1章

2話

4月中旬___


桜はもう既にほとんど散っていて、新たに新芽が芽吹いてきた。




東京都立伊吹いぶき高校。


昼休みを迎え、校内はざわついていた。



「ねぇ、君!身長高いね、何センチ?」


「うぉ!なんすか、身長?」


莉一が聞き返すと、他にもわらわら人が群がってくる。


「バレー部抜け駆けすんなよ!なぁ、柔道興味ない?体格いいし向いてるって!」


「いや待て、野球やってただろ!その強そうな肩、ピッチャーとしての俺の勘が言ってるぜ!」


「モテたいならダントツでサッカー部!どう!?」


サッカー部に他部活から非難の声が飛ぶ。


クラスで莉一は一気に注目の的だが、先輩たちは気にせず、莉一を手に入れようと必死だった。


莉一は得意げに笑う。


「へへ、身長は183!伊吹って、野球とかバレーとか強いんすか?」


割と反応が良かったからか、先輩たちが食いつき、1年5組は更に騒がしくなった。



クラスの外では、翔が1枚の紙を片手にその様子を見守っていた。

さすがだな、と少し羨ましく思いつつ、さすがにあの輪に割って入っていけない、と諦め、歩を進める。


そしてそれを目ざとく見つけた莉一は、ガタッと立ち上がる。


「やべっ」


急いでバッグからファイルを取り出し、


「ちょっとすんません!」


莉一が走り出そうとすると、


「ちょ、ちょっと、バレーは!?」


引き止められ、莉一は一瞬止まって振り返る。


「俺、バスケで全国優勝するんで!」


そう言い残して莉一が走り去った教室は、今度は一瞬にして静まった。




「おーい、翔!」


「あれ、莉一?」


後ろからダッシュで追いついてきた莉一に、翔は足を止める。


「先行くなよー」


「だってあの中入っていけないよ…ちゃんと断ってから来たの?」


「おう、バスケで全国優勝するからって言ってやったぜ!」


「さ、さすが莉一」


翔が苦笑いを浮かべ、2人並んで歩き出す。


「あんだけサッカーとかバレーとかいたのに、なんでバスケ部いねぇんだろーなー」


「うーん、強いからじゃない?無理に初心者に入ってきてもらったりしなくても、多分ある程度人が集まるんだと思う」


「ま、ベスト8だもんな!」


2人は職員室の前に着くと、ドアに貼ってある座席表を見る。


「えーと…バスケ部顧問…」


今日は部活動の体験入部期間初日であると共に、昼休みから入部届の提出も許される。


翔と莉一は体験入部を1日も経ずにバスケ部へ入部を決めたわけだが、そんな生徒のために、職員室の座席表に受け持つ部活動名も書き足されていた。


「お!この人だ!えーと…」


莉一に沈黙が降りる。


「……?なんだ?なんとかはらなおや!」


「さかきばらなおや」


翔が読み上げて、座席を確認する。


「お!すぐそこ!」


莉一がガラッと躊躇なくドアを開けると、


「こんちはー!」


と、座席の方へ飛んでいく。


「ちょ、莉一!」


失礼だよ、と翔が慌てて止めると、



「あ!来た来た!」


「音葉」


翔と莉一の目の前にいたのは、2人の幼なじみの一条いちじょう音葉おとは

3人で同じ高校に入り、更に毎日一緒に登校してくるような仲だった。


「2人とも遅いよ、一番乗り、私が貰っちゃったよ!」


「いや、お前バスケ部入んのかよ!」


今日の朝まで悩んでただろ、と莉一が驚いて、隣で翔も頷く。


「音葉は結局女バス入るのかと思ってた、」


「4時間目まで悩んでたよ!でも、翔と莉一の引退試合、どうしても頭から離れなくて…悔しいじゃん!だから、自分でやるのもいいけど、それより今度は2人と同じ景色見てみたいなって!」


