第14話 おうちでーと!
「よし。いける」
僕がゲームに熱中していると、夕花がお茶を持ってくる。
「もう、本当に凝り性なんだから」
「ん。ゲームもともと好きだから、はまっちゃうね」
「それで執筆に集中するために止めたんだよねっ」
「そうそう。僕ははまりすぎるから」
夕花の言う通り、僕はゲームにどっぷりとはまってしまうから、書く時間を確保するために止めた。
ちゃんと小説家としてやっていく。そのために頑張ってきたのだ。
もうちゃんと自立した人間として、あの毒親にも示した。
僕は僕の幸せのために生きる。
「お茶にしよっ?」
「うん。そうだね」
「まるで、おうちでーと! だねっ!」
「え? いや、でもあの作品は恋人同士だったし」
僕が書いた【おうちでーと!】という作品があるのだ。
それを読んだことのある夕花はそれを思い出したのだろう。
「ええ……」
なんだか困ったように眉根を寄せる夕花だった。
なんでだろう?
僕には分からないな。
「夕花ちゃんも、一緒にゲームしよ?」
「う、うんっ!」
嬉しそうに目を細めて、隣に密着してくる夕花。
「あ。ふん」
脇腹をつつかれて、変な声がでる僕。
「ふふ。可愛いっ♡」
なんだか馬鹿にされているみたいで嫌だな。
「もう、ふーまる。そっちじゃないってばっ」
まあでも夕花ならいいか。
顔を緩めて、ゲームを一緒にする僕たち。
一緒に協力プレイで、アシストしてもらう僕。
やっぱり夕花はゲームがうまいな。
それに比べて僕は好きなだけで全然できないや。
「さすが夕花ちゃんだね。ゲームうまい」
「ふふ。そうかなっ。でも嬉しいっ♪」
プロのゲーマーである夕花だけど、楽しそうにゲームをしている。
やっぱり楽しいがなければプロにはなれないのかもしれないね。
コンコンとノックする音。
「夕花。おふくろが手伝ってほしいだって」
「はーいっ。というわけで行って参りますっ! ふーまる」
「あー。見ていってもいい?」
「へ。あ、うん。いいよっ!」
戸惑いながらも答える夕花。
「でも
「うん。いいんだ。僕は久々に巫女をやっている夕花が見たいから」
「きゅんっ!」
なんだろう。
今、天使が舞い降りた気がするんだけど。
その天使がキューピットの矢を放つように見えた。
そして夕花の心を射貫いたように聞こえた。
うんうん。僕もとうとうヤバい領域まで行ったらしい。
そっと夕花の部屋を出ていく。
巫女服に着替えて出てきたら、本堂で舞いを披露する夕花。
手に持った
白と赤が基調の衣服も相まって縁起が良さそうに見える。
紅白ってなんでこんなに神秘的なのだろう。
神楽を舞う夕花はとても美しい。
大きめの胸がその衣服を張り上げているけど、それも含めて夕花らしいと思う。
右にしゃららん、左にしゃんと鳴らす彼女。
リズムゲーも得意な巫女。
ショートカットの黒髪がさらりと揺れる。
ぷっくらとした唇にのったピンク色の口紅が
長い袴を揺らし、身体を左右に振る。
しばらくの間、見蕩れていると、踊り終えた夕花がこちらに駆け寄ってくる。
「どうっ? ふーまる」
「うん。素敵だった。また見たいな」
「じゃあ、今すぐっ!」
「え?」
すぐに舞いを始める夕花。
「い、いや。そういうつもりじゃないよっ!?」
「いいのっ。減るものではないしっ」
「そ、そう?」
優雅に舞う夕花を見ていて、少し気持ちが安らぐ。
「嬉しい。見蕩れてくれているっ」
夕花がにこりと笑みを浮かべると、小石につまずき、倒れそうになる。
僕は一瞬の時間を引き延ばして、最短で身体を動かす。
倒れそうな夕花の腰を抱き寄せ、地面にぶつかりそうな身体を支える。
「大丈夫? 夕花ちゃん」
「――――ぇ」
小さくうめく夕花。
その顔はまっ赤に染まる。
ぷしゅーっと煙りを吹く夕花。
「ん。ちゅき……」
「え?」
僕は聞き間違えだと思って、彼女を立たせる。
「ちゅき……」
小さく声を上げる夕花。
小さすぎて聞こえなかったけどね!
