第16話 WEBラジオです。
「さて。今回のコーナーである《目指せ! 小説家!!》は、わたしが頑張って小説を書く、というものになっています」
「え。一ノ瀬さん、小説書きたいの?」
「そうなのです。わたし、以前にWEB小説に救われて、だから書きたいと思ったのです」
キラキラとした瞳でこちらを見つめる一ノ瀬。
何かを期待したような目に僕は震える。
「カラフル先生から、小説の極意を教えてもらおうと思います!!」
「……」
きっと今の僕は難しい顔をしていると思う。
だってテーマが難しすぎるからね。仕方ないね。
「それで? カラフル先生はどんなコツを伝授してくれるのでしょうか!?」
わくわくといった言葉がお似合いの顔でこちらを捉えている彼女。
「えーっと。とりあえず、書く!」
「ん?」
「書いて書いて、どうにもいかなくなっても書く」
「え。ちょっ……!」
「書かないと自分の弱点も、文章の重みも培われていかない」
「ご、極意は……?」
「ない」
ばっさりと切り捨てると涙目になる一ノ瀬。
「いやこれ本当そう。人によって苦手なところがあるから、一つに答えを絞ることなんてできない」
失敗することも多いかもだけど、それでも書かなくちゃ分からない。
書き進めることで、自分の弱さが見えてくる。
小説なんてそんなもんだ。
「わ、わたし、書きたいのがあるのですが、あとで見てくれますか?」
涙声で震えながら訊ねてくる一ノ瀬。
「まあ、そのくらいはできるけど……」
「やった!」
その声はまさしく彼女の素直な気持ちだろう。
なるほど。ただ偽っているだけじゃなくて、清純な感じもあるんだな。
ふむふむと納得していると、イヤホンに次の話に進むよう促される。
「それじゃあ、カラフル先生はどのように小説を書いているんですか?」
「ん? あー。まず頭の中で、キャラを考えて」
「頭の中!?」
「頭の中でプロットを組んで」
「あたま……」
「そして、雰囲気をつかみつつ書く」
「ええ……。ハードモードすぎです……」
顔をしかめる一ノ瀬。
「みんなやっているでしょう?」
「やっていないと思います」
冷めた視線を向けてくるけど、書けるよ。
僕がそうだもの。
「いやいや、無理ですって」
なおも反論しようとした僕に冷たくあしらう一ノ瀬。
「もう、聞いたわたしがバカみたいじゃないですか」
「小説って頑張れば書けるよ」
ふくれっ面を浮かべる一ノ瀬。
その顔も可愛い。
「無理ですってば」
よく分からない感覚だなー。
「僕はここに来るまでに1万冊の小説を書いたからね。努力の結果だよ」
「そ、そんなに書いたのですか!?」
「うん。公募も含めると、そのくらいかな」
「ほへー」
しまりのない顔をしている一ノ瀬。
「だから、努力すればきっと叶うよ」
「ということらしいです。ありがとうございました」
ペコリと頭を下げると、次のコーナーに向かう一ノ瀬。
マイクがオフになったのを見計らった一ノ瀬は身を乗り出す。
「あんた。バカ~?」
「え。なに?」
「あんなのはテキトーに答えていればいいのに。まったくぐちゃぐちゃだわ。メカクレ糞童貞さん」
やっぱり、僕の知っている一ノ瀬だ。
マイクがオフになった瞬間からこれだもの。
『はい。一ノ瀬さん、言葉が汚くなっていますよ』
音響監督さんが強めに言うと、しょんぼりする彼女。
「もう、あなたのせいよ。
「ご、ごめん」
「謝らないでよ。まったく……」
ブツブツと文句を言い続ける一ノ瀬。
何がそんなに気に食わないのか、分からないけど、僕の言動で不愉快にさせている事実は変わらないのだ。
その意味での謝罪だ。
分かって欲しかったな。
「わたしの立場がないじゃない」
《はい。そろそろ続けますよ》
監督からの指示がはいり、眉間のしわを緩ませる彼女。
「はい」
《5、4、3、……》
「さてさて。続いてのコーナーはふつおた紹介です」
「普通のオタクを呼んでどうするのさ」
