第7話 日常?
その夜。夜八時。
僕はいつも聞いているWEBラジオ番組「一ノ瀬小夜のいいところ」を視聴すると決めた。
前々から推しであった一ノ瀬さんだけど、清楚で可憐な姿が印象的だった。
最近は僕に心を許しているのか、毒舌や批判的な態度を見せるけど。
二十時まであと五分。
僕、わくわくしてきた。
アーカイブ配信もあるけど、コメント投稿や実際にその場にいた方が絶対に面白いに決まっている。
そんな信念のもと、あと五分の時間を満喫する。
軽快な音楽が流れ始めて、挨拶とともに画面が切り替わる。
『こんばんは。声優の一ノ瀬小夜です』
愛らしい声音が耳朶を打つ。
やっぱり癒やしボイスだ。最高。
一ノ瀬さんの簡単な自己紹介をコクコクと頷きながらも聞きとどめる。
このラジオ、いろんないいところを詰め込んだラジオである。
僕の知っている限り、彼女の清楚なところがたくさんでている。
それもまた彼女の本心なのだろう。
誰だって二面性くらいある。どんな人でも心内を明かすことは少ない。
それなのに、一ノ瀬さんは僕に対して毒のある荒い言葉遣いでしゃべってきた。著名人でもあるにも関わらず、だ。
毒舌も使えるなんて、なんて器用な人だろうと憧れたものだ。
僕に甘えるように毒を吐く姿が愛おしい。だから推せる。
むしろ内面を知ったからこそ推せる。
僕は彼女に救われたのだから、僕も頑張りで返したいと思っている。
『メールを読みます』
視聴者から来たメールを快活に読み上げる一ノ瀬さん。
『いーちゃんがラノベ好きというのは分かっています。そこで、いーちゃんのオススメのラノベを聞きたいです』
いーちゃん、というのは一ノ瀬さんの愛称である。
ちなみにラノベが大好きで、いつもラノベ語りをしているほどである。
そんな彼女がどんな答えをするのか、静かに聞き耳を立てていると、悩んだ様子で口を開く。
『わたし、WEB小説の〝
そう言って僕は驚いた。
それは昔僕が書いていた作品である。
今見返してみると、稚拙な文章の積み上げで、何もいいところがない。あるのは熱意だけ。
今は非公開にしていて見ることもできない。
『今は非公開になっているのですが、あの〝カラフル〟先生の処女作なんですよ!』
嬉しそうに声を弾ませる一ノ瀬さん。
テンション高いし、僕のファンだったなんて。
『あのカラフル先生でも最初の頃があるんです。文章は拙くて繰り返しが多かったのですが、あの頃から熱意も、世界観も素敵ですよ!』
そんな熱弁されるとこちらが照れてしまう。
彼女は僕のことを知っていてくれている。
それがどこか誇らしく、嬉しかった。
でも戸惑いが心の端から広がっていく。
「え、僕どんな顔して会えばいいのだろう……?」
一ノ瀬さんが帰ってきたら、僕はどうすればいいのか。
でも彼女は僕をカラフルだって知らない。
なら彼女にばらす必要はない。
その上でこの同棲生活を終わらせる。
後腐れなく僕たちはそれぞれの道を歩む。それでいい。
胸の奥でうずく気持ちがあるけど、それでいい。
きっとこのうずきは彼女への罪悪感だろう。
僕がしっかりしていれば同棲をする必要なんてなかったのだから。
まあ、でも会えたことには感謝しているけどね。
洗剤とか、食事の好みとかを知れたからね。意外と庶民的なのだ。
それが嬉しかったりする。
「ただまー」
気の抜けた声を上げる一ノ瀬さんが帰ってきた。
どこか愛おしくなるその声に僕は嬉しくなる。
「夕食、何がいい?」
手慣れた様子で僕はキッチンに立つ。
「うーん。マーボー豆腐」
女子ってマーボー豆腐が好きなのかな。
でも雨宮先輩は違う気がするし……。
「分かった。すぐ作る」
最近ではレトルトソースのがあるから簡単に作れるんだよね。
そこに挽肉を少々とオリジナル香辛料を加えれば、あっという間に本格マーボー豆腐になるのだ。
えっへん!
