第18話 松島観光

 雨宮あまみや朝美あさみは地下アイドル兼歌手として活動をしている。

 歌手というのはおこがましいかもしれないけど、以前からY〇uTubeにアップしていたものが多い。

 そこでは『愚策な姫』と言われている。その呼び名に賛否はあるものの、彼女自身はそれを苦とは思っていないことにある。

 彼女は荒野を駆ける愚策な姫なのである。

 そして、リアルの彼女は貧乏である。アイドルの収入はたかがしれているし、家族の借金も残っている。

 見栄を張った父が大きめの家を買い、さらには同僚におごっていたのが原因らしい。

 そんな訳で雨宮家は絶賛、自己破産の道を歩いていた。

 そんなとき、Y〇uTubeにアップした歌に目をつけたアニメ監督の飯田さんがオファーしてくれた。

 お陰で世界の片隅で泣いていた少女は、世界デビューを果たすこととなった。

 そんな彼女は今、カラフル先生を呼び出した。

 理由は簡単。

 お礼がしたいから。

 そしてカラフル先生が唐崎からさき風神丸ふうじんまると知ったのはVTuberの配信だった。

 彼の声は独特なので、すぐに気がついた。決め手は声優のやっているWEBラジオだった。

 そしてアプローチしてみれば隠すこともなく、一緒に遊ぶ約束をした。

 そんな昼下がりの日曜日。

 晴天。

 場所は仙台駅ステンドグラス前。

 みんなが集まる、いわば東京渋谷のハチ公前みたいなところだ。

 雑踏の中、雨宮先輩と出会うと僕は安堵する。

「おはようございます。雨宮先輩」

「ん。おはよッス!」

 元気いっぱいに返してくる天真爛漫で快活な彼女。

 その服装はボーイッシュでどこかなまめかしい。

 ダボダボなピンクのトップスに、白いパンツスタイル。野球帽子をかぶって、微笑む。

「どこにいくっすか?」

「そうだね。秋保あきゅうか、大観音だいかんのんか、それとも定義山じょうぎさん?」

「いっぱいあるっすね。仙台」

「ん。そうだよ。近場だと瑞鳳殿ずいほうでんかな?」

 まとめてきたリストの紙を見せる僕。

「よくまとめたっすね。これ時間かかったっしょ?」

「まあ、ちょっとね」

(マジッすか。わいのためにここまで……!)

 小さく呟き、身体をうねる雨宮先輩。

「いや、ちょっとキモいから」

「ショック! わい、ショック!」

 なんだ。このテンション。

「わい。仙台にショックをうけているっす」

「あー。もともと、こっちじゃないのかな?」

「そうなんっす。もともと山形なんっす」

 なるほど。それじゃあ、仙台のことを知らなくてもおかしくないか。

「じゃあ、今日はたくさん仙台の魅力を伝えるよ」

「あ。お金はお主が持ってもらうっす」

「ん?」

 遠慮のない言葉に一瞬戸惑う。

「あ。勘違いしないで欲しいっす。わい、女性だからおごってもらうのは当たり前だとは思っていないっす」

「え? じゃあなんで?」

「金欠なんっす。アイドル儲からないっすよ。ほとんど事務所がもっていくっす」

 およよと涙目になり、崩れ落ちる雨宮先輩。

「そうなんだね。でも大丈夫。僕はお金だけは持っているから」

「それ以外にも持っていると思うっすけどね?」

 どういう意味だろう? 分かりかねる。

「まあ、おごるくらいいいよ。友達なんだし」

 少し照れるな。この言い方。

「そうっすね! わいら兄妹!」

「いや友達だよ!?」

「わいは妹でも構わないっすよ?」

「先輩なのに妹。新しい属性だ」

「お兄ちゃん♡」

 うおー。なんだか気持ちが揺れる。

 なんで雨宮先輩がこんなに可愛く見えるんだ?

