第22話 オーディション ~小夜side~

 わたしは今度のオーディションを外せないと思った。

 彼の書いた小説が大好きだから。

 でもこんな気持ちを知られてはいけないとも思った。

 救ってくれた彼を、いやらしい目で見ているなんて、サイテーだ。

 マジ、さいあく。

 いいや、でも彼に振り向いてもらうには頑張らないと。

 震える足を前に進ませて、マイク前に立つ。

 最初の一声が少し上擦ってしまった。

「私、可愛くないよ?」

 本当にそう思っている女子はいるのだろうか?

 いや、ここにいる。

 彼女らはこの二次元の世界で息づいている。

 その息づかいを、言葉を。世界を彩るわたしの声。

 ああ。やっと追いつけた。

 同じ目線に並ぶことができた。

 それは歓喜の声だった。

「私、あの人のことが好き。大好き! だから負けない!」

 負けない。わたしも。

 あの夕花という女にほだされている唐崎くんが悪いんだからね。

 それを理解していないから余計に怒ってしまう。

 不機嫌になる。

 それが顔に出ていたようで、ショックを受けていた唐崎くん。

 やりすぎた。

 頭では反省しているけど、気持ちが追い付かない。

「私のこと、嫌いになったんでしょ!?」

 分かっている。

 言ってはいけない言葉もあると。

 それでも言ってしまった。

 言葉を漏らしてしまった。

 けなす言葉は彼の気持ちを鈍らせているらしい。

 それはなんとなく思っていた。

 分かっていた。わかっていたのに。

 彼は優しすぎる。

 わたしにも。

 他の女の子にも。

「嫉妬するよ。だってレイト……。ううん、なんでもない」

 言えない。

 これが恋心なんて。

 他の女の子にもモテモテだって。

 振り絞るように声を張り上げ、わたしの本音をのせる。

 遠いキャラが演じやすい。

 確かにそうだ。

 でもわたしの経験はこうして血肉になっている。

 まったく経験がないのと、経験しているのでは説得力が違う。話し方が違う。

 感情をのせた演技はわたしの得意分野。

 大人しい子であるサリーが一大決心する瞬間。

 それが彼女の運命。彼女の道。


 わたしは彼女を演じきった。

 オーディションが終わったあと、近くのお店で同じ声優仲間のりんと一緒にお茶をしていた。

「いや~、小夜の演じわけすごいよね。大人しい子がうまいけど、秘訣とかある?」

「そんなんじゃないけど、でもわたしはキャラに寄り添うのを意識しているかな。一番近しいわたしだから、わたしだけは味方でいようと思って」

「わぁ。やっぱり同期の中でも抜きん出ているわけだ。それに、その美貌だし」

「お世辞はいいわよ。凜だって頑張っているじゃない。聞いたよ。『バーチャル=センセーション』の姫凪ひめなぎ役、受かったんだって?」

「もう知っているの? 情報早すぎ!」

 ケラケラと笑う凜。

 わたしもマネージャーから聞いたとき、驚いたもの。

「そうそう。あのカラフル先生に会ったんでしょ?」

 凜は今一番聞いて欲しく名前を出してきた。

 今度のラジオ出演は意外すぎた。

「それでいきなり出演させようなんて、よく考えたね」

「うん。あれは、わたしにとっては嬉しい誤算だったよ」

 視線をコーヒーに落とす。

 彼は素直でポジティブで努力家なんだよね。

 わたしとは違って良い人だと思う。

 うん。いい人すぎるくらいだ。

「まあ、希代のカラフル先生だもの。少しは悪いところもあるよね」

「そんなことない!」

 バンっと机を叩いてしまうわたし。

「そうなの? てっきり浮かない顔をしているから……」

「そんなことないもん……」

 わたしはふて腐れ紅茶をすする。

 ちょっと苦い。

「じゃあ、どうしてそんなに膨れているの?」

 ニマニマとしながら、わたしに訊ねてくる凜。

「もう。分かっているクセに」

 意地の悪い悪友だ。

「まあ、あの堅物な小夜さよが簡単にほだされるとは思っていないけど」

 苦笑を返す悪友。

「そうだね。ちょっと可愛い子かも」

「ふーん」

 凜はコーヒーをすすり、興味なさそうに視線を遠くに飛ばす。