「ばぶーっ!」
「なぜに赤ちゃん返り!?」
僕は驚いて言葉にできない。
「あ、あのー。夕花さん?」
「……さん?」
戸惑いからそう発したら、夕花がショックを受けた様子で泣き顔になる。
「ぅう。ごめんなさい」
そう言って赤ちゃんになるのを止めた夕花。
「夕花、ちょっと調子に乗りましたっ。まだ早かったのねっ」
「うん……。ん?」
何か間違えたような気がしたけど、頷いてしまった手前、引き返すこともできない。
まあ、いいか。
気にしたら負けだもの。
僕は僕の感情に従って生きる者。
悪いけど、僕は夕花のこと、嫌いになれないだろうし。
「でも夕花ちゃんは巫女服似合うね」
「ん。ありがとっ! 嬉しい……っ」
噛みしめるように笑顔を見せる夕花。
手のしわを合わせて、しわ合わせ、幸せ~。
なんて言っているけど、そんな感じの夕花が目の前で顔を蕩けさせている。
「幸せなのっ~」
バグっている夕花をみているとムズムズする。
なんだろう。この家族と一緒にキスシーンを見るような感覚は。
お尻がかゆくなる思いだ。
「えへ、あへ。あへへへ」
本格的にバグっている夕花を見て、気持ちが落ち着かなくなる。
「ゆ、夕花ちゃん。大丈夫?」
「あへへへ。だいじょうぶっ。ゆうか、まだだいじょうぶっ!」
全然大丈夫じゃなさそうな返事来た!
ええ。これってどうしたらいいのかな。
「まあ、これはこれで可愛いけど……」
「うれションタイムっ! ゆうか、おしっこいく!」
急にきりりと眉根をつり上げる夕花。
そしてトイレのある方角へ向かって歩きだす。
ええ。どう風の吹き回しなんだろう?
それにしても久々に巫女服姿を見た。
僕がヒロインで巫女キャラを出すようになったのって、実は夕花の影響なんだよね。
とても可愛いし、清楚な感じがする。
神聖な感じがして良きと思う。
心が安らぐ鈴の音もいいよね。
「巫女ってなんであんなに素敵なんだろう?」
僕が呟くと、戻ってきた夕花の顔がほころぶ。
「いや~、そんなに素敵かなぁっ~?」
嬉しそうにしているけど、やっぱり褒められるのっていいよね。
僕もじゃんじゃん褒めていこうと思う。
「素敵だよ。だって他の誰でもない夕花ちゃんがやるから意味があるだもの」
「ふぇっ!?」
驚いたように顔を振り向かせる夕花。
「そ、そんなの不意打ちだよっ~」
僕が視線を合わせようとすると、夕花は恥ずかしそうに視線を外す。
まあ、褒められて照れくさくなるのは分かる。
僕だって自分の小説を評価されると似た気持ちになるもの。
好きを詰め込んだ小説を読まれるの、すっごく嬉しいんだよね。
あ。
「そっか。夕花ちゃんは自分のVとしての活動も褒めてもらいたかったんだね?」
「ようやく気がついたのっ? 鈍いよっ」
「ごめんね。でも夕花ちゃんが夕花ちゃんらしくいられる場所、僕も応援するよ」
「あへへへ。嬉しいなっ」
照れくさそうに視線を扇ぐ夕花。
その視線の先にはジェット気流の流れる広大な空がどこまでも広がっていた。
まるで、その世界に思いを馳せるかのように、ずっと見つめている夕花。
風になびく黒髪を右手で絡めて、整える。
その
僕、まるで小説の中にいるみたい。
それは美しくも、上品な世界に見えた。
彼女の仕草一つ一つが魅力的に見える。
可愛いと思ったけど、なんだか家族のそれとは違う感じがした。
なんだろう。このドキドキ感は。
今までとは違う別の何かが、僕の心の中に芽生えようとしていた。
そう。これが始まりだったと思う。
僕は闇に向かっている。
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