第17話 ファッション

 一ノ瀬の準備が終わり、僕と一緒に帰り道を歩いていた。

 付き合って欲しい。

 その言葉に嘘偽りのない言葉に僕はハイテンションになる。

 買い物に、付き合うのだ。

 さすがの僕でもそのくらい分かる。

 こんな目隠し男子は人気ないだろうと、知っていた。

 でも、こうして買い物に付き合うのは別に悪いことではない。

 彼女に気はなくとも、僕は彼女に救われたのだから。

 あの事件で引っ込み思案になった僕を救ってくれたのだ。

『好きなものがあるって素敵じゃないですか』

 本当に感謝している。その手前、僕は否定することはできないだろう。

 彼女の言いなりになるダメなイエスマンの一人だ。

 そんなのノンセンキューなのかもしれない。

 まあ、今だけでも付き合えるのは幸福だろう。

 僕は一ノ瀬の後をついていくだけ。

「さて。次はどのお店にしようかな~♪」

 鼻歌交じりで、いじらしい顔を時々見せる彼女。

 どうしてこんなにテンションが高いのだろうか?

 まあ、きっと買い物に来るとテンションが上がるのだろう。

 僕も好きなラノベが販売されたら、テンション爆上げでアニ〇イトやメロ〇ブックス、ゲー〇ーズにいくものな。そしてどの店舗でも初回特典が違うからついいろんなの買うんだよね。

 布教用、観賞用、読書用、複写用。様々な使い道があるんだよね。

「ちょっと」

「ん?」

「何にやにやしているのよ?」

「え。ああ。楽しいな、って思って」

 困ったように頭を掻く僕。

 嘘ではない。

 でも本当でもない。

 そんな曖昧な態度を見せたせいか、一ノ瀬はジト目を向けてくる。

「何よ。不満そうじゃない」

 それも真理ではある。

 僕はただ単に彼女のいいなりになるのが嫌なのだ。

 一緒にいるときくらい、気を遣いたくない。

 自然体でいたいのだ。

 え。もしかして、今まで自然体でいないこともあったのかな?

 よく分からない。

 でも大きな乖離はないと思う。

 僕は素直らしいから。

「それで、わたしの何が不満なのよ?」

「別に。それこそ一ノ瀬さんが分かっているんじゃないの?」

 少し高圧的な声が漏れた。

「どういう、意味よ……?」

 この間のことがチャラになったわけじゃないと知り、僕は視線を外す。

「わたし、これでも頑張ったよ? メカクレ糞童貞の言葉を理解したつもり。でも、あれはあんたに問題があるでしょ?」

「そうだね。ごめん」

「謝ればすむと思っているわけ? 自分の作品をなんだと思っているわけ? なんでそんなに無責任になれるのよ」

 言葉の一つ一つが重い。

 これは創作者として、命を吹き込む者としての言葉だろう。

 ビシバシと心臓に突き刺さるような事実。

「ホント、サイテー」

 小さくも、突き刺さる言葉にうろたえる僕。

 僕は間違えた。

 まただ。

 また間違えてしまった。

 どうすれば良かったんだ?

 答えは分からずに、僕は一ノ瀬の後を追う。

「たくっ。何よ?」

「一人で帰すわけにもいかないでしょう?」

 女の子を一人で家に帰すには抵抗ある。

 もしそんなことをすれば、妹に怒られるだろうし。

「僕の過ちは決して消えないけど、でもそれだけじゃダメなんだ」

「……ふーん。分かってんじゃん」

 どこかギャルっぽい口調になる一ノ瀬。

「それで?」

「……?」

「わ、わたしの、どんな姿が見たいのよ?」

 一ノ瀬の言っていることが分からずに困惑する。

「だから。どんな服が好みかって、話!」

 よくよく考えれば、ここは洋服店だ。

 どんな好みか、って言われてすぐに気がつけない僕が悪い。

 全面的に僕が悪い。

 宇宙に空気がないのも、地球温暖化が進んでいるのも僕の責任だ。

「ええと。これ、とか?」

 白のワンピースを指さす。

「ありきたりね。今どき、そんなもの着ている人なんていないわよ?」

 威圧的な言い方をする一ノ瀬。

 でもあんまり怖くないような気もする。

 どうしてだろう?

