第23話 水着回

 僕が一ノいちのせと一緒に学校へ向かっていると、夕花ゆうかが寄ってくる。

「二人は本当に仲がいいねっ」

 ジト目を向けてくる夕花。

「そうなのかな」

 僕は不安な視線を一ノ瀬に投げかける。

「ふふ。そう見えるかしら?」

 したり顔で応じる一ノ瀬。

 まあ、仲が悪いわけじゃない、よね……?

 ちらりと見ると、視線が一瞬合い、すぐに外される。

「それで夕花はどうしたのさ?」

「それがねっ。今度の日曜日に温水プールに行こうと思っていてっ!」

「え。行っていいのか?」

「うんっ。もちろんっ」

 満面の笑顔を見せる夕花。

 そんなにプールで泳ぎたいのか。

「行く。わたしも行く」

 固い決意を見せる一ノ瀬。

「え。でも水着だよっ!」

 なんだろう。

 一瞬、夕花が怖い顔をしていたように見えたけど……。

「あら。わたし、これでもスタイルいいと思うんだけど?」

「ふーん。胸以外は、ねっ」

「あら? そんなこと言っても、あなたの駄肉はに大きいだけでしょう?」

 皮膚がぴりつくような空気に、僕はたじたじになる。

 え。二人とも、どうしたのさ。

「ふふふ」

「へへへ」

 二人は不敵な笑みをもらす。

「何しているっすか?」

 そこに火をそそぐように雨宮先輩が抱きついてくる。

「あ、うん。プールに行く話していたんだけど……」

「わいも行くっす!」

 決意を固めた顔で言う雨宮先輩。

「まあ、わいのお金は唐崎っちに払ってもらうっすが」

 がくりと身体が揺れる。

「いや、まあいいけどね!」

 半ば自棄になりつつ答える。

「まあ、出世払いだね」

「女の子におごるのが、男ってもんでしょう?」

「僕はあいにく、男女平等を訴えているし」

 少し唇を尖らせて続ける。

「雨宮先輩は出世すると思うから」

「な、なんっすか。急に」

 朱色に頬を染める雨宮先輩。

 彼女は僕に惚れている。

 なら一緒にいたがるのは普通か。

 でも諦めていない証拠だよね。

 やっぱりきっぱりと断るべきなのかな?

