第10話 アニメ化

 翌日になり、僕は少し大きめのバッグを抱えて新幹線に乗り込む。

 大事な会談があるときにはいつも使用している。

 なにせお金には困らない。

 飛行機もあるが、飛行機は郊外から外れていることが多く、そこまでの道筋に時間がかかる。結果的に新幹線の方が早かったりする。

 それに料金もさほど変わらない。

 この宮城から東京なら新幹線一択だろう。

 座席に腰を落ち着かせると、僕はさっそくパソコンを開く。

 昨日ダメなら今日。今日ダメなら明日。

 そう思い、言い聞かせてきた僕だが、二日連続で書けないことはなかった。

 二太郎を開き、キーボードを打鍵するが、うまい文章なんて書けない。

 どれもこれも稚拙で、おかしな文体のみが溜まっていく。

 気晴らしにSNSを開いてみると辛辣な言葉が書き綴ってあった。

〈ざ〜こ♡〉〈こんなつまらない作品だったっけ?〉〈おれ、見るのやめたわ〉〈これがアニメ化ってマ?〉

 私刑リンチとはこのことを言うのだろう。

 僕だって七巻はつまらないと思う。だって伏線をばらまくための巻だから。

 主人公に新たな出会いが訪れて新しく変わっていく環境。

 それまで築き上げてきた仲間と離れ離れになっていくクソ回だ。

 そんなのはわかっている。

 わかっているが、病んでいるときに見るものではなかった。

 そう結論付けると、僕はソシャゲを始める。

 三時間の道のりを終えて、僕はアマリリス文庫の会議室にたどり着く。

 そこにいた編集部の相葉さんとアニメ監督の飯田いいだけんさんがいた。

 話はこうだ。

 まず声優のオーディションがあり、そこで選ばれた子をPVにも登場させる。

 すでに第一弾PVは制作段階に入っている。

 このアニメの目的は宣伝にあり、僕の思っていたアニメ化とは違ったけど、それでも乗り越えなくてはならない瞬間とも思った。

「ボクも心苦しいけどね。これはもっと売れる作品だろうね」

 他人事のように言う監督の飯田さん。

「いえいえ、これで海外ファンもつきます」

 ニコリと笑みを浮かべる相葉さん。

 なんでこんなクオリティで満足しているのか、わからないけど。

 でもできることがあるのなら、やり遂げたい。

「僕にできること、ありますか?」

「そうだね。ないね」

「強いて言うなら原作を書いてください」

 辛辣な言葉で僕を一瞥する相葉さんに飯田さん。

 わかっている。

 彼らが本気ではないことを。

 何度か会議を重ねて、夜深い時間になった。

 僕はせっかくの東京だし、近くにいるアジフライさんに会いに行く。


「マジで来ましたわ!」

 お嬢様なのか、ギャルなんか、わからない言葉を使い、風貌もツインテール金髪碧眼ゴスロリ獣耳という盛りだくさんな格好をしている。

 可愛い部類に入るけど、その個性は独特なものを感じずにはいられない。

「ささ。お入りになって?」

「失礼します」

 アジフライさんは僕の三年上の先輩に当たる。

 みな、僕の才能に負けてこの業界を去ることが多く、さらには嫉妬という闇の力を感じていた。

 でもアジフライさんだけはフラットに接してくれた。

 まるで僕には非がないと言いたげな顔で接してくれた。

 あの事件を知ってもなお、一緒にいてくれる。そんな作家仲間である。

「散らかっていますわ。気にしないでください」

 そう言ったアジフライさんはポッと頬を赤らめる。

 マンションに入ってみて思ったが――なんてキレイな部屋なんだ。

 僕はその美しさに唖然としていると、アジフライさんは渋面を浮かべる。

「嫌ですわ。そのシミをお見つけになるなんて」

「いや、そんなことはないけど」

 シミってどこのことを言っているのだろう?

