第24話 プール回
それぞれが水鉄砲を手にすると温水をチャージする。
カラフルな水鉄砲を持ち、ワイルドに掲げる女子チーム。
僕は水鉄砲を構えて敵に狙いを定める。
「さ。始めるよ」
僕の声を合図に、一ノ瀬、夕花、雨宮先輩がそれぞれ敵意をむき出しにしている。
これで勝った人が僕と一緒にウォータースライダーに乗れる。
そう思うとまるでみんな僕に興味があるように思えるけど、なんでだろう。
僕の心は冷えて固まっている。
誰かと幸福感を分かち合ったり、言葉をかけることもできない。
どうしてだろう。
こんなにも自分は冷たい人だったのだろうか。
ぐるぐると同じ思考を繰り返すだけのBot。
そんな言葉がよぎり、三人からの集中砲火を浴びる。
逃げる場所などなく、そのまま浴びせられる水の球。
「うごぼぼっぼ!」
まるで溺れた人のように声を上げて、僕は倒れ込む。
あとは三人の戦いになる。
プールサイドにあがると、三人の様子をつぶさに観察する。
一ノ瀬がトリガーを引き絞る。
その射線をかわす雨宮先輩。
水中に身を潜める夕花。飛び上がり、奇襲をしかける。
瞬間、高速移動をした一ノ瀬が夕花の後方に入り一射。
受け止めた夕花が、その場で崩れ落ちる。
次いで雨宮先輩の射線軸から外れ続ける一ノ瀬。
「ば、化け物だ」
「白い悪魔だ」
遠巻きに見ていた男たちが一ノ瀬をそう評価する。
その動きは常人のそれを逸脱していた。
かわせるはずのない射線をいとも簡単にかわす。
一ノ瀬は雨宮先輩の背後をとり、斉射する。
「まいったっす」
負けを認めた雨宮先輩。
そこには誇らしげに水鉄砲を掲げる一ノ瀬の姿があった。
「あら。もう終わり?」
クスクスと不動大名みたいな笑みを浮かべる一ノ瀬。
いやどんな笑みだよ。
僕は一ノ瀬のもとに駆け寄る。
「すごかったよ」
「べ、別にそんなことないんだからね」
なんでこの人はツンデレみたいなことを言っているのだろう。
僕には理解できない話だ。
「まあ、じゃあ一緒に滑ろう?」
「……うん」
小さく頷くと、僕と一ノ瀬はウォータースライダーのある高台に移動する。
ちなみに夕花と雨宮先輩が一緒に滑ることになった。
最初に浮き輪に一ノ瀬を乗せて、後ろから僕が乗り込む。
色々と一ノ瀬の柔肌に触れてドキドキする僕。
いや、僕だって花の高校生だからね。
健全な男子なら女子の肌に触れるのはご法度だからね。
そこんところ、わかっていない人いるよね?
「行くわ」
一ノ瀬がそう合図し、浮き輪を前に出す。
水流に流され、浮き輪は激しく揺れ動く。
ポンッとスライダーから放り出される僕たち。
バシャンっと水面に叩きつけられる。
ぷかっと浮かぶと、そこには一ノ瀬の姿があった。
ギュッと抱きついてくる一ノ瀬。
「え。ちょっと。え!」
驚いていると、顔を真っ赤にする彼女。
「ちょっと動かないで!」
必死そうな彼女を見て思い至る。
「あれ、とって」
視線の先を見るとそこにはビキニの上が水面に浮かんでいた。
「分かった」
苦笑混じりで応じると、僕はそれを後ろの一ノ瀬にわたす。
「ありがと」
小さくつぶやく彼女。
「ひゃっはーっ! 最高だぜっー!」
そう言ってスライダーから飛び出す夕花と雨宮先輩。
「あっちはあっちで楽しんでいるね」
「あら。わたしとは楽しくなかったのかしら?」
「楽しいよ。うん。楽しい」
すっと暗い気持ちが差し込んでくる。
「? どうしたの?」
不自然に思った彼女が尋ねてくる。
「いや、昔のことだよ。忘れて」
あの事件以来、人と関わるのを避けてきた。
でも今は違う。
違うんだ。
それはわかる。
わかっているはずなのに。
「まあ、考えても仕方ないよね!」
僕は一ノ瀬と仲良く遊ぶことにした。
考えても結論が出ないのなら、今は全力で前にあることに取り組もう。
僕は一ノ瀬と一緒にプールサイドまで泳ぐ。
