第19話 松島の三つの橋。
僕はあまり切りたい縁はないとは思うけど……。
「縁を切りたい人、いないなー」
「わいはあるっすよ? ファンなんっすけど、いつもセクハラしてくるっす」
「それってマネージャーとか、事務所がどうにかしてくれないの?」
ふるふると力なく左右に首を振る雨宮先輩。
その姿はどこか悲しげだ。
「いつもライブグッズを五万以上落としてくれるっすからね」
「あー。それじゃあ、断れないのか……」
「それに逆上されたら怖いっす」
確かに。そこまで熱烈だと、ガチ恋勢。つまり本気でアイドルに恋をしている人かもしれない。
そんなのが相手とは、アイドルも辛いね。校正を受けている僕みたい。
「まー、自分のやりたいことをやっているっすからね。文句はあまり言えないっす」
「それは分かる。僕も小説のことではあまり強く言えないし」
「ははは。カラフル先生でもあるんっすね」
「あるある。てか、そんなにすごくないよ。だって一行に対して二十時間考えることもあるからね」
微笑んだ雨宮先輩に返すように、笑みを浮かべる僕。
「二十時間も!? すごいっす。わいなら持たないっすよ。それも才能っすね」
「そうかな? みんな好きなことにはこだわらないの?」
「こだわる。こだわるっすけど、そこまで思い詰めることはないっすよ」
今度は苦笑を浮かべる彼女。
橋を渡り終えて、その先にある景色を堪能したあと、次の橋へ向かう。
なんと松島の橋は三点セットになっているのだ。
ここで悪縁を絶ちきる。そのあとがあるのだ。
「それで、次はどこっすか?」
「
「ここを渡ると、出会いが産まれるんだ」
通行料を支払い橋の真ん中くらいまで歩く。
風が強く荷物を抑えながら楽しむ。
「そう、っすか……」
言葉の歯切れが悪い様子の雨宮先輩を一瞥する。
「もう、出会っているっす……」
雨宮先輩の帽子が飛ばされる。
さらさらとしたピンク色の髪をなびかせる先輩。
「もう、わいは風神丸に出会っているっす」
「それは……」
言いたいことが分かってしまった。
彼女の気持ちを知ってしまった。
「優しくて、暖かくて、そして努力も怠らない。そんな素敵な人と出会えたっす」
はにかむように橋の上で佇む先輩。
零れ落ちそうな雫を浮かべている。
「大丈夫っす。分かっているっす。こんなせびってくる先輩なんてかっこ悪いっすよね」
「そんなことないよ。雨宮先輩も、頑張っているじゃない」
知っている。
先輩が人一倍ダンスがうまいのも。歌がうまいのも。
それらは努力に裏付けされた結果であることも。
天才なんていない。みんな陰で頑張っているだけ。
だから、みんなすごいと思う。
でも雨宮先輩の気持ちには……。
「ごめんなさい。そういった気持ちで雨宮先輩を見ていなかったよ」
涙ぐみながら、顔を悲しげに歪める先輩。
「でも……」
僕は言葉にならない気持ちを、どうにか形にしようとする。
天才作家と謳われた僕の実体はこんなもんだ。
「でもこれからは、僕は雨宮先輩を一人の女の子として見ていくよ」
「ホント、っすか……?」
涙をボロボロと零しながら訊ねてくる先輩。
「うん」
こくりと力強く頷くと、雨宮先輩は嬉しそうに目を細め、その端から零れる涙を止めようとはしなかった。
僕がハンカチを差し出すと、少し躊躇ったのち、拭う。
今の気持ちに嘘はつきたくないから拭うのを躊躇ったのかもしれない。
「さ。次は
「はいっす」
ちょっと弱々しく、女の子な声を上げる雨宮先輩。
可愛い。
でも脳裏にちらつく女の子は彼女ではない。今は。
透かし橋にたどりつくと、僕はネットにあった言葉を思い出す。
「この橋は良縁を結んでくれる橋」
「じゃあ、わいら向きっすね?」
「
「ふふ。恥ずかしいところを見られたっす。今更っす」
彼女はどこか清々とした様子で語る。
「ホント、辛いこともあったけど、わいはもう大丈夫っす。こんな恵まれた友達がいるっす」
「それって僕のこと?」
「はい!」
たっぷりとためて笑みを浮かべている雨宮先輩。
「そっか」
その言葉に圧倒される。
そんなにも正々堂々としている先輩、強いな~。
僕もそうなれたらいいのに。
そうなれるかな?
