第5話

 悪路王に取り込まれた魂は先生が取り戻せたけど、ある強い妖怪の邪魔が入って悪路王は逃げられたようだ。悪路王が逃げたからか、山の妖怪の統率を失って散り散りになった。

 ……魂を取り出すのは難しいから先生も何とかやったんだろうな。

 かよちゃんを組織で引き取って数年。数年の間は、僕だけてなく仲間がかよちゃんに人としての生活に常識や学問を教えた。彼女は聡明で外の国の言葉も簡単に話せる程度になった。……かよちゃんが数え年で二桁。十歳あたりになったころだろ。僕たちに『組織』ついても教えた。

 冥府に関する組織。あの世とこの世に関わる本来ならかよちゃんが関わるはずのない組織であると。

 薄々と僕達についてもわかっていたのだろう。驚く事なく、すんなり理解していた。彼女の賢さには驚かされる。……もしかして荘俳さんについて……。その時は僕の方が腹を括らないといけないかもしれないな。

 そんなある日。


「みよくんは、かよちゃんを引き取って後悔してないの?」


 縁側で団子を食べながら話す同期が聞いてくる。食べるのが好きでもあるが燃費の悪さに苦戦している同期。彼とはよく教育や愚痴を言い合ったり、相談したりする。

 そんな彼の質問にきょとんとする。後悔はしていないと答えるだろうが、彼は聞いてきた意図がわからない。僕は武器の紐を作りながらその同期に意図を聞く。


「後悔はしていないよ。けど、なんでそれを聞くんだい?」

「同年代を預かってる身として、気になったんだよ。俺は血脈は違えど、同族の半妖の子を預かってるんだ。教育や面倒を見ている身としてはあの子に向けられる気持ちが中々に強烈でね」

「もっくんは、基本的には面倒見いいからね。初恋奪っちゃったんじゃないの?」

「ははっ、俺ってそんなに罪深いかなぁ?」


 団子をお皿の上において苦笑する。


「だとしても、俺さ。気持ちに応えられるかわからないな。けど、お前はどうなんだ。三代治」

「……僕ねぇ」


 問われた内容に、僕は応えられるかどうかなんて。それ以前の話だ。


「それ以前の問題だよ。互い好意があるか。僕は異性として彼女に好意を抱いたことはない。見た目はともかく、歳の差がありすぎて気持ち悪いだろ」


 七十歳以上って言葉にするとなかなかだぞ。荘俳さんに頼まれて面倒を見ているだけで、僕は彼女に好きだとかそう思う暇はない。親しみはあるといえど、異性として抱くのはないだろう。僕の反応に失笑してくる。


「……なんで笑うんだよ」

「三代治。女の子、舐めたらいけないぞ」


 団子を手にし、同期はにんまりと笑う。


「個人差あるけど俺達が思ってるより彼女達の成長は早いし強いよ。三代治以上にいい人としてのいないなら、かよちゃんはこの先お前だけを見るかもよ」


 指摘され、僕はぽかんとする。


「……ええ、ありえるかな。それ」

「みよくん、この先を考えとかないと大変だぞ。良いも悪いも全部わかって受け入れてくれる女の子はすごいぞ」


 同期は団子をほうばって食べる。……経験したことあるから言ってるのかな。もっくんが誰について言ってるのか、僕は何となくわかる。同期は団子をよく噛んで飲み込んだあと、腹の指を見せて僕自身を指し示した。


「とりあえず、取り返しつかなくなる前に、ちゃんと見て考えてみることだな。もしくは、他の人に相談すればいいんだからさ」


 そう言って同期は団子を食べることに集中する。……恋愛に疎いというわけではない。この先かよちゃんが僕のことを好きになるかもしれないってこと?

 ……可能性があるというだけで、必ずというわけではない。彼女にはちゃんと人間として幸せになってほしい。

 同期の食べっぷりを見ながら、僕は色々と考えていた。



 同期と話してから数日後。


「あっ」

「あっ、三代治のにいさん! こんにちは」

「かよちゃん。こんにちは」


 廊下でかよちゃんとばったりと出会う。かよちゃんはボロボロだった着物から、綺麗な着物を着ている。髪も伸びて結われているし、肌の血色も良くなっていた。女の子らしくなってきており、時間が経てば元服かな。彼女の小さい頃を思い出しつつ、大きくなったなも感慨深くなる。かよちゃんが大事そうに風呂敷を持っている。時折、かよちゃんは手習いをしていたりする。今日は誰だろう?

 僕を見たあと、かよちゃんは頬を赤くしてもじもじとしていた。チラチラと見たあとに嬉しそうに笑う。


「三代治のにいさん。今日は何をしにいくの?」

「このあと、僕は上司に話をしに行くんだ。君はこれから何をしに行くのかな?」

「私は由紀先生に機織りの手習い。とおるちゃんと一緒にやるの。コトコト楽しいよ!」

「そっか、由紀さんは優しいけど厳しいからね。頑張ってね」

「うん! 三代治のにいさん。お仕事、頑張って! じゃあね!」


 手を振る彼女に手を振り返す。嬉しそうに彼女は背を向けた。僕は遠くなる背中を見ながら息をつく。

 彼女の反応。まさか、ね。そう思いながら、僕は上司の部屋に足を向けた。




 複数の巻物がある部屋で上司は巻物を読んでいる。入室を許可してくれたことに感謝しつつも、僕は正座をしながら聞く。


「聞きたいことがあります」

「なにかな?」

「今世の悪路王は個として確立しておりますか」


 倒されたと聞く悪路王。悪路王が復活という形に見えるだろうけど、僕が見た悪路王は誕生したものだ。いつくかの謂れがあるがゆえに、多種多様な悪路王が生まれる。悪さをする悪路王であるならば倒され、善よりであるならば静かに消え去る。今回の悪路王は悪さをする種だろう。

 僕の質問に頷いた。


「そうだな。地獄の記録によれば、あれは個として確立している」

「……今のところ、動きは出てないようですが……」


 そう。現在まで、悪路王の動きが出ていない。野放しにしているわけではないが、放っておくわけにはいかない。だが、動きがないのもおかしく、探っていても逃げられるばかり。

 ……いや、逃げられるばかりもあるが、組織の人手が足りない理由もある。ある強力な妖怪を追っていて多く動けないのだ。

 上司は考えるように黙ると、僕に提案をしてきた。


「だったら、かよさんとともに現世に一緒に暮らしてみてはどうだろうか」


 ……は?

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