第3話 花言葉



◆◇◆◇◆



「日光無いと、花って育たないじゃない」



 死神と名乗った男に連れられてきたのは、花屋だった。確かに、花屋なのだが暗い路地裏に、ひっそりとある隠れ家のような所だった。本人曰く、表向きには花屋であるが、メインの仕事は葬送華の買い取り保管であるため、後単純にお金がない為こんな所で商売しているらしい。


 にしても、暗くじめじめとしている。売っている花も、じめじめした気候や日陰で咲く花ばかりだった。しかし、葬送華と書かれた札が貼ってあるケースの中の花たちは他とは比べものにならないほど綺麗に咲いていた。


 チューリップからひまわりまで。今の季節じゃ咲かない花、管理が難しい花まで揃っていた。 


 私が、不思議そうに見ていると、死神はフードを脱ぎ白い白衣を羽織った。



「何見てるのーえっち」

「い、いや。死神さんって童顔…というか、同い年かなあって思って、思いまして」



 死神は目をパチパチとさせ、プッと吹き出した。

 さっきは、暗い部屋の中で見たけど灯りのあるところでしっかりと顔を見れば、私と同い年ぐらいの男の子だった。



「うーん、これでも二十歳なんだけどなぁ。僕」

「そ、その見た目で二十歳なんですか! てっきり、中学生ぐらいかと!」



 失礼だな。と死神は頬を膨らませる。中学生は言い過ぎたと思ったが、高校生に見えるその姿は、やっぱり年上には見えない。でも、何処か不思議な雰囲気を纏っている。

 ふくれっ面の死神は、私から葬送華を取り上げ、他の葬送華が並んでいるケースに入れ小さな小瓶を取り出した。小瓶の中には水のようなものがはいっており。それを葬送華にかけた。量はそれほど無かった気がする。




「何をかけているんですか?」

「葬送華は、ただの水じゃ育たないし意味が無い。葬送華に与える水は、人の『涙』だ」



と、空になった小瓶をテーブルの上に置き死神は私を見た。

 そんな情報は、何処にも出回っていない。私も死神を見た。



「葬送華は、死人花とか死花とか呼ばれてたりする。一般的には、葬送華であってるよ。死人から咲く花。さっき僕がいったように、人から忘れられると枯れてしまう。それは、すなわち、その人の死を存在を悲しむ人がいなくなったら枯れてしまうって事」

「で、でも」

「言いたいことはわかるよ。どれだけ大切に思っていても、いつか涙は枯れてしまうからね。毎日泣くなんてこと無いだろ。それに、毎日泣いていても、その涙を葬送華に与えなければ意味が無い」



 葬送華の入ったガラスケースに触れながら、死神は悲しそうな目でそういった。

 お父さんの葬送華が枯れなかったのはそういうことだったのか。と、点と点が繋がった気がした。お母さんがずっと葬送華を握って泣いていたから。



「あ、ハナちゃん泣くときいってね。涙取るから」

「へ?」



 いきなり話を振られ、間抜けな声が出てしまった。私は、口を手で覆いながらもごもごと、死神を見る。先ほどの悲しそうな表情は、もう彼の顔から消えていた。見間違いだったんじゃ無いかってぐらい笑顔。



「そんな、と言うか私あんまり泣かないので」

「でも、僕だけの涙じゃこれだけ多くの葬送華育てられないし」

「これって、全部死神さんの涙で育ててたんですか」



 死神は言う。

 葬送華は水の代わりに、涙を与えると。涙は一滴でも良い。一滴で、三日は枯れない。

 与えすぎると、変色したり腐ったりすると。


 もう一つ、私は死神に聞いた。一番聞きたいことだった。



「なんで、人によって葬送華って違うんですか。お父さんとお母さんは、白い…かすみ草とカモミールだったから。家族の共通点は、白い花」

「あー、それ、それねえ」



 カランコロン。と、店のベルが鳴った。


 何か言いかけた死神は、営業スマイルと言わんばかりの笑顔で「いらっしゃいませ」と言った。私も、つられて「いらっしゃいませ」と頭を下げる。店の中にはいってきたのは、若い女性だった。白い包装紙で包まれた赤い薔薇を一本大切そうにもって、死神を見つけるとにこりと微笑んだ。



