第25話 ノーパン

 ナンパ男の前に出る。

「おい。お前なんだよ」

「悪いけどそうはいかない。彼女は嫌がっているじゃないか!」

 声を荒げると、ナンパ男はゲラゲラと笑う。

 何がおかしいのか、僕には分からない。

「あー。貴様みたいなメカクレ陰キャが、何を偉そうに!」

 そのナンパ男に水の弾がぶつかる。

「そんな尻軽ではないわ」

 一ノ瀬が水鉄砲を掲げて伝える。

「糞ナンパ野郎は全員消毒してやるわ」

 水の弾倉を取り替えて、アルコールを射出する一ノ瀬。

「うわ。やめろ!」

 ナンパ男二人は顔を背け、走り去っていく。

「たくっ。馬鹿にするんじゃないわよ」

「さ、さすが。一ノ瀬さん……」

 僕では手に負えないわけだ。

「ふん。あんな奴らに屈するほどバカじゃないわ」

 鼻の頭をくしくしと掻く。

「すごいや。僕は圧倒されていたのに」

「そ、そう?」

 満更でもない顔を浮かべている一ノ瀬。

「そう言えば、メカクレ糞童貞は泳げないんだっけ?」

「そうだね。僕は泳ぐよりも書くことに特化しているから」

 それも本当にできているのか、不安だけどね。

「でも泳げる方が格好いいとは思わない?」

「それはあるね。泳げるようになりたい」

「そう。じゃあ、……教えて、あげる……わよ……」

 かなり戸惑いながら、僕を見つめる一ノ瀬。

「本当?」

「嘘は言わないわよ」

 真剣な眼差しを向けてくる彼女。

「うん。そうだね」

 僕は頷き、彼女に泳ぎの練習を請う。

「分かったわ。あっちのプールで泳ぎましょう?」

「え。でもあれは子どもようだよ?」

「それでも泳げるわよ。足がつかないと怖いでしょう?」

 それもそうか。

「分かった」

 僕は素直に頷くと、一ノ瀬はしてやったみたいな顔をする。

 子ども用のプールに入ると、ちょっと心許ないプールの浅さを感じる。

 これ、本当に僕が泳げるのだろうか?

