4話

「試合だー!」


莉一が両手を上に上げるほどの勢いで叫ぶ。


反対側のハーフコートでアップをしているに2,3年生の笑い声が聞こえ、翔は莉一に人差し指を立てた。


かく言う1年生は、6人で円形になってストレッチから始める。



あの後、直哉に聞かれて5人とも全員、できます、と答えると、


「よし。それじゃあ、2,3年生と1年生に分かれて試合をする。歓迎会の一種みたいなものだから、まああまり緊張せず、互いにプレースタイルを知るくらいのものだと思ってくれ」


試合、と聞いて莉一の顔は明るくなったが、その隣で翔は不安そうな顔をした。


チームとして出来上がってる先輩たちと、今日初めて会った俺たちじゃ戦力差がありすぎるんじゃ…

試合をできる体力があるといっても、万全じゃないだろうし、



そうして不安の残るまま6人で集まり、興奮する莉一を宥める翔の横で、まずは音葉が喋り出す。


「先生も向こうのチームいっちゃうから、一応私がベンチで指揮とるね!タイムアウト(※1)とかとりたかったら遠慮なく言って!よろしくね!」


その明るい笑顔で幾らか周りの緊張を解くと、伊織いおりも喋り出した。


「ポジションは、丁度いいよね。僕と翔くんはツーガードになるけど…」


伊織に視線を向けられて、翔は頷く。


「うん、ボール運びも2人でやろっか」



各自ストレッチを終え、6人固まりながらランニングを開始する。


「音葉さんついてこれるんだ!?」


真白ましろが驚いて、本人は、音葉でいーよ!と余裕そうだ。


「音葉、運動神経いいんだぜ!」


何故か莉一が自慢げにした後で、翔が話を戻す。


「プレーのことなんだけど…試合する前にみんなの大まかなプレースタイル教えて欲しいな。なるべくチームとして上手く機能するようにしたいから」


すると、いち早く、莉一が手を上げる。


「俺、ドライブ!スピードあるから速攻も走れるぜ!」


その勢いに流されるように、真白、涼介りょうすけ、伊織と続く。


「俺はセンターだからやっぱインサイドプレー(※2)かなー、パワーは自信あるし!」


「うーん、莉一くんと似てる感じだけど、特にミドルシュート(※3)が得意かなぁ」


「僕、スリー結構打つよ。PGだけど、どちらかというと自分で攻めてたかも。翔くんは?」


「パスとゲームメイクかな、今日は特に、初めて組むチームだから、ゲームメイクの方、意識してやってみるね」


「お!さっすが!東京都1位とかだと、こんな即席のチームでも動かせるんだな!」


真白が大げさに褒めて、翔は、やってみるってだけだよ、と慌てて謙遜する。


「でも実際心強いよ、昨年三立中が決勝戦勝ったのは僕でも知ってるし!」


伊織が褒めて、莉一は、へへっと笑った。


「俺、今日はガンガン飛ばすぜ!全国優勝のためにはまずスタメン争いだろ?俺ら同じチームだけど点数じゃ負けねぇからな!」


その言葉に、莉一からというのもあって、ぐっと5人に気合いが入る。


歓迎会って言うけど、もちろん、全国制覇なんて目標を口にしたからには、先生も俺たちを品定めしてくるんだろう

チームにとっての存在価値を示さなきゃ、


後には引き下がれない緊迫感と、そこから来る少しの高揚に、翔は笑みを浮かべた。



「秋良!見てよ!5人ともなかなかいい動きするよね」


反対側のハーフコートで2,3年生は既にフリーのシューティングに入り、優希がアップ中の1年生を遠目に見ていた。


「あんなもんだろ」


秋良はちらっと見ただけで、あとは素っ気なく返しまたシュートを打つ。


「えー興味なさすぎない?ポジション的に秋良は翔につくんだよ?」


「…」


秋良は一旦手を止め、翔を見る。

丁度、翔のスリーポイントが決まった。


「…全国制覇なんて言うからには、俺を軽く超えるくらい上手くなくちゃ困る。」


秋良は自分も一歩下がってスリーを打つ。

そのボールは、スパッと綺麗にネットを揺らした。



「それができないなら、全国制覇も口だけだ」


あんまりプレッシャーかけないであげなよ、と優希は苦笑いを浮かべて、また1年生の方を見る。


でも実際、実績的にも実力的にも、5人の中じゃ翔と莉一が頭一つ抜けてることは確かだ

どんなプレーをしてくるか楽しみだけど、先輩としては負けてられないよね


優希は、また1年生に背を向けて、シュートを打ち始めた。




3分前になって、1年生は集まった。

翔が話し始める。


「ディフェンスはとりあえずハーフコートディフェンス(※4)にした方がいいかな?体力もまだ戻ってないし…」


各々が頷き、一瞬の沈黙が流れたあと、伊織が提案する。


「オフェンスはまずそれぞれでやってみていいと思う。先輩たちに通用する技を見つけられたら収穫になるよ」


「そうだな!よっしゃ、負けねーぞ莉一くん!」


「望むところだぜ真白!」


2人揃って早くもコートに入ると、後ろで涼介が、元気だねぇー、とのろのろついていく。



「翔くん」


のんびりコートに入ろうとした翔の後ろで、伊織が声をかける。


「たくさん指示してね、遠慮しないで」


上手いんだから、と微笑む伊織。


