第2話  主様(ぬしさま)

 朔月に訪れた客は、妙に暗い顔をしていた。


 主様ぬしさまは目立たないけど、上質な織りの外套を入り口で脱いだようだ。それで上客と見た店のご主人さまが、ワタシを指名させたのだ。


 ワタシは、与えられた東の個室で主様ぬしさまを待っていた。

 しばらく経って、店のおばさんに案内させられた主様ぬしさまが入って来た。

 驚いたことに、神職の人だったようだ。

  黙って立っておられるので、ベッドまで誘導して服を脱がせようとして思い切り拒否にあってしまった。


「あの?主様ぬしさまここが何処か分かっておられます?」


 ワタシの問いに主様ぬしさまは、酷く怯えた様子で言った。


「そうですね……まだ……ショックから抜け出していないみたいです。 疲れてるのもあって……あなたは『受け』専門ですか?」


主様ぬしさま、ここは男娼館ですよ。百パーセントそうですよ」


「辛くないですか!?」


 主様ぬしさまが顔を初めて顔を上げてワタシと見合った。


 綺麗な金髪を、肩の高さで切りそろえた美しい人だ。

 碧い瞳は、潤んでいた。


「何かありましたか?大丈夫です。ここでの会話は、外には漏らしません。ワタシが拷問にあって死んでもです」


 ワタシの決意の言葉に、やっと主様ぬしさまは、警戒を解いてベッドに座っていたワタシの隣に座ってくれた。


「そうですね、『ミツバチの館』の男娼たちの口は堅い、それ故に繁盛しているのですから」


 笑顔が、どこぞの彫刻から飛び出てきた人のようだ。


「それで、主様ぬしさまは、『攻め』でよろしいのでしょう?」


「いえ、ちょっとありまして……勃ないんです……」


 ワタシは、目を丸くした。

 こんな綺麗な人が勃●障害!?


 主様ぬしさまは、顔を赤らめていた。


 ワタシは、努めて自然に「触らせてください」と言ったが、主様ぬしさまはそれも拒んだ。


 その代わりにサイドテーブルに立てかけてあったリュートを見つけて言ってきた。


「噂に聞いたことがありますよ、昔、リュートが得意な学生が銀の森の学び舎から出奔した話を……」


 ワタシは、ドキリとした。

 だが、極力顔には出さずに主様ぬしさまからリュートを取り上げると弾き始めた。


「ワタシのリュートの音色は眠りを誘います。主様ぬしさまも顔色が悪いです。お疲れのせいかもしれないです。どうか、今日はお休みください」


 そういうとわたしは、ベッドを主様ぬしさまに明け渡して、床に座って、『新月の星々』を奏で始めた。

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