同じ人間だもの。不可能ってことではないだろうね。
僕も見習うか。
「雨宮先輩どうしたの?」
ぷるぷると震えている。
「いや、橋に隙間があって透けているから、怖いっす……!」
「高所恐怖症?」
「そうっす!」
「渡れないと、良縁にはならないぞー」
「ひぃ。お兄ちゃんのイジワル!」
ちょっと可愛いこと言うな。
まあ、僕もいじめたいわけではないけどね。
渡り終えると、雨宮先輩は安堵したように息を吐く。
「お兄ちゃん、早いよ」
「悪い悪い。でも一緒にこれて良かった」
「きゅん」
雨宮先輩は顔を赤らめて、熱い視線を向けてくる。
参ったな。なんでもかんでも恋愛に結びついている気がする。
その先にある五大堂で参拝し、いざ帰るとなると……。
「え。透かし橋、また渡らなくちゃいけないんっすか!?」
「そうなるね。他に道ないし」
「いやっす。いやっす! もう渡りたくないっす!」
「だだをこねても、何も変わらないよ?」
「ここに住み着くっす! わいとお兄ちゃんで愛の巣にするっす!」
どんどん苛烈化していく雨宮先輩。
「わい、ここでアダムとイブになるっす!」
「なに、バカを言っているのさ。帰りにカラオケ行くよ」
「行くっす!」
切り替えはや!?
やっぱり歌うのは好きみたいだね。それもかなり重篤なほどに。
「何しているっすか? 急ぐっす!」
「うん。今行く」
僕は走り出す雨宮先輩のあとを追う。
仙石線に乗り込み、仙台駅へ向かう。
その道中、ずっとそわそわしていた雨宮先輩。
電車内でマナー違反かもだけど、小さな声で訊ねてみた。
「そんなに歌うの好きなの?」
「はいっす。大好きっす。わい、そのために産まれてきたのだと思うっす」
そこまでか。
そうとう好きなんだな。
「好きがあるっていいことだものね」
「そうっす。好きがあるから人は生きていけるっす」
「ははは。言えている」
僕も小説を取り上げられたら、もう何もしたくないもの。
だから雨宮先輩の気持ち、少しは分かるよ。
すーっと近づけてくる雨宮先輩の手。
僕は握ることなく、手を口に覆う。
そして欠伸のフリをする。
「ちょっと、疲れたね」
「そ、そうっすね」
手を握らせない。
そうしないと僕の中の何かが変わりそうだから。
彼女に申し訳が立たないから。
僕はそんなに軽い男じゃないよ。
「そういうお兄ちゃんは小説が好きなんっすか?」
「そうだよ。大好きで読むじゃ飽き足らずに書いてみたんだ」
「でもデビューまで何年もかかっているみたいっすね。やっぱり努力があったから?」
「それもあるけど、WEB小説での仲間のお陰かな」
落ち込んでいるとき、悩んでいるとき、彼らの力はすごかった。
僕の気持ちをくんでくれて、悩みを打ち明けたり、仲良くしてくれた。
それがたまらなく嬉しかった。
「そう。彼らがいなかったら、心折れていたと思う。こうして遊びに行くこともできなかったと思う」
「良かったっす」
顔を上げて朗らかに笑う雨宮先輩。
「わい、やっぱりお兄ちゃんが大好きっす」
「な、なんだよ。急に」
僕は照れくさくなり、視線を外す。
彼女の笑顔には確かにガチ恋させてしまうような笑みだった。
どう接していいのか、分からなくなりそう。
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