翔は一瞬言葉に詰まった。

しかしすぐに、


「うん」


とだけ返した。



整列をして、翔は相手のスターティングメンバーを把握する。


ガードは秋良あきらさんと海葉かいばさん、フォワードが真斗まことさんと優希ゆうきさんで、センターが和人かずとさん。

プレースタイルが分からない以上、少しずつ見極めていくしかないな、



ホイッスルが鳴り、和人と真白がジャンプボールで向かい合う。


ボールが高く上に上げられて、2人は同時に飛んだ。


身長差がものを言い、和人が一足先にボールを弾く。

そのボールは秋良の手に収まった。



翔が秋良の前に入った瞬間、秋良はなんの躊躇いもなく、ボールを放った。


「!」


ボールの飛んだ先には、いち早く飛び出した海葉がいた。

後ろを追いかけた伊織の手は届かない。


早すぎる、足の速さはもちろんだけど、多分そうじゃなくて、タイミング…!


海葉は和人がジャンプボールに勝つのを信じて疑わず、速攻に走り出していたのだ。


「先取点もらいっ!」


海葉はボールをキャッチすると、難なくフリーでレイアップを決めた。



試合開始、僅か5秒。


洗練されたそのスタートは、一気に1年生たちに緊張を走らせた。


が、


「伊織くん!」


スローインの伊織は、慌ててパスを送る。


受け取った翔は、その勢いのままコートのど真ん中を駆け出した。


「!」


開始早々、速攻に速攻で返されるとは思わず、2,3年生の反応は遅れる。


翔はすでに秋良と海葉の2人を置き去りにし、前を走る莉一と真白を味方につけ、3対3。


優希が早くもトップスピードの翔を捕らえた。


しかし、翔は左に切り返すと、勢いを落とさないバックロール(※5)で、優希の横に、否、既に前に入っていた。


「すっげぇ、」


ベンチで思わず目を丸くする香里。


3対2、

翔はフロントコート(※6)に入り、右サイドを莉一が、左サイドを真白が走る。


真斗と和人は縦に並び、スリーポイントライン上で真斗が翔を捕らえようとしている。


ちら、と翔が莉一を見た。


その一瞬のアイコンタクトで、全てが通じる。


莉一に来るか?

和人が莉一を警戒した、その時。


翔は、ゴールに向かってふわっとボールを放る。


「!?」


シュート?投げやりすぎる、

真斗が振り返ってボールを目で追った。


瞬間、莉一が飛び上がる。


まさか、と誰もが気付いたときにはもう遅い。



莉一は空中でボールを取ると、そのままリングに叩きつけた。


派手な音がして、莉一が降り立つ。



「…嘘だろ…アリウープ…」


一瞬の沈黙があった後、体育館が一気にざわつく。


「うおあああ!?」


「そんなのありかよ!」


「しかもダンク!」


アリウープ(※7)をダンクで成功させるという、この前まで中学生だったとは思えないようなプレー。


それを魅せた当の本人たちは、自陣に戻るとすれ違いざまにタッチを交わす。



「相変わらず精密だな!翔!」


「莉一もいいダンクだったね!」



久しぶりの、この試合でしか味わえない高揚感に、2人の目が輝く。


「よっしゃ!翔!この試合で同じやつあと10本!」


「10!?…ふふ、あんまり飛ばしすぎないでね」


自陣で構える2人の目には、隠す気もないくらいの闘争心が宿っている。



「予想以上ですね…、アリウープ、しかもダンクでできるなんて」


真斗がまだ驚きの冷めきらない表情で呟く。

海葉も、くそー!と悔しそうに嘆いた。


「速攻やり返されたしな!」


「全国制覇、一気に現実味帯びたね…」


優希もぎこちない笑みを浮かべ、チームが雰囲気に呑まれそうになったところに、すかさず秋良が割って入る。


「フリーのレイアップも今のアリウープも同じ2点だ。行くぞ」


開始5秒で実力を突きつけたはずが、それを遥かに超えるプレーによって突き返される、

先輩としてのプライドが、このままで終わることを許すはずがなかった。


前を走り出した4人を眺めながら、これはただの歓迎会に収まらなさそうだな、と和人も続いた。





※1…タイムアウト。試合中にとれる60秒の休憩。1チーム前半2回、後半3回とれる。

※2…インサイドプレー。ゴールに近いところでするプレー。

※3…ミドルシュート。スリーポイントの中で打つジャンプシュート。

※4…ハーフコートディフェンス。オフェンスをハーフコートで待ち構えるディフェンス形態。これに対し、オールコートディフェンスとは、攻守交替の瞬間から常にマークマンについていなければいけない。

※5…バックロール。バックロールターンといい、相手に背中を向けてボールを隠すように回転する技。(動画などを見た方がわかりやすい)

※6…フロントコート。自分たちが攻める方のコート。

※7…アリウープ。パスサーがリング付近にボールを放り、キャッチャーは空中でそのパスを取り、着地せずにシュートを決めるプレー。(動画などを見た方がわかりやすい)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る