第11話 思い

 通学路を歩いていると、後ろからとてとてと駆け寄ってくる音が聞こえる。

「ふーまる。おはよっ!」

「ん? ああ。おはよう。夕花ゆうか

 相変わらず甘い声をしている夕花。

 あのVTuberと声が似ている――。

 訊ねるのが怖くて、僕は口を閉ざす。

「どうしたのっ? 怖い顔しているよっ?」

「いや、なんでもない」

 あんな下ネタを言う子だとは信じがたい。

 それに彼女の家は神社だ。

 あんな暴挙が許されるとも思わない。

 でも声、似ているんだよなー。

「あっ。ダメっ」

 色っぽい声音を上げる夕花にドキッとする。

 僕の腕をとり、ギュッと押さえつける夕花。

 目の前をトラックが横切る。ドキドキした。

「危ないところだったねっ」

「うん。危うく転生するところだった」

 それにしても甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 そして柔らかな二つの膨らみ。

 今でもドキドキする胸の鼓動。

 彼女に惹かれない人はいるのだろうか。いやいない。

「そ、そのもう大丈夫だよ?」

「えっ。あ、うんっ。ごめんなさいっ」

 ペコリと頭を下げる夕花。

 そんな彼女が前に出ようとする。

 僕は慌ててその華奢な身体をつかみ、抱き寄せる。

 瞬間、トラックが目の前を通過していく。

「危なかったね。またも信号無視だよ」

「えっ。あ、はいっ」

 夕花はどこかとろけたような顔をして熱の籠もった視線を向けてくる。

 いや、そんな顔をしないでよ。

 しかし今日は厄日だ。トラック二台とも信号無視なんて。

 信号が赤に変わり、結局僕たちは前に進められなかった。


「遅刻だぞ。唐崎」

 先生からそう忠告されたけど、今日は僕が悪いわけじゃないと思うんだ。

「気をつけろよな。一回の緩みが二回目を産むんだ」

 僕は滅多に遅刻しない。

 でも一度でも行えば二回目がくるかもしれない。

 クセになるのが一番ダメだ。

 なるほど。良い教訓だ。

「そうですね。以後気をつけます」

 それだけ返すと僕は席につく。

「重役出勤だな」

 半笑いで言う雷霆。

「まあ、色々とあるんだよ」

 昨日の夜、徹夜でラノベ書いていたからね。

 仕事だよ、仕事。

 小説家に人権なんてないんだもの。

 所詮、個人事業主だし。

 小説書いていないときなんてニートと一緒だし。

 こんなに割の合わない職業も珍しいんじゃないかな。

 神経をすり減らしてまで書いて本がネットでは叩かれたりするしね。

 ネット怖い。

 でもそれでもやってこられたのは一部のファンだ。

 熱狂的なファンがいて、初めて僕の作品は輝ける。


 昼休みになり、僕は食堂へと向かう。

 雷霆と夕花がついてきた。

 まあ、幼馴染みグループというわけだ。

 そこに一人やってくるのは、地下アイドルの雨宮先輩である。

「おいっす。おごってくれると聞いてやってきたっす」

「いや、僕は言っていないよ?」

「俺もだ」

「夕花も」

 誰も賛同していない雨宮先輩の昼飯。

 彼女は弁当箱に野草を詰め込んで一人待っている。

「いやなんで食堂に来たのさ」

 僕が呆れ顔で呟くと、夕花は苦笑いを浮かべながら困ったように眉根を寄せる。

「鈍感」

 夕花が何か呟いたけど、なんて言ったのだろう。

 野草弁当をつつく雨宮先輩を前に、僕は唐揚げ定食を頂く。

 うん。罪悪感半端ない。

 今度からは僕がおごろうかな。

「今日、小夜さんいなくて残念だってねっ」

 夕花が他人を気にかけるなんて珍しい。

「そうだな。どうなんだ? 唐崎」

 雷霆が僕を薄目で睨んでくる。

「どう、って?」

「とぼけるなよ」

 こいうとき、男友達は容赦ないなー。

「初恋なんだろ? 声優の一ノ瀬って」

「「!?」」

 雷霆の言う通りだ。

 僕は声優の彼女に恋をした。ガチ恋勢だったのだ。

 恥ずべき過去だ。黒歴史だ。

 それにしても、なぜ夕花と雨宮先輩は剣呑な顔をしているのか。

「まあ、そんな歴史もあったよね」

 黒いもやを出している僕に気がついたのか、夕花は慌てた様子でこちらを見る。

「夕花が一緒にいるよっ!」

「そ、そうっす。わいだって一緒っす!」

 気遣ってくれる二人に気持ちが弾む。

「ありがとう」

 丁寧にペコリと会釈すると二人は顔を赤らめて、視線を外す。

 なんで?

