第9話 ニオゼの都合
「ええ、別に構いませんが……」
ニオゼはキリオの要請にそう答えた。しかし些か困惑する話である。
「もちろん身分は秘匿いたします」
キリオはそう言ってニオゼの不安を和らげた。
ニオゼは
──妙な話もあったものだ
キリオが去った後、ニオゼは一人で嘆息した。ニオゼは大陸南部の出身で、若い頃は仲間と連れ添ってこの大陸中を渡り歩いていた。それ故に旅や冒険には一番経験があるのだが、まさかこのご時世に自分が駆り出されるとは思ってもいなかった。
精霊祭司の医療術は大陸中でも信頼されたものではあったが、それもフォーディア教の来航以降、精霊祭司の立場は極めて微妙になった。
ゼレン教各宗派は外来のフォーディア教を邪教と決めつけ、その煽りを受けて精霊祭司もあまり好意的には見られなくなったのである。かつての仲間たちも土地の有力者の庇護の下に入り難を逃れ、そうできなかったものの中には殺害された者までいる。
精霊祭司であるニオゼは死そのものは恐れなかった。死とは精霊の下に還ることであり、魂の循環の中で精霊と一体化するという教義を信じていたからである。しかし現実の医療者としての責任と、殺害される過程での痛みとか苦痛は普通に怖かった。
ので精霊祭司という立場を隠すとしても、はてまさか異教の僧侶ではあるまいな、と訝しんだのだが、蓋を開けてみればなんと魔法使いに扮すると言う。
別に構いませんが……私は魔法使いたちが使うような魔法など一切使えませんよ?とは言った。素人目にはよく似た術に見えるが実は全然系統が違う。
精霊祭司は名前の通り精霊との交信者である。自らが神秘の力を扱うのではなく、精霊の力を借りて、精霊たちに魔法のような奇跡を顕現「して頂く」のだ。なので基本的には攻撃などは一切できない。サラマンダーをけしかけるという方法もないではないが、それは精霊祭司として適切ではない。
まあ、治癒とか野営とか食べれる野草とかの見分けはつくから、その方向でなんとかお茶を濁そう。このご時世に雇い主からおっぽり出されたら命がいくつあっても足りぬ、と思うニオゼであった。
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