 ブルブルと振動するスマホ。

「はい。一ノ瀬です」

 マネージャーからの連絡だ。

 衝撃の言葉を告げられ、びっくりする。

「本当ですか!?」

 声優特有の通る声が店内に響く。

 恥ずかしくて、声を縮めるわたし。

「本当にブイハイのサリー役ですか?」

『そうだよ。すぐに発表があるから、ラジオ出演もこぎつけた訳だし』

 そっか。それでわたしのところに依頼が舞い降りたんだ。

 ガッツポーズを決めるわたし。

「おっしゃー!」

 二度目。

 店内に響くわたしの声。

 恥ずかしくて身を縮ませると、マネージャーは苦笑を漏らして応じる。

『打ち合わせ、楽しみだね』

「はい。ありがとうございます」

 少し小さな声で応じる。

 通話が終わると、凜がニタニタと笑みを浮かべていた。

「知っていたよ。その役」

 意地の悪い笑みを浮かべる凜。

「え。どうして?」

「マネージャーから」

「あいつ~!」

「口が悪いの、変わらんね。よく清楚系で売り出していること」

 悪友はケラケラと笑うと、コーヒーをもう一口飲む。

「うっさいわね。ぶぶ漬け食わせるぞ」

「お~。怖い」

 まったく怖がっていない口調で肩をすくめる凜。

 この子には何を言っても無駄なのだろう。

「ま、凜も敏腕声優で名が通っているものね。さすがだわ」

「ありがと、素直に褒め言葉と受け取っておくの」

 なんだか言い方にとげがあるように感じるのは何故かしら。

 普通に褒めたつもりなのに。

「じゃあ、これからレッスンだから」

 わたしはそういいお店を後にする。


 歩きながら、今度のレッスンを振り返る。

 さび前の振り付け、難しいな……。

 わたし、ちゃんと踊れるかな。

 不安が心をざわめかせる。

 それにしても……。

「あいつ、今頃何をやっているんだろう」

 気持ちがこんなに揺れるのは久々だ。

 初恋のあの子以来。

 ううん。今は目の前のことに立ち向かわなくちゃ。

 そうでなければ彼と一緒に肩を並べることはできない。

 二流の声優なんて言わせない。

 わたしはわたしのため、そして彼のために頑張るんだ。

 そうでなくちゃ、わたし……。

 ふと思う。

 なんでわたしはこんなに想っているのか。

 なんでだろう。

 わたし、なんでこんなにドキドキするんだろう。

 彼が料理上手で、素直で、ポジティブだから?

 でも彼はあの事件に関わっている。

 そんな過去は消せない。

 分かっている。

 でも噂とは違う気がするの。

 彼はどこか寂しそうにしていたし。

 一緒の部屋になったのは運が悪かった……いえ、運が良かったのかも。

 でも神作家である彼があんなに素敵な方なんて。

 神は彼に二物も三物も与えたんだ。

 わたしは、自信ないな……。

 わたしは彼に甘えている。

 だから声を荒げてしまう。

 毒を吐いてしまう。

 期待しているから。

 彼は絶対にわたしを否定しないから。

 優しすぎるよ。


 声優仲間と一緒にレッスンを受けて、言葉の使い方、演技の仕方を学ぶ。

 最近は身が入らないのが分かっている。

 でも、それでもわたしは声優を続けたい。

 自分の可能性を信じたい。

 もっと演技をしたい。

「わたし、我が儘だな……」

「そんなこと、分かっているよ」

 マネージャーがわたしの頭に台本でポンと叩く。

「でも、そんなあなただから、期待しているのよ」

 マネージャーが苦笑を浮かべる。

「そっか。そうですよね。ありがとうございます」

 わたし、我が儘でいいんだ。

 いいんだよね?

 遅々として進まない恋愛に不安を抱きながらも、声優としてキャラに命を吹き込む。

 今日も頑張っている。

 だから、振り向いてほしい。

 わたしは彼に愛されたい。愛したい。

 そう思ってしまった。

 もっとお話がしたいと思った。

 でも、彼は自分の作品の選択をこちらに委ねてきた。

 それはファンでもしちゃいけないこと。

 彼が選んだ未来が見たいのに。


 どうしてこうなったのよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る