 煩悩よ、立ち去れ。

「うぅう」

「どうしたんっすか? お兄ちゃん」

「うお。その呼び名は止めてほしいかな」

 もっと聞きたい気持ちもあるよ? あるけど、いけない気がするんだ。

 それに実妹がいる僕としては感情が揺さぶられる。

「なんすか。じゃあ、お兄様?」

「もう好きに呼んでいいよ」

 諦めた僕は途方暮れた様子で受け入れることにした。

「お兄ちゃん、どこに行くっすか?」

 属性もりもりな彼女はいったんスルーして。

「そうだね。どこがいいかな? 松島とか?」

「むむむ。どれも捨てがたいっすね……」

 真剣な眼差しで僕の書いてきた案内図を見つめている。

「ん。でも松島がいいっすね」

「そっか。じゃあ仙石線を使うね」

「つまり?」

 分からないと言った様子の雨宮先輩。

「石巻方向だよ」

「東のほう?」

「そうそう。よく分かっているね」

「どや~~~~!!」

 どや顔を決める雨宮先輩だけど、ちょっと可愛いのがずるい。

 ちなみに口で「どや」って言うの、初めて聞いた。

「じゃあ、こっちから行くよ」

「ま、待って欲しいっす!」

 慌てた様子で僕の後ろについてくる先輩。

 人混みの中に溶け込み、僕と彼女はチケットを買い、改札の向こうへと消えていった。

 はとがさえずり、車が行き交う。

 そんな仙台駅から仙石線の電車に乗り込み、東へ向かう。

 電車の中は混雑しており、僕は雨宮先輩に壁ドンする形で堪えていた。

「ごめんなさい。雨宮先輩」

「いいっすよ。しかたないっす」

 それはそうなんだけど、さっきから大きな双丘が当たっているんだよね。

 彼女は気にしている様子はないけど、暴力的な破壊力を持っているのは事実だ。

 僕は貧乳派だけどね。

『誰が貧乳よ。この糞童貞』

 そんな声が聞こえた気がした。

 でも僕も健全な男子高校生だ。大きいのは気になるのは仕方のないこと。

 うんうん。

「なに頷いているっすか?」

「いや自己完結したからいいや」

「そう?」

 さすが地下アイドルだけあって、整った顔をしているんだよね。

 そんな彼女と松島に行くの、ちょっと緊張する。


 松島につくと、いきなり春風が吹き荒れ、僕たちを迎えてくれる。

「ちょっと寒いっすね」

「うん。そうだね」

 仙台の四月はまだ寒めだ。それは仕方のないこと。

 東北なのだから。

「どこいく?」

「笹かま焼きを体験したいっす。やっぱり仙台と言えば笹かまっす!」

「うん。分かった。行こう」

 すんなり案を受け入れると、僕たちは松島の大通りを歩く。

 右手に見えてくる大海原が潮風を運んでくる。

 その大通りを五分ほど行くと、でっかい笹かまの置物がある。手に持って記念撮影とかできるらしい。

「じゃあ撮るよ?」

「ちーっす!」

 スマホのカメラを向けると、さすがアイドル。ベストポジションである。

「あら。わたくしが撮って差し上げましょうか?」

 通行人の一人、マダムがこちらを見て声をかけてきた。

「お願いしてもいいですか?」

「もちのろんよ! わたくし、こう見えて写真家なの!」

「そうなんですね。お願いします」

 僕は慌てて雨宮先輩の隣に並ぶ。

「はい。クリームチーズ」

 そう言ってカメラのシャッターを切るマダム。

 写真を撮ったらマダムにお礼を言い、店内に入っていく。

「お。これで焼くっすか?」

 熱気をむんむんと漂わせているコンロが並んでいる。

 ちょっと奥にある手焼き体験の受付に行き、二つ購入。笹のような形をしたかまぼこが串に刺さって渡される。

 僕と雨宮先輩でコンロの上で焼き始める。

 じっくり焼くと、白かった表面に色がついていく。

「そろそろいいかな?」

「おいしそうっす!」

 熱々の笹かまを口に頬張り、僕たちは火傷やけどしそうになりながら頬張った。

 ちょっとお腹も満たされた。

「順番が前後したけど、あっちにある牡蠣かきカレーパンもいいよ」

「ホントっすか? 行くっす!」

「うん。行こう」

 僕と先輩が牡蠣カレーパンを頬張り、周囲を探索する。

「有名な橋があるんだよ」

「そうなんっすか?」

「うん。良縁に恵まれるって有名なんだ」

「ぜひ、行くっす! わい、有名なアーティトとコラボしたいっす!」

「そっか。じゃあ、行こう」

 僕たちは松島の観光名所である渡月橋とげつきょう

 そこに向かって歩きだす。

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