誰ヵ之半妖物語 助けられた僕が彼女と家族になって生きたお話
アワイン
一
第1話
ああ、しくじった。背の高い角の生やした男に見下されながら僕は落ちていく。お腹も痛いし、全身に痛みが走る。僕の不注意で隙を作って、攻撃を受けてしまった。
「っ三代治……!」
崖の向こうから相棒の狐の声が大きな聞こえて、僕は口を大きく口を動かす。
「──八一! お前は逃げろっ!」
そうだ。ここで戦って無闇に死ぬよりも生きて力を蓄えたほうがいい。あいつは躊躇するだろうが、愚鈍ではない。すぐに行動を移して本部に帰るだろう。
僕は嘲笑う人形の鬼を見ながら落ちていく。その顔が腹立たしく、睨み続けていた。次会ったら殺す。その次がいつになるのかはわからないが。
背後からは多くの木の枝が当たる。せめて頭を保護するように受け身を取る最中、全身に来る痛みはやはり耐えきれない。
「っ──!」
痛みをこらえながら、今回の任務の出来事を思い出す。
僕と八一は人間の魂を食べた妖怪を倒す為に、山の妖怪を倒していた。けど、その山の妖怪を統率していた妖怪がいたのだ。
そいつは、創作とも言われ、実在した末路わぬ民とも云われ出自が曖昧な妖怪『悪路王』。東北の鬼とも語られているが、どれが本当の話かはわからない。あの妖怪は討たれた後、しばらくは生まれることはないはずだ。
どうやって生まれたかはあとから知ればいいし、生まれてくるのは仕方ない。しかし、禁忌を犯してはならないと知っているはず。
奴の体からは人の魂の力を感じた。数は少ないにしろ、魂を食べているようだ。……変化しているのが救いなのか、人よりも死が来るときは遅い。けど、ここで救援が来ない限り助からないだろう。
傷を抑える力もなく、仰向けに転がって夕暮れに向かう空を見つめる。
……家族も死ぬときどんな気持ちだったんだろう。怖かったのか。苦しかったのか。
ああ、でも、きっと僕みたいに生きるの諦める気持ちではなかったと思う。
僕は諦めの息をつき、どちらに傾いてもいいよう覚悟を決めていると足音が聞こえた。
「……!」
誰だ。もしここで襲われたら僕はもうおしまいだ。けど、どちらに生きるか死ぬかはわからない。警戒をあらわにしていると、茂みをかき分ける音と共に少女が現れた。
年端も行かぬ、ボロい着物を着た少女だ。まん丸い目をして、髪も整っていない。村から来て迷い込んだのか、親とともにいるのかはわからない。僕の倒れている様子を見て目をまん丸くしている。
ここは危ない。早く去って貰わないと……。
「ここ……は、あ……ふない……から……はや……えに……おか……え……」
言葉がうまく伝わらない。でも、ここは本当に危ないんだ。ちゃんと言いたいのに力が入らない。ああ、駄目だ。瞼が重い。意識も……途切れ……と……ぎ……。
幼い僕は故郷からだいぶ離れた組織の本部にいた。
城にいる一族総出で和睦に関する祝宴が行われると聞いた。おじさんたちのことは心配だったし、僕も駆けつけようとした。けど、駆けつける前に大地が大きく揺れた。
「……あ、あぁ……!」
先生が無理やり連れて、その場を離れたから難を逃れた。
だから、助かった。だから、僕だけが助かった。でも、目に映った悲惨な光景は子供には衝撃的で……。
遠くから見えた。山が崩れ、僕が幼い頃に住んでいた城と町を飲みこもうとしていた。岩と土に埋もれいく。そこに住んでいた民はいつもの日常を送っていたのだろう。好きだった町の風景も、家族がいるであろう城も大地が揺れて埋もれていく。
「みんな……おじ様……かあ様! やだよ……やだよ!」
置いていかないで。
置いていかないで。
離れていく故郷に向けて、呼びかけるしかなかった。
葉がこすれる音。鳥と虫の鳴き声。薬の匂いに……お香の香り?
