第4話

 僕が三歳でここを早く去るのは、力の強い武将に僕の存在を相手に知られないためだ。組織の人が迎えに来て、僕は嫌だと駄々をこねたけど、母や親族に説得された。

 別れの日の前日、僕は一族の当主と対面する。母親とおじが僕の今後や組織について話す。そのあとに、僕とおじ様の会話が始まった。


「幼くして故郷を去るとはな。みよじ」

「うえ、さま」

「いつものようにおじ様、でいいぞ」

「……おじ様」


 僕は親族の中で唯一親族の字を受け付いでいない。母が一族なだけで……僕は普通の子として生まれたわけじゃないし、父親の血を引いているわけではない。

 救いなのは人の姿で生まれて、気味悪がられてないこと。僕の出自や存在について組織の方から仲間が出向いて話してくれたこと。一族の皆が僕を受け入れてくれたこと。

 幼い頃の故郷の記憶は朧気だけど、家族の記憶だけは温かいのは覚えていた。

 

「おじ様。いままで、ありがとうございました」


 頭を下げる僕におじ様は穏やかだった。


「いつでも、ここに帰ってきなさい。故郷、いや、我らの一族は白川の地で、みよじをいつでも待っている」


 そう、言ってくれた。そう言って一族総出で優しく送ってくれた。優しく送ってくれたのに、理不尽は何処からともなく襲ってきた。

 頑張ってきたのに、理不尽にのまれて。僕だけがその理不尽に巻き込まれず、生き延びてしまった。僕だけが、助かってしまった。

 山にのまれた彼らを置いて、僕は生きている──。




 目を開けた。

 ……またあの夢か。

 ゆっくりと身を起こす。

 ……あれ? 痛みがない……。体を見ると包帯や薬の匂いがして……。そっか、八一が僕を運んで医者の先生ともに治療してくれたのか。

 僕の部屋で隣にはかよちゃんが僕の布団に被って隣で寝ている。……どういう状況なのだろうか。

 戸が開いて僕は顔を向けると、浴衣姿の八一がそこにいる。

 盆を持って、器を手にしている。


「おお、起きなさった。三代治。おはよう」

「……おは、よう」


 呆然としている僕に、八一は近くに座った。狐の耳と尻尾がなく、変化ではなく、元の人間の姿になっている。そして、僕も……。

 ……どうしよう。状況を飲み込めない。


「……八一。ごめん、昨日僕が倒れてから何があったか、聞いていい?」

「ああ、勿論だとも。逆に私とはぐれた後の君の状況を聞かせてくれ」


 ……そうだよな、お互いに何があったのかわかってないもんな。僕が話そうとする前にぐぅぅぅ……と僕の腹の虫がなる。あまりにも大きな音だったから、僕は恥ずかしくて顔が熱くなった。音を聞いていた八一は笑っていた。


「あははっ、大きな腹の虫だな!」

「……し、仕方ないだろ。昨日から何も食べてないんだから……!」

「それ見越して、多めに粥を作ってきた。食べながら話を聞きな」

「……まったく、からかいと労いを両立させるなよ……」


 呆れながら盆を受け取って、僕は相方の八一から話を聞いていた。

 八一は僕と別れたあとに、僕を逃げて本部に助っ人呼び出していた。そのあと、必死で僕を探していたという。

 僕が倒れている間に、彼女は目覚めたらしい。かよちゃんは起きたら別の場所にいた事に驚いていた。八一がこの子を何とか宥めさせて、保護しているらしい。かよちゃんが僕のそばにいるのは、怪我している僕が心配だったからだ。

 ……心配かけさせちゃったな。

 おかゆを食べながら話を聞き終えたあと、八一が真剣な顔で僕を見てくる。

 そろそろ僕も話さないと。

 僕は八一と別れたあと、何をしていたのかを話した。

 かよちゃんと荘俳さんに助けられて過ごした話。荘俳さんは悪路王に無理やり眷属にされていたことやかよちゃんを連れ出す経緯を事細かに話した。

 僕の話を聞き、相方はかよちゃんを切なげに見つめる。


「この子、荘俳さんにだいぶ懐いていたんだよな。……事の経緯を今のこの子に話すには酷じゃないか? 見たところ、茂吉のとこのとおるちゃんと同い年っぽいが……」

「……そうだね」


 助けられてから僕は荘俳さんとかよちゃんがどれだけ過ごしているのか、わからない。けど、荘俳さんとかよちゃんの間には間違いなく絆はあったと感じる。廃寺にいたかよちゃんは不幸そうに見えたかったし、荘俳さんもこの子を助けようと思わないはずだ。

 少し冷めたおかゆを食べていると、かよちゃんが身じろぎする。


「んん……」


 気づいて顔を見ると、かよちゃんは少し目を開けた。


「……かよ、ちゃん?」


 僕が声を掛けるとかよちゃんは僕をぼうっと見て、すぐにハッとする。


「おにいさん、だいじょうぶ!?」

「かよちゃん。声大きいよ」

「あっ……ごめんなさい」


 注意してかよちゃんは落ち込む。……まだ幼いこの子に知らせるのは酷だ。時が来たら、知らせたほうがいいだろう。お粥の椀と匙を近くにおいて、かよちゃんと顔を合わせる。


「かよちゃん」

「はい」

「僕はね、君に荘俳さんから頼まれているんだ。荘俳さん、しばらく遠いところで修行してくるんだって」

「……しゅぎょう?」

「うん、だから、君をしばらく頼むねって」


 ……嘘を混ぜてしまった。けれど、彼女が知るにはまだ早い。……嘘をつかれることにも悲しんじゃうかもだけど……。僕の言葉にはかよちゃんは顔を俯かせて、ポツリとつぶやく。


「……そっか、とおくに、いっちゃんたんだ」


 声をつまらせて、しゃっくりをして布団を掴む。

 布団の上に、白いに近い灰色のようなシミができる。かよちゃんの顔からポトポトと落とされる涙に僕は彼女に僕はいたたまれなくなる。

 ごめんね。本当のこと言えなくて。僕に君を励ます権利なんてないけれど。


「でも、ね。荘俳さん。きっと、君に元気でこの先を生きてほしいと願っていると思うよ」


 優しく笑っていう。

 こう言って隠して励ます僕をいつか恨んでもいい。だから、大人になるまで守らせて。


「だから、かよちゃん。僕の所で住まない?」


 僕の言葉にかよちゃんは涙でぐちゃぐちゃの顔を上げる。目を丸くしている様子。隣りにいる八一は驚いていた。


「……三代治。それは上から許可出てないと」

「いいよ。許可が降りないなら外でできるだけ安全な場所で一緒に過ごす。けど、大丈夫だと思う。僕たちの上司は許可を下ろすよ。八一、お前もわかっているだろう? あの人の性格」


 僕の言葉に八一は複雑そうな顔をして頭を掻いていた。厳しいところがあるというと、あの人は情がない人ではない。

 ちなみに、その数分後上司が自ら出向いて「許可出すよ!」と一言述べて去っていく。その後、僕たちは揃ってクソ上司といったのは予定調和だ。

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