「さ、そこに横になって」

「う、うん……」

 僕は寝そべるようにプールに横になる。

「ほら。もっと足を伸ばして。もっと水に身を預けて」

「そう言われても……」

 やり方がよく分からない。

 怖くて身を任せることなんてできない。

 どうしても身を縮めてしまう。

「ほら。もっと身体を伸ばして」

 一ノ瀬が僕の太ももからふくらはぎにかけて手を当てる。

 ちょっとむずがゆい。

 そんなに肌と肌が触れあうことってないからね。

「どうしてより堅くなるのよ」

 頬に手を当ててため息を吐く一ノ瀬。

 それは僕にもよく分からないけど。

 曖昧な笑みを浮かべていると、一ノ瀬は隣で泳ぎ出す。

「よく見ていてね」

「は、はい!」

 僕は立ち上がると、一ノ瀬の泳ぎを観察する。

 その後ろから男児がついていく。

「姉ちゃん、かっけー!」

 それがなんとなくムカついたいので、僕は後を追うように歩きだす。

 が、プールの中だ。

 前に進もうとするが、抵抗力がすごい。

 すぐに体力が奪われていく。

「待って。一ノ瀬さん」

 泳ぎ終えた一ノ瀬がこちらを見る。

「ちゃんと見ていた?」

「うん。でも……」

「パイタッチ!」

 そう言って男児が一ノ瀬の小さいお胸にタッチする。

「何するのよ。この糞ボウズ!」

 男児を捕まえて、説教を始める一ノ瀬。

「泳ぎを教えるなら、わいでもいいっすよね?」

「夕花も頑張っちゃうよっ!」

 ガミガミ言っている一ノ瀬を置いて、雨宮先輩と夕花が泳ぎ始める。

 その華麗な泳ぎを見て、僕には無理だと痛感した。

「早くっ。こっちまでおいでっ」

 手招きする夕花。

「ああ。しょうがないなー」

 僕は覚えたてのバタ足で、なんとか向かう。

 一センチ進むのすらもやっとな泳ぎ。まるで溺れているように見えたのか、雨宮先輩が慌てて駆け寄ってくる。

 僕の腕をとり、引き上げる雨宮先輩。

 そこには年上の威厳を感じた。

「さ。上がるっす」

 プールサイドに僕を上げると、雨宮先輩はにこりと微笑む。

「ごめん。僕泳げなくて」

「大丈夫っすよ。泳げなくても死ぬわけじゃないっす」

「そうだけど……。かっこ悪いよね」

 男の子だったらスポーツの一つや二つできていた方がいいに決まっている。

「そんなことないっすよ。男は器の大きさで勝負っす」

「そうだよっ。ふーまるはすごく優しいじゃないっ」

 後から駆け寄ってきた夕花も僕に笑顔を向けてくれる。

「そう、かな……」

 そこに駆け寄ってくる一ノ瀬。

「わたしも、そんな悪いことじゃないと思うわ」

 陰りを見せて、チラチラと夕花と雨宮先輩を見る一ノ瀬。

 何を思っているのか、分からない表情だ。

「糞童貞はモテるのね……」

 顔を背ける一ノ瀬。

「そろそろ、帰るっすよ」

 雨宮先輩の提案で帰宅することになった。

 更衣室に入り、着替えが終わると、とあることに気がつく。

「パンツが、ない……!」

 僕はスースーしながらズボンを履く。

 そう言えばパンツ泥棒が発生しているって、アナウンスが流れていたっけ。

 迂闊うかつだった。

 一応、係員さんに連絡したけど、望み薄かな……。ははは。

 しかし、係員さんも変なことを言う。

「さっきの子も同じ高校でしたね……」と。

 他にも被害者がいたような口ぶりだった。

 いや、いたのだろう。

 でも個人情報だから教えてくれるはずもない。

「お待たせ」

 僕は先に待っていた夕花、雨宮先輩に駆け寄る。

「あれ? 貧乳の一ノ瀬さんは?」

「誰が貧乳よ。誰が!」

 怒りを露わにして事務室から出てくる一ノ瀬。

 少し頬が赤く、もじもじとしている。

 まるでパンツを履いていない僕のようだ。

 まあ、そんなわけないか。

「さ。行くわよ」

 一ノ瀬はそう言い、バスに乗り込もうとする。

 ちょっとの段差がある。

 ふと一ノ瀬は振り返り、僕を見る。

「先に行って」

「え。なんで?」

「あんた、このわたしのスカートを覗く気でしょ? 変態」

 そんなことを言われて僕としてはショックなんだけど。

「だいじょうぶっ! 夕花はふーまるが変態でも受け入れるよっ!」

 フォローしたつもりが余計に酷くなっているじゃないか。

「ありがと」

 でも感謝する気持ちはある。

 僕が前を歩き出すと、雨宮先輩が後についてくる。

 とよろける雨宮先輩。

 その手が空をつかみ、蹈鞴たたらを踏む。

 そして、その両手は僕のズボンにフィットイン。

 ずるりと剥けるズボン。

 僕の男の子が見える。

「ひゃう!」

「やばっ!」

 雨宮先輩が声を漏らす。

「男の子のパンチラなんて需要がないのよ。需要が」

 一ノ瀬は呆れた声を上げる。

「あるよっ! 夕花は見たいもんっ!」

「とんだ変態ね。……って! ええっ!」

「み、見ないでぇ~!」

 僕は必死で男のシンボルを隠す。

「わぁお!」

 嬉々の視線を向けてくる雨宮先輩。

 一ノ瀬もしっかりと見てくる。

「ズボン返して!」

 慌てて雨宮先輩の手から奪取すると、丁寧に履く。

「なんで、ノーパン?」

 しばし呆然としていた周囲が、ざわつきを取り戻す頃、雨宮先輩がそんな疑問を浮かべる。

「盗まれたんだよ」

「男子のっ? ふーまるのっ?」

 疑問を浮かべているのは一人じゃなかった。

 でも僕だって好きでノーパンになったわけじゃない。

 男の係員さんとも必死で探したさ。

 ああ。それでこんな結果になるとは思わなかったよ。

 女の子のパンチラは価値があるけど、男のはないからね。

 性別というのは業の深さを感じる。

 人の尊厳など、差別意識の前では無力なのだ。

「わたしと一緒」

 小さくぼやく一ノ瀬。

 きっと暴言だから気にしなくてもいいよね。

 無事仙台駅前につくと、僕たちは自分たちの帰路につく。

 と言っても、僕も一ノ瀬も同じ家。

 同じ道を歩くけど、何やらもじもじとしたままの一ノ瀬。

 スカートを気にしているけど、さほど短くもないのだけど?

「どうしたの?」

「べ、別に?」

 誤魔化すように笑う一ノ瀬。

 そんな顔も可愛い。

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