まだ感覚がある。……えっ、僕は死んでないの? これはどういうことなんだ。少しでも情報が欲しくて、僕は重い瞼をなんとか開けて薄めで見る。
木造の、天井。体は重くて、動かない。僕になにか掛かっている。寝ている状態なのはわかるが、僕はどこにいるんだ。
手を見るとどこか古びた袖が見え、着替えさせられたのだとわかる。
……ああそうか、生きてないと夢なんて見ないよな。
僕の顔を覗き込むように、さっきの女の子が僕の視界からあらわれた。
驚いていると、僕が起きている様子にびっくりして、走り出して僕の視界から消えた。
「おーしょーさま! おーしょーさま! おきたよー! けがしたひと、おきたよー!」
ぽかんとするしかなかった。いやまさか僕が助かるなんて思わないでしょ。一気に眠気が覚めたけど、まだ怠いな……。所々痛いけど、処置はしてくれたのか包帯が巻かれている。
和尚様と言っている辺り……ここは寺なんだろう。けど、少し部屋の様子だけはみたいな……起き上がるのが億劫だけど……。
「よっ……いてて」
上半身を起こそうにも痛みが走って上手くいかない。
耳のある箇所としっぽが布団の上にある感覚からして、変化は解けてないようだ。これは警戒されるか、事情を聞かれるかもしれないな。
仕方ないと息を吐いていると、遠くから足音が聞こえた。さっきの女の子と和尚らしき人が現れた。僕が起き上がろうとしている姿を見て和尚は慌てて駆け寄った。
「ああっ! 無理なさらないでください……! 貴方は大きな怪我をしているのですから……!」
和尚が駆け寄り、僕を寝かした。女の子もとことこと近づいて僕の隣に座る。
「おにいちゃん。ねんねしなきゃだめだよ? いたいいたいなんだからねんねだよ?」
「……ああ、そう、だね」
苦笑を浮かべる。うん、この子が正解なのだけど。首を動かしたり、寝て喋るなら平気だ。……初めて僕の姿を見て驚いただろう。人と同じであれど、人と異なる部分がある。僕は和尚に顔を向ける。
「……和尚様。僕が普通でないと見てわかりますよね?」
「……ええ、わかります。貴方は人でありながら、その身に妖怪の力を宿している半妖。……しかも、宿しているものは、かなり巨大な力です」
険しく語る和尚に僕は優しく聞く。
「僕のことをそこまでわかっていながら、何故殺すか自らの力にしないのですか?
貴方は人の姿をしていますが、妖怪ですね? いえ、妖怪となった……元人間といったところでしょう」
「……そこまで見破るとは……貴方は一体……」
「……職業柄ですよ。だとしても、すぐに祓うわけではありません。貴方方の敵でないことは言っておきます」
驚かれるお坊さんには誤魔化しておく。こう言えば、陰陽師か退魔師だと勘違いしてくれる。似たようなことをしているけど陰陽師じゃない。見て一目瞭然だしね。
目線を彼に向けて話す。
「名を、教えてくれますか? 僕は三代治といいます」
「……私は、荘俳ともうします」
「……では、荘俳さん。僕の怪我がある程度良くなったらここから去ります。迷惑にならないうちに」
妖怪にも迷惑かけちゃまずい。そう思っていると、彼は慌てていた。
「そんな、怪我を治してからいってください……!
どう見てもその怪我は良くないものでしょう……!」
「……普通の妖怪よりも化け物じみてるので大丈夫です。どうせならすぐ……いっ!?」
起き上がろうとして痛みが走る。女の子は泣きながら怒り始めた。
「ダメダメダメダメ!! おにいちゃんはねんねしてげんきにならなきゃだめ!!
かよのぜったいきかなきゃだめ!!」
首を何度も横に振り、この子は僕を寝かしつけられる。……子供に押し倒されるぐらいに僕は弱っていた。荘俳さんも真剣な顔で首を横に振られる。
……情けないな……。僕は。
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