第8話 クランの都合

前述の通りクランは付与魔術士エンチャンターであり、間違っても戦士ではない。戦士どころか旅人としても体力的に些か適正を欠いていた。


彼は港町オーベルで個人で付与魔術士をしていた人間で、セントリオ家にもイストラント家にも全く関係がない。しかしその商売上ドーグとの顔なじみであった。


ドーグの兄貴分が殺された事件は、港町オーベル全体を恐怖に陥れる大抗争へと発展した。名誉ある者ジ・オナー正規構成員ワイズガイが殺害されたというのは組織にとって絶対の報復事案であり、昼夜問わずに報復が繰り広げられた。準構成員アソシエートであるドーグも武器に様々な付与魔法を施して対抗組織の殲滅に走り回った。


しかしそんな中でも警邏けいら組織が機能不全に陥ったわけではない。警邏は警邏でなるべく影響の少なさそうな準構成員やその協力者を検挙し、市民に対して治安維持機構が機能している事をアピールした。つまりクランもドーグも港町オーベルでの居場所がなくなったのである。


──ああもう、どうすりゃいいんだ!

クランはヤサに隠れて絶望した。外に出ればいつどこでどの組織に何をされるか判りはしない。警邏の中にも対抗組織の手が伸びてる可能性がある。


──クラン、いい話があるぜ

家にやってきたドーグが気楽にそう言った。何がいい話だ!お前が暴れまくるから俺までこんな危険な目にあってるんだろうが!


とはいえクランも港町オーベルの事情を知っててこの街に移り住んで商売をしているのだから全くの潔白とも言い難い。それでもさすがに限度はあるというのはクランの言い分だが、もはやそんな事情を釈明する場所はどこにもなかった。


その日の夜、二人は密かに港町オーベルを抜け出してノーデル村へ旅立った。その時点では正直なところ港町オーベルから逃げ出すという意識のほうが強く、まさかこんな奇妙で危険な冒険に駆り出されるとは思ってもいなかった。

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