「ふ、ふーん。く……唐崎くんも立派な男ね。わたしも出世払いでいいかしら?」

「それなら夕花も出世払いがいいっ!」

「えと。声優やVの出世ってなに? というか二人は払えるでしょう?」

 稼いでいるのだから。

「「ちっ!」」

 二人の舌打ちが響き渡る。

「詳しくはあとで知らせるねっ!」

 そう言って夕花がLionライオンの連絡先を交換する。グループに入るとさっそくメッセが届く。

『よろしく!』

「こちらこそ、よ ろ し く 、と」

 僕はLionにメッセを書き込む。

「目の前にいるのだから、目を見て話しなさいよ」

 呆れたように肩をすくめる一ノ瀬。

 それもそうだ。

「じゃあ今度の日曜日ね」

 僕はみんなに呼びかけると、少し歪な関係を進めるのだった。


☆★☆


 噂の日曜日。

 午前十時。

 僕らは駅前のステンドグラスに集まっていた。

 約束に遅れまいと二十分先について、僕はスマホで電子書籍を読んでいた。

 そこに雨宮先輩が二分遅れでやってくる。

「暇っすか? お兄ちゃん」

「うん。大丈夫。スマホがあるからね」

「スマホの運動性能を過信したっすね」

「どういうこと!?」

「言ってみたかっただけっす」

 本当にどうでもいいらしい。

 というか雨宮先輩もスマホを弄り始める。

「しかし、雨宮先輩が早めに来るとはね」

「なんっすか。その言い草」

「いや別に。ルーズなのかと思っていた」

「それは別じゃないっす。立派な名誉毀損っす」

「じゃあ前言撤回する」

 僕は困ったように頬を掻く。

「政治家じゃないから無理っす」

「政治家は撤回できるのにね」

 不公平だと思う。

「ほんと、なんなんっすかね。あのチートは」

「政治家はいつもチートを使っています、ってラノベ、思いついた」

「さすが神作家っすね。なんでもラノベにするっす」

 からからと陽気に笑う雨宮先輩。

「何を話しているのっ!」

 そこに現れた刺客。いや夕花だった。

 いつもは着ない、ピンクのフリルがついたトップスに、黒いスカート。膝丈二センチくらいだろうか。

 黒タイツとスカートの間から覗く太ももがいいコントラストを生み出している。まさに絶対領域というやつだ。

 領域というからには異空間なのかもしれない。

「今度、書いてみるか」

「えっ?」

 いわゆる地雷系ファッションと呼ばれる姿をした夕花が目を丸くする。

「夕花とのラブコメを書いてくれるのっ!?」

「いや、絶対領域だよ?」

「どういうことっ?」

 混乱した様子の夕花。

 その姿は愛らしい。

 愛玩動物のようだ。

「お待たせ」

 そこに三人目の刺客が襲いかかる。

「お股なんていやらしいっ!」

 なにかに反応した夕花だったが、聞かなかったことにする。

「おはよう」

 僕はその三人目に声をかける。

「遅れてすみません」

「いいよ。一ノ瀬さん」

 僕は笑みを浮かべて、招き入れる。

「さ。行こうか」

 僕は三人の美女を連れて、温水プールのある、富沢に向かう。

 プールはさほど大きくもなく、五十メートルプールと小さいプール、それにウォータースライダーがあるくらいだ。

 でも四月のこの時期でも暖かく入れる温水プールだ。

 僕は男子更衣室で着替え終わると、プールと更衣室の近くをうろちょろする。と、アナウンスが流れてくる。

『パンツ泥棒が発生しています。お気をつけてください』

 そわそわした気持ちで更衣室の出口付近のベンチに座る。

 そこにカットインが入る。

「ふふ。どうやら夕花が悩殺するときがきたのっ!」

 そこにはビキニ姿の夕花がいた。

 白と赤を基調としたビキニが僕の脳髄に刺激を与える。

 鼻血を吹き出しそうになったところを必死で抑え込む。

「もう夕花ちゃん、早いって」

 その後にきた一ノ瀬。

 白のビキニで絶壁も、絶壁。

 最高に眺めのよい空間が広がっていた。

「なんか、失礼なことを考えていない? 糞童貞くん」

 鋭い眼光でこちらを射抜く一ノ瀬。

「はっはっは。そんなわけないだろう?」

 ペテン師のごとく饒舌に言う。

 きっとキノピオだったら鼻が伸びていただろう。

「本当かな?」

 じとっと見つめてくる一ノ瀬。

「みんな早いっすよ!」

 遅れてやってきた雨宮先輩。

 夕花ほどはないけど、しっかりあるお胸。

 ワンピースタイプの黒い水着は彼女によく似合っている。

 シンプルなデザインだがワンポイントアクセントがあり、引き締まってみえる。

 そのファッションセンスは抜群と言えよう。

「さすがアイドル」

「愛のドルっすからね」

 愛をお金に変えるあたり、確かに『愛のドル』なのかもしれない。

 苦笑を浮かべながら、僕はプールのある方へ足を運ぶ。

「最初はどれに行こうか?」

 僕が提案すると、しばし熟考する三人。

 視線を這わせ、やがて同意に至る。

「「「ウォータースライダーっで!」」」

 三人の声がキレイにハモる。

 この三人に歌わせたら、銀河一キレイな歌声になるんじゃないだろうか。

 そう思った。

 でも。

「じゃあ、誰と乗ろうか?」

 ウォータースライダーは一回につき、二人までしか流れない。それも浮き輪を使う。

 必然的に密着する形になる。

「じゃ、あっちのプールで水鉄砲を浴びせた人の負けっということっす」

 にやりと口の端を釣り上げる雨宮先輩。

「いいでしょう。受けてたちます」

 きらりと目を輝かせる一ノ瀬

「自信ないのっ。でも勝つのっ!」

 気合を入れ直す夕花。

「じゃあ、僕も混じろうかな」

「いいよっ!」

「よくないって」

「いいっすね」

 意見がばらついたけど、一ノ瀬以外は同意してくれている。

「僕はどうしたらいい?」

「いいっすよ。お兄ちゃんを倒すのも面白そうっす」

「「お兄ちゃん!?」」

 一ノ瀬と夕花がまたもキレイにハモる。

 あ。一ノ瀬と夕花のデュエット曲もいいな。

 僕はそう思い、頭の片隅にメモをとるのだった。


 まあ、そんな機会はない、よね……?

 ある方がいいに決まっているけど。

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