第6話 彼女らの闘い

 翌日、僕は一ノ瀬さんと一緒に登校することになった。

 いや最初は断ったのだけど、彼女が頑なに一緒に行くと言ったのだ。

 これは嬉しい誤算だった。

 でも周りから注目を集めているけど……。

「一ノ瀬さん、少し落ち着こ? ね?」

「お膣、なんていやらしい……」

「誤解を招く言い方止めてもらってもいいかな!?」

 そんなやりとりをしていると、後ろから叩かれる。

「よ。唐崎」

「ふーまる。どうして一ノ瀬さんと一緒にいるのっ?」

 雷霆と夕花が僕と一緒に歩く一ノ瀬さんを見て不思議そうにする。

「ええと」

「一緒に暮らしているのですよ」

「「「はい!?」」」

 一ノ瀬さんの発言に二人は目を飛び出す。

「いや、それは言っちゃダメでしょ……」

 僕は頭が痛くなったように抱え込む。

「さ。遅れますわよ」

「ふーまるの浮気ものっ。浮気もの――――――っ!!」

 一ノ瀬さんと夕花が去っていくのを見届けるしかなかった。

「ほんで? 本当のところは?」

 雷霆だけが僕を信じてくれている。

 そんな気がした。

「いや、引っ越しの手続きの行き違いがあって……」

「そうなのか?」

 全部を話すと雷霆は苦笑いを浮かべる。

「笑えねー話だな、そりゃ」

「ホントにね」

「今日のお昼、おごってやるよ」

「ありがと。さすが雷霆だよ」

 僕はハイタッチをかわすと、今度こそ高校の門をくぐる。

 下駄箱を抜けた先で、雨宮あまみやさんと出会う。

 三年生の赤いリボンをつけている。

「おいっす! 唐崎は今から登校っすか?」

「いや普通に八時半だけど?」

「わい、先生に呼び出されたっす!」

 いや知らんがな。

「あ、そうだ。これ受け取ってほしいっす!」

 鞄からCDを取り出す雨宮先輩。

「え。曲?」

「はいっす! わいこれでも歌手、というよりもアイドルっすから!」

風神丸ふうじんまる、いつの間に仲良くなったんだ?」

「それはこの間、夕花ちゃんに誘われてライブいったんだよ」

 こめかみが痛いのか指を当てる雷霆。

「お前、節奏ないのな」

「失礼な。僕はいつだって本気で生きているよ」

「あー。お前の場合は逆か……」

 逆?

 何が逆なんだろう?

 分からない。

 考えても仕方ないことなのかもしれない。

「分かった。この先輩も誘ってランチにしよう」

「いいんっすか!? 嬉しいっす」

 なぜか、僕の手をとってぶんぶんと振る雨宮先輩。

「まあ、いいけどさ」

 最初に僕の確認をとるべきじゃないのかな。

 雨宮先輩の話も聞いてみたいけどね。

 だから雷霆を見捨てることができないんだよね。

 彼は僕のことを本気で思って言ってくれるから。

「それじゃ、またっす!」

 手を振って三年のクラスに向かう雨宮先輩。

「良縁だと、いいな」

「雷霆……」

「わりぃなんでもない」

 雷霆はそれだけを言い残し、教室に向かう。


 お昼休み。

 僕は雷霆と雨宮先輩と一緒に食堂に向かう。

「好きなの選べ」

 雷霆がそう言い僕は頷く。

「あざっす!」

「いや待て。先輩は自腹だぞ?」

 こめかみが痛むのか指を当てている雷霆。

「む。先輩には敬意を払うべきっす。よって払ってほしいっす」

「じゃあ、なんで弁当箱持っているんだ?」

 雨宮先輩の手にはピンク色のお弁当箱が握られている。

 ちょっと大きめだ。

「これは非常食っす」

「防災意識の高いこった……」

「冗談じゃないっすよ?」

 弁当箱の蓋を開けるとそこには雑草が入っていた。

「これ、食うのか?」

 雷霆が困惑したように呟く。

「僕もこれはどうかと思う」

 素直な僕は言ってしまった。

「そう思うなら一つおごって欲しいっす。出世払いするっす!」

「分かった。僕が払うよ」

「唐崎!」

「じゃあもうないんじゃない?」

「あざっす!」

 僕が食券機の前に行くと、とてとてとついてくる雨宮先輩。

「どうやって買うんっすか?」

「あ。ええと。お金をいれて、好きなボタンを押すだけだよ」

 そっか。野草を食べるくらい貧乏なら食券機の使い方、分からないか。

 分からないか?

