第2話

 あの後、僕は荘俳さんの寺でお世話になった。怪我してるから必然的にお世話になってしまうのだけど。

 荘俳さんのいる廃寺はかなり時間が立っている。荘俳さんは元々この寺の人間らしく病でなくなったとのこと。彼が妖怪になったのは病でなくなって数年ほどだという。

 かよちゃんは孤児だと聞いた。母親を流行り病でなくし、幼い頃から父はいないと。かよちゃんは幼い頃から父親をなくしたようだ。

 荘俳さんはお坊さんのふりをして、お布施として食料や布などを貰っている。もらってきたあとの荘俳さんは申し訳無さそうに仏像のないお堂で一人で念仏を唱えていた。

 僕やかよちゃんは食料を必要とするけど、荘俳さんはいらないらしい。……妖怪は人を食べることをあるといえど、人を食べなくても構わない。普通の人間と同じように食べ物を食べても問題はない。

 かよちゃんは荘俳さんが人じゃないということを知っている。ご飯も必要ないと言われているらしく、そのまま食料をもらっているらしい。……まだ子供だから仕方ないんだろうけど、僕は怪しいと思ってしまった。

 ……七回ぐらい日が昇って沈んだ頃、僕は立ち上がりと歩行ができるほどになった。僕の怪我の回復が意外と早く、荘俳さんとかよちゃんが驚いた。

 かよちゃんは純粋に目を輝かせるけど、荘俳は言葉を失っている。子供ならではの反応と普通の人の反応に僕は苦笑した。うん、変化するとと身体能力も高くなるから治りも早くなる。


 僕のいる組織は殆どが半妖で構成されていて、あの世とこの世を守る組織。だから、身体能力も人と違う。

 けど、人を守らず妖怪を守らず、僕たちの組織は人の世に関わらない。魂を見送る仕事をするといえど、死神というものではないんだ。ゆえに僕らは自らが死ぬことを厭わない。何かない限りは死ぬ覚悟はできる。あの世に関わる組織だから、僕達組織の半妖は死んだら自分のままに転生できるから問題ない。その代わり、恒久的な隷属として組織に尽くさなければならないけどね。

 ……と、僕達の組織について二人にも話したいけど、怪しさもあって口を閉じ続けている。……組織のこともあるから、あまり関わらないように去るか。



 十ほど日にちが経った頃、僕は少しは走れるようになった。完治とまではいかないけど、そろそろ去ったほうがいいだろう。

 ある日の夜。床に入る前に、僕は別れについて話そうと荘俳さんのいる場所に向かおうとしたときだ。部屋に明かりがついていて、声が聞こえる。


「おい、荘俳。まだ人間の小娘は肥えないのか」

「……ええ、魂は十分でも体のほうが追いついてません。あと、五年ほど待ってもらわないと」


 聞き覚えのある、声。しかも、つい最近やられたばかりだから余計に覚えている。僕は息と気配を潜めて声を聞く。荘俳さんと話している相手は不満げだった。


「ちっ、人間というのは本当に面倒臭い。幽霊となったお前も俺が力を与えて眷属にしてやったのにまだ人間風情でいるんだな」

「……」


 荘俳さんは黙る。いや、黙らざる得ないだろう。僕は音を立てないように建物の物陰に隠れて、荘俳さんと話していた相手を確かめる。

 相手は荘俳さんに開けられた戸から出ていく。その姿は間違いなく僕に重傷を負わせたやつだ。


「では、悪路王様。また」


 悪路王……。それは僕を瀕死に追い詰めたやつだ。何で荘俳さんが。


「ん?」


 悪路王が気付いた。しまった。驚きで気配を少し出してしまった。息を潜めて気配をちゃんと隠す。僕の隠れている方に見続けるが、頭を掻いて息をつく。


「おい、荘俳。ちゃんと子供の躾をしておけ!」

「……はい、すみません」


 頭を下げる荘俳さんに、舌打ちをして悪路王は去っていく。

 ……荘俳さんが悪路王の眷属だったとは。悪路王が遠ざかるのを待っていると、僕がいる建物の物陰に声をかけられる。


「……三代治殿。いらっしゃいますよね」


 ……まあ気付かれている以上、無駄な抵抗は無理だろう。僕は姿を現すと、荘俳さんは芳しくない顔をしていた。荘俳さんが敵ならば、僕のことを知って始末するだろう。けれど、彼の表情の意味は……。


「……中に入って話しませんか」


 理由があるのか。理由があるならば聞くしかなく、僕は荘俳さんの言葉に頷いた。



 悪路王と話してきたのは仏像があったお堂。いつも食料とかをもらっているとここで念仏を唱えているようだけど……。僕と彼は対面をする。

 しばらく沈黙が続くけど、僕の方から沈黙を破った。


「……荘俳さん。貴方は悪路王の眷属なのですね」

「……ええ」


 否定しない。もう一つ質問をする。


「……荘俳さん。僕の傷はあの悪路王によって負わされたものです。……貴方は僕のことを知っていてここにおいていたのですか?」

「……いいえ。偶然です。今はじめて知りました。ですが……ちょうどいいです」


 ちょうどいい? どういうことなんだ。聞く前に荘俳さんは険しい表情で僕に土下座をした。


「……三代治殿。お願いです。かよを……かよを連れて逃げてください!」

「……えっ?」


 敵側でありながら逃げるように頼むとは。どういうことなのか、聞き出さなくてはならない。


「……何故ですか? 貴方は悪路王の眷属なのでは……」


 荘俳さんは拳を握り、ゆっくりと顔を上げて体を震わせる。


「……自分の意志から眷属になったなら、どれだけ楽だったか……」


 吐き出すように言い、彼は身を起こして元の姿勢に戻す。……けど、顔をうつむかせている様子が、彼の心情を表していた。

 荘俳さんはたくさん語った。自分は無理やり眷属にさせられたと。悪路王により彷徨う私は力を与えられて、子や女を保護して渡すように命じられた。彼は仏の道に外れるためにずっと悪路王の命を果たせずにいたが、初めて孤児のかよちゃんを見つけてここに連れきて育てていたと。

 かよちゃんのために村人を偽ってお布施や食料をもらっていた。だから、仏像のないお堂で念仏を唱えていたのか。

 拳を強く握り、荘俳さんは悔しげに吐露する。


「私は……かよを悪路王様に捧げることはできない。……あんな良い子が食べられて死ぬなんてあってならない。それにもう仏の身に背くことを、自分の心を偽りたくない。

三代治殿。お願いします、かよを……かよを連れて逃げてください!」


 気迫のある声で土下座で頼まれ、僕はなんとも言えなくなる。

 嘘、ではないだろう。でも、かよちゃんを連れて逃げるというのがどういうことなのか、彼はわかっているのだろう。


「……自分が死ぬ覚悟の上で……言っているのですか?」


 聞くと、荘俳さんはゆっくりと首を縦に振った。……鬼に変化したものは、人の要素は少なくなる。なのに、荘俳さんがまだ人としての心が残っているとは……。鬼になっていたほうがまだ楽だろう。

 僕は頷いて、了承する。……先ほどの悪路王に気付かれている可能性も考え、明日の朝。彼女を連れてこの寺を出ていくことになった。

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