「裸エプロンしてたクセに……」

「なにか、言った?」

「いえ、なんでも」

「こっちの方が似合わない?」

 そう言って気を逸らす一ノ瀬。

 その指の先には腰まであるカーキ色のロングスカートに、白いトップスを合わせたもの。

「あー。いいかもね」

「じゃあ、試着してくる」

 少しテンションが戻ってきた一ノ瀬。

 試着中に僕はカーテン越しに衣擦れの音を感じる。

 なるほど。女子と買い物しているとこんなこともあるのか。小説に活かそう。

「何を考えているのよ?」

 ふむふむと唸っていると、カーテン越しに声がかかる。

「いや、小説に使えないかな?って思って」

「まったく、呆れるほど一途だね」

 着替え終わった一ノ瀬が、カーテンを開く。

 そこには超絶美少女な彼女が立っていた。

「絶壁微少女だね!」

 あ。イントネーション間違えた。

「この糞童貞!」

 僕の腹を蹴り上げ、即座に頭をひっぱたく手が伸びる。

 ノックダウンした僕は洋服店の床に落ちる。

「うぐ。今のは完全に僕が悪かった……」

「何よ。まるでわたしが気にしているみたいじゃない」

 いや、そのまんまでしょ?

 まあ言えるわけもないけど。

 たははははと乾いた笑みが零れる。

「さ。買うわよ」

「ん」

 購入するとメンズコーナーに向かう一ノ瀬。

「え。どうして?」

 もしかして一ノ瀬は彼氏でもいるのかな。

 そんな不安がよぎる。

「いや、あんたも選ぶでしょ?」

「え?」

「え?」

 しばらく刻が止まったかのような気がした。

「いやいや、次のアニメ化特番で、その私服ででるつもり?」

「ん? 特番?」

「いや、なんで知らないのよ……」

 頭を抱えて困惑している。

 え。僕が悪いのかな?

 スマホを操作し始める一ノ瀬。

 そして画面を見せてくる。

「ほらこれ」

 そこには「ブイサイハイブリッドトリューバーのアニメ化特番」と題されて出演者の一覧がある。

 アニメ監督の飯田いいだけん

 サリー役の声優である一ノ瀬小夜。

 公式アンバサダーのVTuberのみなもとティアラ。

 オープニングテーマを歌う雨宮あまみや朝美あさみ

 そして、

「原作者のカラフル……?」

「そう、ちなみにカラフル先生は顔出しOKって聞いているわよ?」

「そ、そんなー……」

 あの事件以来、僕は表に顔を出したくないのに。

「ま。そういうわけだから、服、選ぶわよ?」

「はい……。というか、さっきの買い物も、この特番のため?」

「そうよ。清純を売りにしているわたしはこのくらいしないと、いけないの」

 少し辛そうに声を出す一ノ瀬。

 そんなに辛いのなら、清純を売りにしなければいいのに。

 まあ、事務所の方針とかもあるのかもだけど。

 下手に口だしできないよね。

 メンズのコーナーに行くと、たくさんの衣服があって視線が泳ぐ。

「あんた。本当に素人しろうとね」

「素人?」

「ええ。ファッション素人。だってどれがいいのか、わからないでしょ?」

「うん。まあ……」

「だから、選んであげる」

 一ノ瀬は少し顔が緩んだように感じた。

「ありがとう。さすが一ノ瀬さん」

「はいはい。お世辞はいいわよ。さっさと試着する」

 いつの間にか手に持っていた衣服を渡してくる一ノ瀬。

「え。これ全部!?」

 八着はありそうだよ。

「お金なら持っているでしょ?」

「それはそうだけどね」

 僕はたじたじになりつつも、試着室に入り、着替える。

 試着会は一ノ瀬の意見を出しつつ、めまぐるしい早さで執り行われた。

 途中トラブルもなく、一ノ瀬に教えてもらった通りの衣服を購入する。

 本当に何がいいのかも分からなかった。

 サイズや色味などなど。いろんなアドバイスをもらったけど、結局覚え切れていない。

「また、教えて」

 泣き付くと、顔を赤らめて告げる彼女。

「ふ、ふん。いつでも付き合って上げるんだからね!」

「なんか予想外のコメントきた!?」

 僕は混乱した気持ちで、一ノ瀬と一緒に帰宅した。

 家に帰ると泥のように眠った。

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