「普通のお便りの略称ですよ。カラフル先生」
「あー。そっか……。残念」
「何が残念なのか分からないですが、さっそく読んでいきましょう」
「『カラフル先生と一ノ瀬さんの関係が知りたいです』って、どうなんですか? カラフル先生!」
ずいっと顔を前に突き出す一ノ瀬。
え。どう言えばいいのだろう。
同居人? でもそれじゃあ、一ノ瀬というブランドに傷がつく。
一方的に恩人だと思っているわけだし、それも答えとは違う気がする。
「と、友達とか?」
無難なところを言った僕。
「うりっぃいいっぃい! ガッテム!」
どういう意味だっけ? あとでスマホで検索しよ。
「乱れてしまいました。すみません」
「大丈夫。だいぶメッキ剥がれているから」
「だ、誰がメッキよ!」
ぷんすかと激おこな彼女。
今日日聞かないね。激おこ。
「なんでさっきから天丼なのよ?」
「え。だって一ノ瀬さんは天丼好きでしょ?」
「確かにカラフル先生の天丼はおいしいけど……」
《え。手料理食べたんですか?》
「え! あ……」
墓穴を掘るとはまさにこのこと。
一ノ瀬は顔をまっ赤にして、手で顔を扇ぐ。
「べ、別にそんなんじゃないんだからね!」
「何が?」
僕は平坦な声で訊ねる。
「もう! カラフルのバカ!」
「まあ、いいけど」
「いいのかい!」
一ノ瀬は全力で言葉を荒げる。
そんなにしたら疲れない? 大丈夫?
心配そうに見つめていると、一ノ瀬はむむむとうなる。
「もう、あなたといると疲れるのよ」
「別に全部にのっかる必要はないでしょ?」
「その言葉を言わせているのは誰よ?」
ジト目を向けてくる視線を外す僕。
もう、なんでそんな目で見るのさ。
まるで僕が悪いみたいな。
いや、僕が悪いのかな?
うーん。でもどうしていいのか。
「まあ、わたしが悪いのね……」
「いや、僕がやりすぎたね。ごめん」
「もう、本当ですよ。やりたい放題やって……」
おおう? 急に流れが変わったような?
「カラフル先生は斜め上をいきますね」
「そう? 僕は普通だけど?」
「普通なものですか!? どこを見て言っているのですか? その目は節穴ですか?」
しらけた目でこちらに訴えかける一ノ瀬。
「その可能性は捨てきれないね」
苦笑を浮かべる僕。
だけど、一ノ瀬は目をパチパチしている。
「あんた、素直すぎない?」
「そうかな?」
素直、とは言われたことあるけど。
「わたしの上目遣いでも気にしないし……」
小さな声で呟く一ノ瀬。
その声は聞き取りづらかった。
「うわ? ん?」
そんなことをしてなんの意味があるのだろう。
なんの意味があるのだろう。
分からない。
「まあ、いいや」
楽観的であった。
《はい。取れ高オッケーです》
音響監督さんがそうしめると、一ノ瀬は最後の台本を読み上げる。
「今夜もレッツパーティ! これにて終幕。カラフル先生どうでした?」
「新しい刺激を受けたので、書く気力が湧いてきました! ありがとうございます」
「どこまで、小説に魂売っているのよ……。ちょっと怖いくらいよ」
困ったように頬を掻く一ノ瀬。
僕はラジオ収録を終えると、一息吐く。
「お疲れ様です」
そう言ってイヤホンを外す一ノ瀬。
「ん。お疲れ様です」
僕も返すと、渡されたコーヒーを飲む。
しゃべりすぎてからからに乾いた口にはちょうどいい飲み物だった。
でも、苦いなー。
「そ、その……メカクレ糞童貞クンが良ければ、なんだけど……」
「喧嘩売っているのかな?」
淡々と返し、帰る準備をする僕。
「このあと、付き合ってくれない?」
「ん?」
一ノ瀬は顔を赤らめて、もじもじとしている。
何かを期待している目。
アイドル声優である彼女は同級生の中でも飛びっきりの可愛さだ。
その言葉に落ちないものなどいない。
そう思えた。
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