第15話 AnD

「ただいま」

 僕が深夜に帰宅すると、一ノ瀬さんがふくれっ面で玄関に立っていた。

「どこ行っていたのよ?」

「いいじゃないか、別に」

「メカクレ糞童貞のあなたに話があんのよ」

 一ノ瀬さんが怒りを露わにして肩をつかんでくる。

 その力は小さいけれど、だが否定できないほどの痛みを感じた。

「一ノ瀬、さん……?」

「あんた。なんでわたしではなくて、あの女のところに入り浸っているのよ!」

 悲鳴に似た甲高い声音が耳朶を打つ。

 キンキンと耳鳴りがしそうなほど、声を荒げている。

「今日の配信、見ていたわ。まさかあのティアラとお知り合いだとはね!」

 語気を強めてこちらを捉える一ノ瀬さん。

「もしかして、嫉妬している?」

「はぁ? ばっかじゃなの! なんでわたしがメカクレ糞童貞のあなたに嫉妬しないといけないわけ?」

「そうだよね。そんなはずないよね」

「きーっ! むかつく!」

 なんで切れられているの、僕。

「まあ、いいわ。そのうち届くだろうけど、わたしと一緒に仕事よ」

「え。そんなの聞いていない」

「初めて言うのだから当たり前でしょう?」

 腕を組み、高圧的な態度を見せる一ノ瀬さん。

 静かに自室へと向かう彼女。

「え。それでいいの?」

 深夜に帰ってきたことを咎められるかと思った。

 遅めの夕食を済ませ、僕はパソコンを立ち上げる。

 メールのチェックをしていると、目がとまる。

「ん? 声優事務所?」

 声優事務所からきたメールを開いてみると、そこにはラジオ番組の出演依頼だった。

 僕にできるだろうか?

 まあ、なにごともチャレンジだ。

 依頼を受ける旨を伝えると、僕はほっと一息吐く。

 出演依頼は今週末、金曜の夜だ。

 でも大丈夫なのだろうか。

 僕、あまり人前に出るの、得意じゃないんだよね。

 笑える話もできないし。

 根が真面目ってよく言われるし。

 し尽くしだし。

 いや小説家としては変な言葉は訂正しないとね。



 金曜日。

 夜六時半。

 僕と一ノ瀬さんはラジオブースの隣にある会議室で打ち合わせをする。

 大まかな進行とコーナー紹介、そして一番大事な自己紹介。

「はい。これで終わり。じゃあ、実際に〝夜までレッツパーティ!〟始めようか」

 『夜までレッツパーティ!』、通称『よるれつ』は一ノ瀬小夜さよがもつオリジナルレギュラーラジオ番組である。

 小夜、という名前から夜を連想させているらしい。

 普段は声優仲間をゲストに呼ぶのだけど、今回は今乗りに乗っている僕をゲストにしたらしい。

 まあ小説の話ならできるけどね。

「レッツパーティナイト! 今夜はわたし、一ノ瀬小夜とお付き合い頂きます」

 黙って聞いていると、清純でクールな印象を受ける一ノ瀬さん。

 こうして聞いてみると、ラジオとかではクール目に振る舞っているんだな。

「今日は特別ゲスト、小説家の〝カラフル〟先生にお越し頂きました!」

 テンションを上げて言う一ノ瀬さん。

「ど、どうも。小説家のカラフルです。ブイサイハイブリッドトリューバーを執筆しています」

「あれはすごいですよね。読んで幸せになりました~。それに泣けましたよ!」

 清純そのものを絵に描いたような顔を見せる彼女。

 その華やいだ笑顔はとってもまぶしい。

 ブイサイを語り始める一ノ瀬さん。

 それは本当にいちファンとして、いち推しとして語っているように思えた。

「そしてしずくたんがとってもいじらしくて可愛いんですよ! 最高です♪」

 なんだか、清純のメッキが剥がれている気がするけど。

 大丈夫かな?

