第30話 アニメ化

 ブイサイハイブリッドトリューバーのアニメ化PVに訂正が入った連絡が来た。

 夜十一時。

 この時間になっても一ノ瀬は帰ってこない。

 スマホも置きっぱなしで出ていった。靴もはいていない。

 焦った僕は雷霆に電話することにした。

 そしたら、夕花ちゃんが保護していると聞き驚いた。

『で、何をやらかしたんだ?』

「それは、お金がどうとか言うから、お金目当てか? と……」

『馬鹿野郎。言っていいことと悪いことがあるだろ』

「で、でも……」

『でもじゃない。お金はある方がいいに決まっている』

 ぴしゃりと言い放つ雷霆。

「そうだけど。いや、そうだよね。でも僕はあの事件以来」

『いい加減、過去を蒸し返すの辞めようぜ? そうでなくともお前はすごい奴なんだからさ。自信もてって』

「……うん」

『俺、言ったよな。誇れって』

 誇ることなんてない。

 だって僕は彼女を傷つけたのだから。

「でも、僕はまだ何も分かっていなかった。人の心を大切にするって難しいね」

『それも、お前は言っていたさ。難しいことが一番大切なんだ、って』

「言ったっけ?」

『俺の父と母が再婚したときに言ったさ。無理に兄妹にならなくていいって』

 そう言えば、そんなこともあったね。

 でも、僕は励ましのつもりで言っただけ。

 いや、だからこそ言ったのか。

「ありがとう」

『いつもお世話になっているからな。いいってことよ』

 励ましているんだ。雷霆は。

 だから余計に言葉が刺さるような気がする。

「僕は良い友達を持ったよ」

『それはこっちのセルフだ。馬鹿野郎』

 全然バカにしたような言い方じゃない。むしろ愛を感じる言葉に目頭が熱くなる。

「うん。そうだね。じゃあ、明日」

『またな』

 そう言って会話を終えると、僕は電話をきる。

「さてと。できることからするか」

 僕はパソコンに向き合い、執筆中の小説の続きを書き始める。

 伏線の回収と、主人公の闇が見えてくる大切なところ。

 どう頑張っても誰かが不幸になる。そんなハッピーエンドから遠い彼らの物語はいったんの終幕を閉ざす。

 誰が悪いわけじゃない。

 ここで失った者たちはみな愛されていただろう。

 書きながら、少し涙ぐむ。

 最後は切ない。そして次巻で巻き返す怒濤のどんでん返しがある。

 今までの僕には書けなかった展開。

 僕の中から産まれた作品。

 愛おしい。

 休息と思い、SNSを見やる。

 引退宣言を撤回してから一時間。

 スマホに電話が来ていた。

 編集部の犬飼いぬかいさんだ。

「もしもし」

『夜分遅くにすみません。唐崎さん、引退を撤回してくれてありがとうございます』

 電話越しで分からないけど、きっと頭を下げているだろう。

 そういう人だもの。

『そこで、今回の騒動を受けて、PVの訂正が入りました。今、データを転送します』

「分かりました。それから次巻の準備終わりましたよ」

『本当ですか!? 今すぐデータでもらえますか?』

 焦ったような、驚いているような声を上げる犬飼さん。

 いや、これは嬉しいのかな。

「はい。今、送ります」

 ゴースト文庫の共有フォルダに転送してやる。

『ありがとうございます。これで株価が上がります!』

 あー。そう言えば、そんなこともあったっけ。

 電話を終えて、二時間後にはSNSで続刊の新情報がもたらせる。

 過去最高の書籍となる、とお墨付きを頂き、ネット界隈を激震させた。

 その衝撃は世界中にとどろき、次巻の発売が待ち遠しいファンを喜ばせた。

 PVを見ると、前よりも断然良くなっていた。

 それでも荒いところがある。指摘すると、部署内でもすでに発注しているとのこと。

 来週には第二弾PVとして最高の出来を届けると言う。

 今か今かと期待していたけど、やっぱり時間がかかるみたい。

 SNSにはアニメ化の時期をずらすと公表された。

 どうやら本腰を入れてアニメを作るらしい。

『ブイサイハイブリッドトリューバーのアニメ化ですが、クオリティを上げるため、やむを得ず放送を延期することとなりました。お待ち頂いている皆様には申し訳ないですが、今しばらくお待ちください』