そしてそのまま翔と莉一に何も言わせず、音葉はくるっと振り返る。


「先生、私、小学校も中学もバスケやってたのできっと役に立てると思います!マネージャーとして!」


「あぁ。マネージャーが1番に入部届を持ってきたのは初めてだ、期待している」


それで、と、彼は椅子から立ち上がる。


「お前たちも入部希望か?」


「うお!高ぇ!」


莉一は驚く。


身長が高い分、それなりに威圧がある。

整った顔が印象的で、眼光の鋭さが更にクールさを際立たせている。


若い先生だな、と翔も内心驚きながら、


「はい、1年の月代つきしろかけるです」


白雪しらゆき莉一りいちです!」


2人で入部届を差し出すと、



「顧問の榊原さかきばら直哉なおやだ」



直哉は受け取った手元の入部届を見て、少しだけ目を見開く。


「…聞いたことあると思ったが、2人とも中学は三立さんりつ中か?」


莉一の表情が明るくなり、


「そう!三立中っす!俺らの名前聞いたことあるんすか!」


「あぁ。昨年優勝候補だっただろ?まさか来るとは思ってなかったが、どうして伊吹ウチに?」


強い学校から推薦来てただろ、と聞かれて、翔は返答に戸惑った。



「えーっと…推薦はあんまり考えてなかったし…あと、家も結構近かったので」


何とか絞りだしたが、その徒労は一瞬で無駄になった。


神夜かみよとかからよりベスト8から全国優勝って方が、下克上!って感じでかっけぇしな!」


「……」


沈黙が降りてしまう。


「莉一〜…」


翔が莉一を見上げると、莉一は、微塵も気付いてないようで、?マークを頭に浮かべていた。



「ははっ」


直哉が笑う。


翔は驚いた。

先程から話していて、表情豊かとはお世辞にも言えないくらいクールなイメージが強かった。


普段からそうであろう証拠に、周りの教師も珍しい、と直哉の方を窺っていた。


「気にするな」


直哉は翔に向かって言うと、その笑みのまま続ける。


「全国優勝か。冗談ではなさそうだな」


翔と莉一は2人で頷く。


「伊吹にそこまで大きな目標はないが…2人で、チームごとその気にさせられるのか?」


「できる!」


「やってみます!」


翔と莉一が身を乗り出すと、直哉は更に口角を上げる。



「今日は16時から全体練習だ。よろしく、翔、莉一」




「あ!」


職員室のドアが開いたかと思うと、いきなり後ろから声がかかる。


「まさか入部届出しに来てくれた感じ?」


彼は、翔と莉一と音葉の前に迫ると、1年生初々しいなー、かわいーなー、と喜んだ。

翔たちの中に少し緊張があるのを汲み取ってくれているようで、人懐っこい笑顔で話しやすい雰囲気を作り出している。


「うっす!」


莉一が元気よく返事をして、こんにちは、と翔と音葉が頭を下げる。

彼もまた、こんにちは、と返して、


「俺、部長の葉室はむろ優希ゆうき!で、後ろからキャプテン来てるんだけどねー、」


優希が振り返ると、ちょうどもう1人、ドアから身をかがめて職員室へ入ってくる。


「でかっ!!」


「高っ…」


翔と莉一が目を丸くしてると、彼は笑った。



「こんにちは、入部届出しに来てくれたのか?」


その身長の高さから威圧すら与えるのかと思いきや、優しそうで爽やかな好青年だ。

キャプテンらしくしっかりした物言いで、落ち着いている。


翔は、はい、と頷く。


すごい、190あるかな?

多分あるよね、193…くらい?


「194だよ」


2人が余りにも凝視していたからか、彼は先回りして答える。



「入部ありがとう、俺はキャプテンの水樹みずき和人かずと。よろしくな」


優しそうな笑みを浮かべた和人と、隣で、先輩っぽいじゃん、と彼をつつく優希。

翔は少し安堵して、肩の力を抜いた。



「俺、白雪莉一っす!こっちの2人と幼なじみ!」


「月代翔です」


「一条音葉です、マネージャーやらせていただきます!」



「幼なじみ!すごいな〜!3人とも小学校とかから一緒なの?ていうか中学一緒にバスケやってたってこと?どこ中だったの?」


優希が興味津々に質問を浴びせると、和人が苦笑いを浮かべて諭す。


「優希、練習メニュー聞きに来たんだろ」


「ちぇー」


和人がごめんな、と3人に謝って、


「授業終わったら体育館に来てくれ、色々説明するから、そのときにまた詳しい話もしような」


3人はそれに頷き、失礼します、と職員室を後にする。


ドアを閉めた3人は、入部の決まった興奮を収めきれずに、それぞれクラスに戻った。

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