「えー。わたしが思うに、ブイサイは素敵な作品です。でも、それ以前にあったAnDも好きなんですよね」

「それが意外だよね。僕の処女作だもの。知っているなんて」

「あれ。作者の熱意が伝わってきたのですよ! 無骨で磨けば光るダイヤモンドみたいな!」

 AnDは僕が初めて書いた作品である。10万字の小説で、宇宙を舞台としたAnDと呼ばれる人型ロボットが闊歩している。そして主人公である少年・内藤ないとうが人と触れあい成長し、そして散っていく――。

 そんな物語である。

 バッドエンドでもあるので、賛否は分かれている。

 というか、今は削除して公開されていない。

 手元には文章が残っているけど。

「ホント、AnDのティアラちゃんは可愛くて、健気で、格好いいんですよ。主人公を守ってくれているのです」

「あー。でもあれ、本来ならもっと話が続くんだよね。Xクサンドラシステムが内藤ないとうを呼び覚まして、そのあとも闘いに身を置く」

「そうなんですか!? 続き読みたいです!」

「でも、やる気がおきないんだよね」

 目を見開く一ノ瀬。

「え。なぜ?」

「みんなからの評価が微妙だったからね。少し気持ちが揺らいだよ」

 真っ直ぐに見つめてくる一ノ瀬の視線を外す僕。

 その期待には応えられない。

「書いて、みない?」

「書かない」

「なんで?」

「いや、だって……」

 やる気が起きないだよ。

「いやだ」

 低く唸るような声を上げる一ノ瀬。

「いやだいやだ。読みたい読みたい読みたい!」

「ええっと。困るな……。じゃあLiONライオンでも書こうかな?」

「なにそれ!? めっちゃ気になる!?」

 テンション爆上げの一ノ瀬。

 その顔は興奮しているのか、紅潮しているように見える。

 ずいっと乗り出した顔が近い。

「ええと。AnDに近しい世界観で、新しい大きな人型ロボットで戦う話」

「うはっ! 是非書いてください!」

「ん。時間があれば……」

「約束ですよ!」

「確約はできないよ!?」

 なんだか雰囲気では書く流れだけど!

 僕のモチベーションがもたないんだよね。

 書くのって命を削るからね。仕方ないね。

「さて。そろそろコーナーの方に行きたいと思います」

「納得いかないなー」

「はいはい。次行きますよ。くそ――カラフル先生」

 糞童貞って言いかけてやめたね。

 僕にはバレバレだよ。

 まあ、収録だものね。仕方ないね。

 みんなに向けているもの。

「今日のコーナーはこれ! ゲストを深掘りしましょう! のコーナー!」

 どんどんとBGMが鳴り響くと同時、台本をめくる一ノ瀬。

「今からくそ――カラフル先生には10の質問を受けてもらいます」

 ここも台本通り。でも糞童貞は止めて欲しいね。

「さあ、一問目!」

 ごくりと生唾を飲み下す僕。

「カラフル先生の執筆のお供は!?」

「んー。空気?」

「え」

「え?」

「さ、さあ、次は二問目!」

 ごくりと生唾を飲み下す僕。

「一日の執筆時間は?」

「24時間!」

「え」

「え?」

「さ、さあ。次は三問目!」

 ごくりと生唾を飲み下す僕。

「いや、しつこいですよ!?」

「え!? 何がダメだったの!?」

 僕は一ノ瀬の言葉に驚きを示す。

「なんでぶっ飛んだ返事しているのよ!? 何が目的なの? この糞童貞!」

「あー。なんで怒られているの?」

「むき――――っ!!」

《一ノ瀬さん、落ち着いて》

 バックヤードから聞こえてくる野太い声。

「なんで執筆のお供が空気なのよ!?」

「だって、雰囲気をつかむには空気を読まないと」

「じゃあ、なんで24時間、執筆できるのよ!?」

「だって。いつも頭の片隅で考えているし。寝ているときも、夢をアイディアに使うし!」

「そんなエキセントリックな答え、求めていないのよ!?」

「え!? 何が可笑しかったのさ!?」

「可笑しいわよ! 全部、全部! おかしいわよ!」

「むむ。よくわからん」

「あー。もうこの質問やめやめ! 次のコーナー行くわよ!」

「ええ。そんな無茶苦茶な」

「だ れ が、無茶苦茶よ。誰が!」

 怒りゲージマックスと行った様子の一ノ瀬。

 ちょっと可愛い。

「次のコーナーは特別版、《目指せ! 小説家!!》の時間です♪」

 清楚な感じを今更出してくる一ノ瀬。

 あれ? 僕って彼女の本音を引き出してしまった?

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