 え。そんなに珍しいかな?

「うーん……」

「どうしたっすか?」

 アイドルやっているような子がこんなに稼げないのかな?

「アイドルって儲からないの?」

「あー。もうからないっす。基本夢の職業なんすよ」

 そこまで言ってお手上げみたいな格好をする雨宮先輩。

「そっか。何が食べたい?」

「じゃあ、一番高いのにするっす!」

「少しは遠慮しろよ」

 雷霆が呆れたようにため息を吐く。

「まあ、いいけど……」

 一番高いのは辛口マーボー豆腐か。

 これって辛すぎて食べきった人いないって聞くけど?

「まあ、いいか……」

「なんだか、すごい葛藤があったみたいだけど?」

 ほけっとしている雨宮先輩を放っておいて、食券を買う僕。

 僕のはハンバーグ定食にしよっか。安いし。

「俺の財布に優しいな。唐崎は」

「僕の好きな料理だからね」

 グータッチをかわすと、食堂のおばちゃんに食券を渡す。

「ぶー、なんだか仲間外れにされた気がするっす」

 なんだか不満そうに呟く雨宮先輩。

「自分もグータッチしたかったっす」

「じゃあ、やろうか?」

「いいんっすか!?」

 なんでそんなに喜べるのだろう。

 不思議に思いながらもグータッチをする僕たち。

「何やっているんだよ。お前達」

 雷霆はどこか呆れたようなため息を吐く。

「いいじゃない。減るものじゃないし」

「そうっす。そうっす! スキンシップ大事に」

「いいのか。それで」

 雷霆は僕のことを見つめる。

 何やら含みのある視線だが、僕には分からない。

「なんで分からないんだよ……」

 困ったようにため息を吐く雷霆。

 マーボー豆腐とハンバーグ定食を受け取ると、近くの四人席へ向かう。

 ちなみに雷霆は唐揚げ定食だ。

 雨宮先輩はマーボー豆腐を美味しそうに食べている。

 辛くないのかな?

 疑問に思ったが、彼女が満足そうなので良しとする。

「唐崎くんは彼女いないの?」

 突然の質問に僕は狼狽する。

「いないね」

 そして素直に答える。

「ねぇ。俺は? 俺は? 俺俺、俺は?」

 雷霆が自分を指さしてオレオレ詐欺を繰り返す。

「そうなんだ。じゃあ、わい立候補するっす?」

「冗談はよしてよ」

 僕みたいなオタクの陰キャがアイドルの雨宮先輩と釣り合うわけがない。

「そうかな。悪い条件じゃないと思うんっすけど?」

 チラチラと見てくるの止めてもらっていいかな。

 なんだか罪悪感で一杯になる。

「まあ、考えておく……」

 言葉を濁すとハンバーグを二つに割る。

「ちょっと、頂戴っす!」

「え。うん、いいけど」

 僕がハンバーグをつかむと、雨宮先輩のトレイにのせる。

「違うっすよ」

 そう言って箸でハンバーグを器用につまむと、僕の口元に寄せる。

「はい、あーんっす」

「え。ええっ!?」

 あーんは恋人同士でしかしないんじゃないの!?

 僕は驚き目を丸くする。

「食べられないんっすか?」

 ニタニタと僕の反応を見て楽しんでいる雨宮先輩。

 それが憎たらしい。

 でも僕のハンバーグだ。

 食べてやる。

 僕はあーんっと口を開けて、食べる。

「あっ」

 意外なものをみたといった様子の雨宮先輩。

 顔を赤らめ、少しもじもじしている。

 もしかして間接キス?

 と、僕は箸を落としてしまう。きっとあーんに夢中になっていたせいだ。

 机の下に落ちた箸に手を伸ばす。

 雨宮先輩のつま先が左右で触れあいもじもじしている。

 ちょっと可愛い。

 その上を見るとほっそりとした白いおみ足。

 さらに上には閉じてある太もも。スカートが短いせいで扇情的でいけない気持ちになってしまいそうだ。

 そして雨宮先輩はスカートをチラリと持ち上げる。

「どうした? 唐崎」

 雷霆の声にビクッと身体が震える。

「な、なんでもないよ!」

 僕は身体を跳ね上げると、机にぶつかってしまう。

「いったー」

 これは罰当たりなことをしてしまった。

「おいおい。大丈夫か?」

「うん。なんでもないよ」

 冷静になった僕は机の上に顔を出す。

 彼女はニタニタと笑みを浮かべている。

 からかわれた!

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