僕が共同スペースにしている机に運ぶと、嬉しそうに目を細める一ノ瀬さん。
「おいしそう! さすが神童貞ですね」
うーん。この変化にはまだついていけていない。
ありていに言えば、慣れていないのだ。
「前みたいに本音をぶつけてくれて構わないんだよ?」
「そんなことしません!」
きっぱり言い放つ一ノ瀬さんだった。
「そう言えば、今日のラジオ面白かったね」
「へ。もしかしてわたしのファン?」
「うーん。いやまあ」
ここでファンだって暴露してもいいんだろうけど。
まあ、そんなことは気にしないでのびのびやって欲しい。
だから最小限の言葉で一ノ瀬さんを応援していると伝えるのだ。
「一応? ファンだよ」
「わっほ――――――っ! あべまさり。かみがみ、天地無双!」
「ええと。意味分かっている?」
自分でも制御できない様子の一ノ瀬さん。
「はい。今、すっごく幸せです♪」
こんなテンションの高い一ノ瀬さん、初めてみた。
おかしいな。つい一週間前まで、彼女は清楚系大人しい子って認識だったけど。
その後で毒舌系甘えん坊というイメージがついていたのに。
まあ、彼女にも二面性があるということだろう。
ファンとして、推しとして、その二面性も受け入れるつもりだけどね。
僕にしか見せていない感情だしね。
食事を終えると、歯磨きをする。
その後で風呂にお湯をはる。
お風呂掃除は僕の役割である。
お湯に浸かると、今日のことを思い出す。
あの一ノ瀬さんが僕のファンだったなんて。
今書いている〝ブイサイハイブリッドトリューバーの八巻〟をどうするのか、手をこまねいていたところだ。
「じゃじゃーん! わたしの出番です!」
「え。ええ!?」
お風呂に浸かっているところに一ノ瀬さんが侵入してきたのだ。しかも全裸で。
一応、湯煙で大事なところは隠れているけどね。
「な、なんできたの!?」
「え。一緒にお風呂に浸かりたいからですよ? 神童貞クン♡」
どこか妖艶な笑みを浮かべる一ノ瀬さん。
そのつややかな黒髪と相まって一層エッチに見える。
エッチなことはしないよ!?
だって僕たち付き合ってもいないわけだし。
「じゃあ、僕上がるから……?」
ふと思う。
この子はどうしたらいいのだろう。こんなに興奮している。
この子を一ノ瀬さんに見られたら、恥ずか死ぬ。
だったらどうすればいいのか。
タオルで隠しつつ、出ていこう。そうしよう。
そう心に誓うと僕はタオルを手にして腰に巻く。
「僕は先にあがるからね」
「そ、そんな……」
がっくりと項垂れる一ノ瀬さん。
いや、なんでそんな残念そうなのさ。
僕だって一応男だよ?
「男はみなオオカミなんだから、気をつけてね」
「そんなことを言っても、神童貞クンはわたしを食べないじゃないですか」
どこか悲痛な声を湯煙に混ぜる一ノ瀬さん。
その視線が下の方に向くと、小さく声をもらす。
「さ、僕は行くよ」
「はい♡ お疲れ様です♪」
やたらテンションの上がった彼女を見届け、僕は部屋に籠もる。
かたかたとキーボードを打鍵する。
しかし、このあとの展開をどうするか……。
サブヒロインとメインヒロインの対峙。
声優の卵なサブヒロインが最も活躍する場面。
そして彼女の最大の見せ場。
ここをどうにかして書きたい……けど。
「どうしよう」
言葉に漏れてしまうほど悩んでいた。
このままの展開だとサブヒロインが目立ってしまう。メインヒロインを食うほどに。
これではダメなのだ。
でもストーリーラインはそちらに風向いている。
「他の人の意見を聞くか……」
そう思って頭に浮かんだ数件の顔ぶれ。
でもやっぱり彼女に尋ねるべきだよね。
僕は意を決して、彼女に尋ねる決意をした。
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