 僕にはわからない何かが見えているアジフライさん。

 彼女もまたすごい人だと思う。

「それで、お悩みってなんですの?」

 アジフライさんが異国の雰囲気を放つ部屋で尋ねてくる。

 それが本題だった。

「それが、昨日から全然小説が書けなくて……」

「まあ、それは大変ですわね! なにか心当たりはありまして?」

 一喜一憂するアジフライさんに言われて記憶を整理する。

 あれは一ノ瀬さんに怒られてから、だったかな?

 いや、その前からキャラクターのサリーの評判が良くそちらを書こうとしていた。

 それも編集部から言われてそちらを目立たせるように、とのこと。

 清楚で可憐でおしとやか。そして一途で、健気で、心の通った子。

 そんなの男性ファンが喜ばないわけがない。

 それを知らなかった僕はサリーの冒険譚を書こうとしていた。

 そのあたりからだ。

 僕が失敗したのは。

「そんなのは当たり前ですわ。書きたことを書く。それが小説家ですのよ」

 きっぱりとした物言いは嫌いじゃない。

 そう言ってもらえて、少し気分が軽くなった思いだ。

「あなたこそ、わかっていないのではなくて?」

「うん。今はあまり書きたくない」

 僕は一旦筆を折る覚悟をしていた。

 でも相葉さんに止められて今の巻を書いている。それに伏線を回収するのは楽しいとわかっている。

 だから七巻に続く八巻はぜひとも書きたい。

 そのはずだったのに。

 うまく書けないでいる。

 さらに悪いことにアニメ化が決まってしまった。

 そのことでアニメ化している間に三冊刊行予定と銘打ってしまった。

 もう跡には引けない。

 相葉さんだけが悪いわけじゃない。もっと上の人が決めたのだろう。

 僕は早く書けるし、学生ということもあり、時間はある方だ。

「さて。大人なお姉さんと一緒にいて、どんな気持ちかしら?」

 アジフライさんがニタニタと笑みを浮かべている。

「え? 別に、なんとも?」

 思ったことを口にしたらアジフライさんは撃沈したかのような顔を浮かべている。

「もういいですわ。泊まっていきなさい」

「あ。もう宿決めているので」

「むき――――っ!!」

 更年期障害ってお辛いですよね。

 まあ、彼女はまだ二十歳だけどね!

「もうなんなのですの」

 好きなことを書く、か。それは初心だったね。

 僕たちの夢だ。


 僕は近くのホテルに泊まると、次の日には帰っていくのだった。

 でも、サリーの声はどんな人がやるのだろう。

 僕の中では声が聞こえてくるのだけど、それがどんな声色なのか想像もつかない。

 アニメ化かー。

 不安もあるけど、やっぱり楽しみがある。

 自分の書いた作品が動いて、声を上げて、そして音楽も含めて魅了していく。

 そんな世界を見てみたい。

 どんなに糞アニメと言われても、好きな作品なら最後まで見届ける。

 それが僕のポリシーだ。

 みんなにもアニメの良さを知ってもらいたい。

 だって僕はあのアニメで救われたのだから。

 声優、一ノ瀬小夜の言葉に、声色に救われたのだから。

 あの事件以来、僕は臆病になっていた。

 でも、一ノ瀬さんと一緒に暮らしていくうち、不安なんてなくなった。

 チャレンジし続けることに意味を見いだせた気がする。

 だから、今回のアニメ化はちょうどいいタイミングだった。

 前々から人気にんきがあるのは知っていたけど、アニメ化するまでとは思わなかった。

 面白かったって意見も多数あるのは知っている。

 言葉が綺麗だって言葉も聞いた。

 でもアンチが僕を叩く材料にして不安を煽り、言葉を使い、正義という名のリンチを行う。

 そんなこともあった。

 あの事件の呼び水だったかもしれない。

 だから、ネットから少し距離を置きたかった。

 彼らの言葉は乱雑で、暴力的で、どこにも正義なんてないのに。

 それに振り回されていた自分がいる。

 でももう大丈夫だ。

 知っている人は知っている。

 人の頑張りを。

 人の幸せを。

 きっと批判する人は人の気持ちを考えられない最低な人なんだ、と。

 でもそれでも傷つくこともある。

 僕はそんな彼らに涙を流した。

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