第3話 色



 夢愛も四歳になる頃には、支援幼稚園に通うことになりました。

 夫の貯金もいよいよなくなってきたので、私は昼間働きに出ることにしました。アルバイトでしたし、収入はあまり良いとは言えません。しかし、何もしないよりは。と私は飲食店のパートに入ることにしました。



 本音を言うと、夢愛から離れたかったのです。

 夢愛は八時半にバスに乗り支援幼稚園に行きます。バスに乗るとき、目が見えないので何度かこけていました。先生に手を取ってもらいゆっくりですがバスに乗ります。そして、乗った後、こちらを向いているつもりなのでしょうか、「行ってきます」と笑顔を作ります。

 私は引きつった顔で「いってらっしゃい」と返しました。


 

 私にもママ友ができました。


 同じ幼稚園に通っているというのですぐ仲良くなりました。



 一人は、軽度の発達障害を持った男の子がいる奥さん、明子さん。

 一人は、右腕のない女の子がいる奥さん、美桜でした。



 しかし、二人とも夫は居るようで、その夫もしっかり子育てに力を入れてくれているようでした。二人とも、顔は輝いていました。



 パートのない日は、近くの喫茶店で子供の話をしました。


 どう、障害と向き合っていくか話し合ったこともあります。でも、私はどうも話についていけないようでした。それは、私自身がしっかり向き合っていなかったからだと思います。


 明子さんは、子供に色々なものを見せて触らせているようでした。そして、子供と同じ目線で其れを体験するということを言っていました。子供と同じ視線でものを見る。それは、障害といえ、子育てをしていく上で大切なことだと彼女は言いました。


 美桜さんは、やれることは子供に率先してやらせるようにしているといいました。何でもかんでも親がやるのではなく、子供にできること、してもらいたいことは手を出さないというのです。そうすることで、子供の成長にもつながり、障害なんて気にしなくなるというのです。



「雪子は?」



と、話を振られたとき、私はどう返していいのか分からず、嘘をつきました。



「子供の好きにさせているよ。そうするほうがね、夢愛は自分で学ぼうとするから」



 そう、笑顔も付けていったと思います。

 すると、明子さんの方が「ちょっといいかな?」と、私の育て方に何か言いたいようで、私の方を見てそう言いました。



「子供の好きにさせるのもいいと思うけど、親としてダメなことはダメとか、ここには何があるから知っておいてねとか…教えてあげることも大切だと思うけど」



 口調は強かったと思います。また、その言葉には重みがありました。



 実際、その通りでした。

 私は、夢愛に対して何も教えていませんでした。

 夢愛が勝手に学んで成長していくのでそれでもいいと思っていました。


 それに、まだ私の中に障害というワードがとても異形のもので恐ろしい呪縛のようなものでしたので、向き合えずにいました。



「子供と向き合うこと。大切だと思うけど」



 明子さんはそう言って、カフェラテに口を付けた。

 その日から少し、私は夢愛に対して対応が変わったと思います。ほんの少しの変化でしたが。夢愛が「クレヨンとって」と言ったとき、私は手渡しで「これは赤色よ」と付け加えるようになりました。ただそれだけのことです。


 其れを聞いた夢愛は「赤。これは赤なのね!」と嬉しそうに言って絵を描きます。実際目が見えていないので、何を書いているのか分かりませんでしたし、紙からはみ出すことも当たり前でした。そのことを、私は長い目で見ることにしました。

 夢愛が産まれ、夫が死んだときは心に余裕がなかったのだと反省しています。

 あの二人とカフェに行って、美桜さんに「最近、雪子さんちょっと変わった?」と言われ、私は少し嬉しくなりました。



「そうかな?」

「そうね、雪子生き生きしてるわ」



と、明子さんもいってくれました。


 二人は私の変化に気づいてくれているようでした。

 持つべきはママ友ですね。






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