「葬送華の買い取りを……保管をお願いしたくて」



 女性はそう言うと、赤い薔薇をカウンターの上に置いた。そして、私に気付いたのか、私にも優しく微笑む。



「あら、新人さん?初めまして」

「は、初めまして」



 緊張して、声が裏返ってしまった。仕事を手伝うって言い出したのは自分だったが、バイトの経験は全く役に立たなかった(裏方作業であったため)。



「あーその子は新人というか、お手伝いというか」

「貴方が、バイトを雇うなんて初めてじゃ無い?」

「やめてくださいよ」



と、死神と女性は楽しそうに話していた。道化のような笑顔しかできと思っていたから、そんな普通の男の子みたいな笑顔も出来るなんて、と内心吃驚している自分がいた。

 どうやら、女性と死神は知り合いのようだった。知り合い、というか常連さんというか。



「この花、旦那さんのですよね。愛されてるんですね。赤い薔薇なんて」

「そう、ですね。だから、大切に保管して欲しくて」



 女性が頭を下げると、死神は「任せて下さいよ」と女性に優しい言葉と笑顔を向けた。

 女性はもう一度深々と頭を下げ、店を出て行った。



「あの、死神さん。それで、さっきのは…えっと、葬送華が人によって違うって言うの、教えて欲しくて」

「あ!そのこと、ちょーと自分で考えてみて!花が好きなハナちゃんなら、きっとすぐわかるって」



 死神は、そう言って私の背中を叩いた。

 さっきは教えてくれる、そうだったのに。と私が死神をじっと見つめた。でも、そんなことお構いなしに、死神はさっきの赤い薔薇を丁寧にガラスケースの中にしまっていた。



 女性との会話を思い出してみ、私は考えた。

「愛されている」、「赤い薔薇」。言葉、花……そこまで考えてピンと糸が張った。頭の中でごちゃごちゃとしていたものが、ピシッと雷に打たれるような感覚が走る。




「花言葉。もしかして、花言葉ですか!」

「ピンポーン」



 バッと顔を上げ、私が死神の方を見ると、彼は嬉しそうに指を鳴らした。そして、小さな棚を指さす。棚には植物図鑑や花の育て方、そして花言葉の本が綺麗に並んでいた。私はその、花言葉の一覧本を手に取り、かすみ草と、カモミールのページを探す。



「あった」



 かすみ草の花言葉は、「永遠の愛」「幸福」「感謝」。カモミールの花言葉は、「逆境に耐える」「負けないで」「ごめんなさい」。

 もし、もしも。葬送華が、その人の最期の言葉だったとしたら。

 これは、私の憶測に過ぎない。でも、死神が言う。あの女性もそのことに気付いていたのだろう。


 お父さんと、お母さんが残した最期の言葉。


 お父さんが、私とお母さんを愛していたこと、私を助け幸福でありますようにと願ってくれたこと。お母さんが、辛い中耐え続けたこと、そして私に負けないでと、死を選んでしまっての謝罪。



 ぽた、ぽた。とカモミールの花言葉が書かれたページにシミが出来る。じわり……と文字が滲んでいく。

 そんな私の様子を、死神は黙って見ていた。



「優しい言葉、だね」

「うん……うん、うん。そう、そう……お父さん、お母さん」



 死神は、私の頭をそっと撫でた。子供をあやすように優しく優しく。

 私が、葬送華に惹かれたのは、美しいと思ったのはその人の生き方を最期の言葉を映した花だったから。人の思いが込められた生きた花だったから。人の死後美しく咲く花。忘れ去られるまで人の中で生き続ける花。



 私は泣いた。


 お母さんを失ったときの悲しい涙じゃ無い。とてもとても温かい涙。

 泣き止むまで、死神は何も言わなかった。死神は、悲しそうに、妬ましそうに私を見つめていた。





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