第4話 死神の過去



 ◆◇◆◇◆



 死神と出会い、花屋で仕事をし始めて何週間かたった。学校には連絡を入れ少しの間休ませて貰っている。花屋の仕事も慣れた。元から、自分の花屋を開きたいと思っていたから、毎日楽しく仕事をしている。

 思った以上に客もきて、やっぱりその中には葬送華を引取って欲しいって人も来る。そのたび、あの本で花言葉を調べたりしてどんな思いでその人が生きていたのかなんて考える。いろんな花がここには集まる。

 お父さんとお母さんの花もしっかり育てている。たまに、二人のことを思い出して、花言葉を思い出して泣くこともあるけど、それが花を生かす養分になるし、私が二人を忘れていないって証明にもなるわけで。


 ふと、葬送華に涙を与えていると、死神の事が気になった。死神は何で花屋なんか、葬送華の買い取りをしているのだろうかと。



「死神さん…は、どうして花屋を、葬送華を買い取って保管とかしてるんですか?花に詳しいみたいですけど」

「ん? ああ、まあ。母さんが、花屋だったから」



と。何処か気まずそうに死神は答えた。聞いてはいけない話のような気がした。突っ込んではいけない話な気がした。けれど、死神は、あっさりと、でも何処か寂しそうに話した。



「父親がDV夫でさ、働かないし酒に溺れてるしで、母さんが頑張って稼いでたんだけど。まあ、うん。母さんの身体に負担かかってて、父さんが母さんを殴ったときに悪いところに当たっちゃってさ、それでね」



 言葉を詰まらせながら、死神は言う。本当に、聞かなければ良かった、古傷をえぐるような事をしてしまって申し訳ないと思った。

 死神は続けた。



「まあ、それが五年前の話。母さんはそこで倒れちゃって、死んじゃって…その、母さんの身体から花が咲いたんだ。残ったのは母さんの衣服と花だけ。赤いゼラニウムが咲いていたんだ。それを見て、父さんは怖くなって家を飛び出した。そうして、階段から足を滑らせ頭をぶつけてね。父さんの花はトリカブトだった。花に罪は無いけど、凄く、凄く汚くて、おぞましい花だった」



 赤いゼラニウムの花言葉は「君ありて幸福」。トリカブトの花言葉は「あなたは私に死を与えた」。

 そこまで聞いて、私はギュッと拳を握った。実の息子にそんな言葉を残して、死ぬ父親と。最期まで、息子がいて幸せだったと伝えた母親。死神は、どんな思いでその花を。

 私は、本を閉じて死神を見た。また、いつもの笑顔で私を見ている。



「母さんの花は大切に取ってあるよ。父さんのは、すぐに枯れちゃってさ……その、次の日ぐらいから葬送華の話でテレビは持ちきりになった。五年前だね、葬送華がうまれたのは」



と、死神は付け足しフードをかぶった。暗くてよく見えない死神の顔。



「その後もさ、立て続けに親戚とか友人とか死んじゃって。今の君みたいな、周りに誰もいなくなっちゃって。だから僕は『死神』なんだ」



と。死神が、私の前に現われたこと、この間の女性がバイトを雇わなかったのにね。と言っていたこと。死神が私に向けていたのは、同情の目。同じだねとそんな風に私の事を見ていたのだ。

 私に優しくしてくれる彼。同じような、でも全然違う境遇で、同じと言えば家族がいないひとりぼっちだと言うこと。そして、花が好きだということ。ただ、それだけの共通点。



「私は、死にません。死神さんと一緒にいても死なないので!」

「わ、あ、あ、うん。ありがとう。ハナちゃん」



 死神の手をぎゅっと私は握っていた。考えるより先に身体が動き、少しでも「大丈夫だよ」と彼に声をかけてあげたかった。

 彼が自分の事を『死神』といった。まもなく死を迎える人の前に現われる、架空の存在である死神の名を口にする彼の表情はやはりよく分からない。道化を演じ、本当の顔が見えないのだ。悲しくて辛い過去を隠すように。

 私は汗ばむ手で、死神の手を握る。貴方の隣にいても死なないから。一度死のうと考えた私の前に現われた死神。死神のおかげで私は生きているんだよ。って、伝えたかった。ただ、その言葉は口から出なかったけども。



「やめてよ……そんな」

「死神さん?」

「ん? 嫌なんでも無いよ。さ、店を閉めるから片付け手伝ってね」



 死神は何かを呟き、店のシャッターを閉めにいった。



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