第20話 どうやら変態に好かれたようです。

 仙台駅に帰ってくると、駅近くのカラオケ店に向かって歩きだす。

「学生二名で」

 受付をすませると、僕は雨宮先輩と一緒にドリンクバーを利用する。

 僕はメロンソーダ。雨宮先輩はブラックコーヒー。

 いや年上っぽいけど、無理していない?

 顔が苦そうにしているよ?

 僕たちは202号室のカラオケルームに入る。

「何歌うっすか?」

「僕は基本的にアニソンばかりだから、分かるかな?」

「大丈夫っす。わい、これでもオタクなんで」

「それは心強い」

 歌い始めると、圧倒的な歌唱力で場を盛り上げてくれる雨宮先輩。

 汗がキラキラと弾ける。

 僕が歌うときも合いの手をいれてくれて、とても歌いやすい。

「お兄ちゃん、うまいっす!」

「いや、でも小説書くときに歌っているくらいかな?」

「一日、どのくらい書くっすか?」

「うーん。六時間くらいかな。休日だと十五時間くらい?」

「それって充分すぎるほど歌っていないっすか!?」

 驚かせてしまった。

 確かに言われてみればかなり練習しているほうだ。

「そっか。うまいのか……」

 感慨深げに頷いていると、聞いたことのある曲が流れてくる。

「これって」

「そう! どや変の挿入歌っす!」

 どや変。『どうやら変態に好かれたようです。』の略名。

 アジフライ先生の書いた作品で、今は十万部売れている人気作だ。

 内容は変態ヒロイン三人に囲まれる自称イケメンのナルシストが奮闘するラブコメ。

 勢いがあって面白いけど、シリアスになりきれない作品でもある。

 その挿入歌『脱いで、縛って、ドンドンドン!』はオリコン三位をとるほど、リズミカルで、面白い、けど危ない歌詞という曲になっている。

 息をつかせない勢いだけの曲。

 それを完璧に歌い上げていく雨宮先輩。

 アニソン好きな僕に合わせてくれるのか、知っている曲ばかりを歌っている。

 そんな彼女の一途な思いを決して嫌いにはなれない。

 僕に好きな人がいなければ、そく告白を受けていただろう。

 それほどに魅力的な彼女ではある。

「ふう。歌い終えたっす」

 汗ばんだ火照った身体を手で扇ぐ雨宮先輩。

 その姿にドキドキしてしまう自分がいる。

 嫌だな。

 まるで僕が浮気をしているみたいじゃないか。

 吹っ切ろう。

 そう思ってマイクを手にする。

『高報酬の佐々木くん』のオープニングテーマである『タイムイズ☆マネー』を歌い出す。

 それに合わせるようにして二本目のマイクを手にして一緒に歌い出す雨宮先輩。

 やっぱり練習しているだけあって、基礎体力が違うみたい。

 すぐに歌える瞬発力に、低音から高音まで自在に歌える歌唱力。見た目の良さ。振り付け。

 彼女は非の打ち所がないほど、格好良く歌っていた。

 まぶしい。

 僕にとって、雨宮先輩はそんな人に思えた。

 憧れるなら彼女かもしれない、と。

 それから三時間、たっぷりと歌った。

「もう喉がらがらっすね」

 枯れた声でにこやかに笑う雨宮先輩。

「そうだね」

 同じく枯れた声で返す僕。

「あ。つくし!」

「ん。可愛いよね」

 パクッ。

「え?」

 むしゃむしゃ。ごくん。

 雨宮先輩はつくしをそのまま口に含み、咀嚼そしゃく、そして嚥下えんげした。

「生!?」

「ビールも生がうまいっすよ! 知らんけど」

 年齢的にビールは飲めないし、飲んだことないけど。

「食べるなら天ぷらとか、佃煮とかもあるっすよ。でも今、お腹空いていたっす」

 ぐうぅぅうと腹の虫をならす雨宮先輩。

「じゃ、どっかで食べよう、ね?」

 彼女の食生活が心配になった僕はどこでも、それこそ高級寿司でもおごる気でいた。

「ヨモギやタンポポもうまいっすよ!」

「いや、野草じゃなくて、普通の食事をするよ」

 野草から離れようよ。

「え。普通の食事なのに!?」

 驚きで目を丸くする雨宮先輩。

 そうだった。

 この人、とんでもなく貧乏だった。

 どこがいいかな。

 どうせなら仙台らしいもの……。