 分からない。

 首をひねっていると、雷霆が悔しそうに顔を歪める。

「いいよな。唐崎はモテて」

「そういうんじゃないと思うけど?」

「そうかい」

 やぶ蛇はごめんと言いたげな雷霆。肩をすくめやれやれと言った顔を見せる。

 いやそんな複雑そうな顔をしなくてもいいじゃない。

 夕花と雨宮先輩の視線を集めていることに気がつき、僕は向き直る。

「ええと。違うよね?」

「どうっすかね?」

「分からないんだっ!?」

 これはどういうことだろう。

 みんな僕を意識しているかのような声色。

 まるで好いているかのような反応。

 僕に恋しているような発言。

 まあ、勘違いだよね。

 だって恋愛しても利点なんてないし。

 してみたいとは思うよ?

 でもしても危険やリスクが大きすぎるんだよね。

 最近はお金がなくて結婚できないパターンも多いし。

 それに一人でいる時間が充実していると、そんなことを考えている暇なんてないよね。

 ということで結論。

 夕花も雨宮先輩も僕を気にしていないだろう。

「うんうん。理解した」

「どの口が!」

 雷霆がひっくり返るほどの大げさなずっこけを見せる。

 そんなことをしても受けないぞ♪

 人を笑わせるってかなり大変だからね。

 それができる人なんて芸人でも難しいからな。

 どうすれば人は笑ってくれるだろうか。

 永遠のテーマである。

 ということで、食べ終わった僕たちは雷霆を無視して片付ける。

「おいおい。俺をないがしろにするんじゃねー」

「まあ、悪いとは思っているよ」

「お兄ちゃんのことは気にしなくていいんだよっ?」

「そうっす。わいらには必要ないっす」

 ぼろくそに言われている雷霆。

「酷いな! 事実だけど! くっそー。誰だよ。こんなグループにしたの」

 雷霆はぶつぶつと文句を言っているけど、気にしてはいけない。

 だって、雷霆だもの。

 僕は教室まで歩き始めると、夕花と雨宮先輩が腕をつかんでくる。

 その胸を押し当ててくる二人。

 いや、なんでこうなった!?

「ええと。夕花ちゃん。雨宮先輩?」

「いいじゃないっ。夕花だって仲良くしたいもんっ!」

 誰と比較したんだ?

「最初に名前を呼んで欲しいっす」

 キミは何を言っているのかな?

「それにしても夕花さん、ちょっと近づきすぎっすよ?」

「そういうあなたも、ねっ!」

 二人はバチバチと火花を散らしているように見えた。

 なんだか二人とも顔がまっ赤だ。

 そんなに怒ってどうしたんだよ。

「仲良くしてくれよ」

「「むりっ!!」」

 やっぱり仲良いだろ。あんたら。

「でもわいにも恋する権利あると思うっす。だってわいを知ってもなお、優しい笑顔を見せてくれたら、わいだって意識するっす」

「そんなことを言ったら、夕花の方がもっとふーまるのこと、知っているもんっ!」

「そんなの知らないっすよ。大事なのは今の気持ちっす」

「それなら夕花も負けていないよっ!」

 二人がわいわい騒いでいる間に僕は男子トイレに向かう。

 ちょっと水を飲み過ぎた。

 二人は僕がいなくなったことも気がつかずに、ひたすら歩き続けている。

 僕のこと好きって本当なのかな。

 二人に迫られたのは嬉しい。嬉しいけど……。

「どうしたらいいんだろ。僕」

 隣にいる雷霆がホワイトニングを済ませた歯を見せてくる。

「な、お前モテモテだろ?」

「そうだね。年に一回あるかないかのモテ期だよね」

「そこは生涯だろ。なんで毎年の催しものになっているんだ」

「そのツッコミは野暮だね」

「いやいや。お前いつもぼーっとしているから不安なんだ」

「そう? 自覚はないけど……」

「だから心配なんだよ」

 雷霆が苦い顔をしてそう呟く。

 僕、どうしたらいいだろ。

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