といっても僕は溺れているように見えたのか、一ノ瀬に支えられながらだったけど。
泳げないの、仕方ないじゃない。
だって僕は書くのが仕事で、泳ぎなんてできないんだから。
「ねぇねぇ。今度は夕花と一緒に流れてっ!」
「うーん。まあ、いいか」
僕は夕花の提案を受け入れると、ウォータースライダーの高台に向かう。
二人用の浮き輪を手にして、嬉々として乗り込む夕花。
僕も前に座ると、振り返る。
「行くよ?」
「はいっ!」
スライダーが流れ出すと、夕花は僕の背中に飛びつく。
その大きなお胸が押しつけられて、僕は戸惑う。
柔らかく暖かい感触に気持ちが揺らぐ。
夕花も悪くない。ないけど……。
やっぱり好きなのはどん底で救ってくれた一ノ瀬……だと思う。
ちょっと揺らいでいる自分が嫌になる。
一途な方がいいに決まっている。
「ふーまる!」
「うん?」
「楽しいねぇっ!」
そこには純粋な喜びの目をした夕花がいる。
なんて、なんて僕は汚いのだろう。
こんな瞳をした子がいるというのに。
「ごめん。そうだね。楽しいね」
楽しむことも忘れていた僕に衝撃を与えた。
やっぱり、自分の好きでいいんだ。
好きに従って書くのが一番だよね。
それが分かっていなかった僕はまだまだだったね。
作家として、人間としてできが悪いのかも。
滑り終えると、プールサイドで睨みを効かせる一ノ瀬。
「ずいぶんと楽しそうだったわね。この糞童貞」
「まだ、その呼び名なんだ。一度は許した仲じゃない」
「あれは! わたしの思い違いよ。つけあがらないことね」
「そう」
悲しい気持ちがじわじわと広がり、僕はつい目を落とす。
つけあがる。
確かにそうだ。
僕は一ノ瀬に嫌われていると思う。
でもそれでも少しは仲良くなれた気がしていた。
でもダメだった。
「なにしているっすか? わいとも滑るっす!」
「え。ああ……」
雨宮先輩が僕の手をとって高台に向かう。
こうなったら
僕も一緒に楽しむさ。
こうして雨宮先輩と一緒にスライダーを滑り降りる。
雨宮先輩も意外とあるんだよね。
って何を考えているのさ。
僕の中の煩悩よ、消し去れ!
「なにしているんっすか?」
とっくにプールにたどりついていた僕たち。
雨宮先輩は僕を見てにこりと微笑む。
「ほら。唐崎くんも、一緒に楽しむっす。余計なことを考えなくていいっす!」
「でも……」
「唐崎くんが落ち込んでいると、わいも悲しいっす」
「そうだよっ。ふーまるはいつもすごいことをやってきたのっ。だから今が辛くても乗り越えられるのっ」
「二人とも、ありがとう」
二人は僕を好きでいてくれる。それは嬉しい。
嬉しいけど……。
ごめん。僕には好きな人がいるんだ。
その罪悪感が湧き出てくる。
「二人の気持ちには答えられないかも」
「いいっすよ。唐崎くんの気持ち、分かっているつもりっすから」
「夕花は、それでも好きっ。だってそんなに愛に溢れているものっ」
二人はニコニコしながら、僕の背を押す。
「さ。行くっす」
「夕花たちはちゃんと楽しめたのっ。だから、今度は彼女のばんっ!」
その視線の先には一ノ瀬がいる。
文句を言いたそうな顔で苛立ちを露わにする彼女。
その彼女に歩み寄る二つの陰。
僕は慌てて前に足を踏み出す。
プールサイドによじ登り、一ノ瀬に向かって駆け寄る。
目の前の浮き輪やパラソルをよけて一ノ瀬を助けに向かう。
ナンパされている彼女は、男二人に向かって毒を吐いている。
それでも引き下がらない男たち。
手をつかみ、振りほどこうとしているけど、離れてくれないナンパ男。
僕はその後ろから一ノ瀬を助けようと前に出る。
ナンパ男と一ノ瀬の間に身体を滑り込ませる。
ぎょっと見やるナンパ男。
呆然としている一ノ瀬。
必死で顔を上げる僕。
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