高さやフィジカルが最も求められるポジションで、オフェンスディフェンス共にゴール下でプレーすることが多い。



「とりあえず下の名前だけ覚えてくれたらそれで大丈夫だよ」


和人はそう断ってから、1年生に端から自己紹介をするよう伝える。


瀬上せがみ伊織いおりです。中学校は村川一中で、中学ではPGでした、よろしくお願いします。」


丁寧に頭を下げる。

穏やかさが全面から感じられるような子だ。


羽衣はごろも真白ましろです!上戸中でCっした!よろしくお願いします」


元気で、莉一に似てるな、と翔は思う。

背は莉一よりも高くて、和人よりも低い。


三門みかど涼介りょうすけです、笹浦北中から来ました。ポジションはFで…多分SF?だと思います、よろしくお願いします」


独特な間延びした声で、ゆっくり頭を下げる。

莉一は、猫みたいだな、と思った。


「マネージャーをやらせてもらいます、一条音葉です!中学は三立中でした、よろしくお願いします!」


女子マネージャーの入部に、にわかに歓声が湧く。

次に、莉一の番が来て、先輩たちの注目が集まった。


「三立中、白雪莉一っす!ポジションはPF!俺と翔の目標はここで全国制覇すること!よろしくお願いします!」


まず、三立中で少しざわっとして、全国制覇で沈黙が訪れた。


全員の視線が注がれ、翔は少し慌てたが、横から莉一が、ほら、と翔の背を叩く。


翔は、下を向きそうになるのをぐっとこらえて、前を向く。


「同じく三立中の月代翔です。ポジションはPGです。全国制覇の目標を達成できるように精一杯練習します!よろしくお願いします」


もちろん賛否両論あるだろう。

全国制覇なんてすごい、かっこいい、と純粋に賞賛の声、このチームで全国制覇か、東京でベスト8止まりだけど、と困惑の声。


口にはしないけど、入部早々生意気だな、なんて思ってる人だっているかもしれない。


でも、チームごとその気にさせるのに、まずは俺が、莉一みたいに堂々としていないと。

チームメイトの前で、当たり前のようにその目標を口にできるようにならないと。


「うん、いい目標だな」


和人が頷いた。


「今から説明しようとしてたんだけど、今年の伊吹の目標は全国出場。俺たちはそのレベルの練習をしてるけど…目標が高い分には何も問題ないよ。それじゃあ6人とも、1年間よろしくな」


6人は元気よく返事をする。



すると、もはや狙ってきたのではないかというくらい丁度のタイミングで直哉が体育館へ入ってきた。


直哉の周りに部員が集合し、挨拶がかけられる。

直哉も挨拶を返し、


「よし、全員揃ってるな。1年生は昼も会ったが、改めて、顧問の榊原さかきばら直哉なおやだ。よろしく」


よろしくお願いします、と各々返すと、直哉は和人に目配せをし、


「準備はできてるか?」


「はい」


すると今度は、きょとんとしている1年生の方を向いて、直哉は口角を上げた。



「5人とも、入部したばかりだが、プレー・体力共に仕上がってるか?…まぁつまり、例えば、今から1試合やるといったらフルで出場できる自信はあるか、ということだ」

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