 とのこと。

 これでアニメ化への道も安心できる。

 ほっと息を放つと、僕は疲れた身体をベッドに預ける。


 翌日になり、僕は寝ぼけ眼を擦りながら、学校への道を歩く。

 一人また一人と校舎に向かう中、僕の足取りは少し重かった。

 一ノ瀬と話しをしないと。

 でも、どう言えばいいのだろう。

 引退はしないけど、やっぱりお金のことは気になる。

 なんであんな発言をしたのだろう。

 少しずつ見えてはいるけど、僕の先入観が目を曇らせる。

 色眼鏡でお金について思っていた。

 でも、僕の一言が経済を動かす。会社一つを変えてしまう。

 ならお金の意味とは?

 お金は人の気持ちを表している可能性に行き着く。

 エコを訴える企業のイメージが良く、より良い企業を産む。

 慈善事業だってそうだ。

 そういった広告塔があるから、稼げる。

 稼げるから、頑張れる。

 頑張れるから、世界はより方向へと導かれていく。

 お金は、何も悪いことじゃない。

 ただ悪いことに利用する者がいるというだけ。

 その点で言えば車だって同じだ。人を死なせる道具ではあるものの、生活には欠かせない。そしてそれをより良く使おうとする者も多い。

 だからか、僕はなんとなく一ノ瀬の言っていることが分かってきた気がする。

 この世界にもいいところがたくさんある。

 彼女はそれを伝えたかったのかもしれない。

 より良くありたいのかもしれない。

 僕もそうでありたい。

 まだまだ自己研鑽が足りないと痛感する。

 歩いていると、後ろから小突かれる。

「なに?」

 振り向くと、そこには雷霆がいた。

 その後ろに二人。

 夕花と、

「一ノ瀬さん……」

 最愛の人の名を呼ぶ。

 ビクッと震える一ノ瀬。

 僕がまだ怒っていると思っているのかもしれない。

「大丈夫。大丈夫だから」

 そう告げると、一ノ瀬はじわりと目を潤ませる。

「おい。行くぞ。お前らのせいで遅刻なんてごめんだからな」

「行くよっ。ふーまる」

「うん。待って」

 僕たちは急いで学校へと向かう。

 なんだか一ノ瀬の様子がおかしい。

 そう思ったけど、その理由まではつかめずにいた。

 校舎に入り、僕の後ろで門が閉まる。

 デスゴリラと呼ばれている体育教師神内じんない先生が竹刀しないを持ち、門の前で構えている。

 すでに何人か犠牲になっているらしいが、僕たちはセーフだ。

 可哀想だけど、遅れたのが悪い。

 僕は自分のクラスに向かって足を運ぶ。

 雷霆、夕花、一ノ瀬も続いて教室にはいる。

 鐘の音が鳴り、僕は自分の席につく。

 少し一ノ瀬がしおらしく見えた。

 ちらっとこちらを見ては視線を逸らす。

 そんな彼女の仕草にこっちまで不安になってくる。

 不安。

 そうかもしれない。

 彼女は不安なのかもしれない。

(ふーまる。ふーまる、まえっ)

 夕花ちゃんの小さな声を聞くと、前を向く。

「唐崎、このおれを無視するとはいい度胸だな」

 先ほどのデスゴリラがピキピキと青筋を立てていた。

「え。あ、はい。すみません!」

 慌てて立ち上がる。

「聞いていたか? この辺りで痴漢が現れていると」

「でも僕、女の子ではないので!」

 その言葉でクラス内が湧き上がる。

 素直なのはいいことと言うが、決してそうじゃない。

 悪いこともある。

「静かにしろ!」

 デスゴリラは怒りを露わにして、声を荒げる。

「いいか。友達が被害に遭うかもしれないんだぞ」

「確かに」

 僕がうんうんと聞き届けていると、またもクラスが沸き立つ。

 そのあとも、デスゴリラの説教は続き、クラスの中はうんざりした様子で話が終わるのを待っていた。

 ホームルームも終わり、僕は一ノ瀬へ視線を向ける。

 でも、彼女は思い詰めたように下ばかり見つめていた。

「一ノ瀬さん、大丈夫?」「疲れているみたい」「自分、保健委員だよ」

 とみな口々に彼女を心配する。

「ありがとう」

 それだけを告げ、彼女はその場にとどまった。

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