「雨宮先輩」

「ん。なんっすか? お兄ちゃん」

「牛タン、食べよ?」

「ぎゅ、牛タン!?」

 今度こそ、目玉が飛び出るほど驚く雨宮先輩。


 僕たちは仙台駅の牛タン屋に入る。

「牛タンって二千五百円もするんっすよ?」

「そのくらいなら問題ないよ?」

 叙〇苑じゃないんだから。

 出費といってもそんなにかさむわけでもないし。

「それに美味しく食べよ」

「まあ、分かるっす……」

 緊張した面持ちで牛タン屋に入る。

 店内は狭くごった返しているけど、座ると意外と心地良い。

「なんだか、すごいっす。みんな牛タンを食べているっす」

「いや、牛タン屋に来たんだから、牛タンは食べるでしょ」

 もはやボケなのか、本音なのか分からない。

「牛タン定食の八枚、塩で」

 僕が注文すると、おずおずと注文を口にする彼女。

「お米、だけで……」

「「いやいや!」」

 店員さんと僕の声が重なる。

「僕がそんなに頼りなく見えるかな!?」

「うぅ。分かったっす。じゃあ、お兄ちゃんと同じので」

 お兄ちゃんと呼ばれたことで店員さんは怪訝な顔をしたけど、すぐに厨房に向かっていく。

 しばらくして、麦飯と牛タン八枚、テールスープ、佃煮、抹茶もちなどが並んだ定食が届く。

「こ、こんなに食べていいっすか!?」

「うん。いいだよ」

「ありがとうっす……!」

 ためてお礼を言う。すっごい感情がこもっていた。

 食べ始めると、雨宮先輩は感動したのか、目頭を押さえている。

「これなら、ずっとお兄ちゃんと一緒にいたいっす」

「いや、それはちょっと……」

「ひ、酷いっす!」

 まあ、悪いとは思っているよ?

 でも目の前で野草食べているなんて放っておけないよ。

 僕はどうしたいのか、分からないけど、彼女はもっと幸せになってもいいと思うんだ。

 半分くらい食べた雨宮先輩ははしを止める。

「どうしたの?」

「お母さんにも食べさせたいっす。残り持ち帰るっす」

「いや、できないから」

「そんな! 殺生な!」

「分かったよ。お土産、持っていかせるから」

 店員さんを呼ぶと、牛タン定食の弁当を注文する。

 帰りに渡すことにしてもらった。

「ほへー。弁当もあるんっすね」

 感慨深そうに呟く雨宮先輩。

「まあね」

 そう言って残りを平らげる僕たち。

 帰りに弁当をもらって夜道を歩く。

 仙台駅ならどこへでもバスが通っている。

 郊外にでるのにはやはりバスだろう。

「ほへー……」

 どこか呆けているこの先輩をどう帰すか、だよな……。

「雨宮先輩帰りません?」

「わいのこと下の名前で呼んでくれたら、帰るっす」

 嫌な知恵をつけたものだ。

 お兄ちゃん呼びに加えて、今度は何を言い出すと思ったら、下の名前呼び?

 そんなのできるわけないじゃないか。


「わいのこと下の名前で呼んでくれたら、帰るっす」


 一時間後。

「わいのこと下の名前で呼んでくれたら、帰るっす」

「はい。分かった。朝美あさみ先輩。帰るよ」

「ありがとうっす! もう死んでもいいっす」

「いやいや、死んで欲しくないからね!」

 朝美先輩は感動したように目を潤ませる。

「こんな彼氏、欲しかったっす」

「それは……」

 告白を断った以上、それはできない。

 分かっている。

「ご、ごめんっす! 困らせるつもりはなかったっす。ただ、なんとなく思っただけっす」

「そ、そっか。うん。良かった」

 何が良かったのかも分からないまま、僕は朝美先輩をバス停まで送り届ける。

 家賃の安い、遠くの場所から通っている。

 彼女を送り届けると、僕は一ノ瀬さんの待つマンションに向かっていく。

 そういえば一ノ瀬さんの夕食も、牛タン弁当にすればいいかな。

 また牛タン屋で弁当を買うと、今度こそ帰路につくのであった。

 一ノ瀬さんに喜んでもらえると思い、勇んで歩き疲れた足を動かす。

 僕の思い人なのだから。

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