第6話 シャルの都合

シャーリー・イストラントは勇者一族のひとつであるノーデル男爵家の令嬢である。周囲が彼女を「姫君」と呼んでいるのは、父親が男爵だし、ノーデル村の村長の娘と言うといかにも田舎くさく聞こえるので、まあ適切ではあるだろう。


そして彼女は十九代目勇者アランの許嫁でもあった。ディズリー金鉱の竜退治が無事に終われば彼女はアランと結婚することになっていたのだが、その予定は十九代目アランが行方不明になった事により先延ばし、いや事実上白紙になった。


そうして彼女は、行方不明になった許嫁を探すために自ら捜索隊を指揮して愛しい夫(予定)である勇者アランを探す旅に出た──というのは内々の話である。実はこの話は多重に糊塗した事実の一面でしかない。


まず一般的には勇者アランは行方不明にはなっていない。彼は邪悪なる竜を倒す旅に出たままになっているので14歳の少女が探索の旅に出る必要はない。


もう少し内々の話では前述の通り、彼女は自ら捜索隊を指揮して愛おしい夫(予定)を探すお忍びの旅に出るという話になっている。


さらに踏み込んだ話では、勇者アランの生存は絶望視されており、実は彼女は単に愛おしい夫(予定)の探索だけではなく、彼女自身が指揮した部隊により竜退治を成し遂げるという話になっていた。これは極秘に近い情報である。


さらにさらに彼女の本音では、彼女はこの冒険を二重の意味で嫌がっていた。まず彼女は十九代目勇者アランなど探したくなかったし、ましてや自分が竜退治の指揮を執りたいなどと一言も言っていない。


セントリオ家を中心に話が紆余曲折し、結果的になぜか彼女が探索隊の指揮を執るという事になってしまった。しかも表向きは一行の指揮は勇者アランその人である。つまりセントリオ家は勇者アランの影武者ダブルを立て、その実は彼女──ではなくその従者たちに失敗の後始末をさせる事にしたのである。


しかも万が一にも正体がバレると困るので、彼女はシャルという偽名と、一度も学んだことのない治癒者ヒーラーとしての身分を与えられての事であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る