第4話 暴かれる秘密 ~一ノ瀬小夜side~

~一ノいちのせ小夜さよside~


 わたしはあまり慣れない中、着替えを始める。

 健康診断と体力測定。

 どっちも苦手なのよ、わたし。

「わぁああ。一ノ瀬さん、綺麗な肌~!」

「へ? きゃっ!」

 わたしのお腹をツンツンとつついてくるのは神宮司じんぐうじ夕花ゆうかだったけ? ちょっと自信ない。

 人の名前を覚えるのは苦手だよ。

「あなた、お名前は?」

「ん。神宮司じんぐうじ夕花ゆうか。夕花ちゃんだよっ!」

 元気で天真爛漫な子。

 第一印象はそうだった。

「あれ。聞いたことある声……」

「ふふ。そうかなっ?」

「うーん」

 もしかして同業者?

 匂いは消せているみたい。それとも本当に関係ないのかも。

 でも彼女のしゃべりにはイントネーションがしっかりしている。

 舌足らずな感じもあるが、それも個性だと思う。

 この業界で生き残るには彼女みたいな子が一番売れるんだよね。

「それよりもっ! 一ノ瀬さんと仲良くなりたいなっ!」

「そ、そう?」

 あら嫌だわ。この子可愛いじゃない。

「一ノ瀬さんの髪さらさらでいいねっ!」

「そう言う夕花ちゃんも素敵な髪をしているわね、どこのヘアメイク?」

「えと。駅前にあるタコ踊りってお店なんだっ!」

 タコ踊り。

 その名からは想像もつかないほど、美麗なヘアメイクをこなす――業界でも有名なところだ。

「へぇ~。いいところに行っているんだ」

「そんなことないよっ!」

 照れくさそうにする夕花を見て、微笑ましくなる。

 この子は感情の裏表が少ない。そう思える。

 でもなんだろう。この感覚。どこかで聞いたことのある声だけど、まるで接点がない。彼女とはイメージが違いすぎる。

 やっぱり別人ね。

「そう言えば、一ノ瀬さんって声優をやっているって聞いたのっ! ホントっ?」

「ええ。別に隠すことでもないからね。やっているよ」

「わぁあ、すごーいっ! どうしてやろうと思ったのっ?」

「それは――」

 わたしは昔、自分の声が嫌いだった。

 甲高いアニメチックな声。いつまでたっても子どもみたいな声。

 そんなわたしを肯定してくれたのはWEB小説だった。カラフルというアマチュア作家。

 彼(?)の言葉は美しく綺麗だった。

 私に向けられた言葉じゃないのは分かっていた。

 それでもすっとわたしの心を捕まえたのだ。

 たぶん、同じように救われた人は多いと思う。

 だって、その作家様はプロになられたのだから。

 それだけじゃない。

 商業化したラノベが一億部突破という快挙を成し遂げた。

 黒い噂を聞いたけど、それすらも児戯に等しい稚拙な言葉だった。

 誰もが彼の言葉に感動した。

 その異質さにアニメ化は難しいと言われている。

「好きな小説があった、の……」

 ラノベ化。本来なら一般文芸になるはずだった彼の作品はライトノベルに落とし込んだ。そこまでしてラノベに固執するのかは分からないけど、社会現象にまで発展したのは記憶に新しい。

「そうなんだっ! どんな小説っ?」

 邪鬼のない夕花は素直に訊ねてくる。

「ええと。ブイサイハイブリッドトリューバー」

「あっ。ブイハイリなのっ?」

「知って、いるよね。そっか」

「うんっ……。夕花も好きっ!」

 うっとりとため息を吐き出す夕花。

「みんなの意思を代弁してくれるよねっ」

「そうだね」

 わたしは多分、曖昧な笑みを浮かべていたのだと思う。

「さっ。身体測定からだよっ! 一ノ瀬ちゃん」

 この子は天然で可愛いんだ。

 わたしとは大違いだね。

 こんなに可愛い子と友達なのが羨ましい。

 あの糞童貞は仲良くしていたけど。

 嫉妬。

 ああ。そっか。

 わたし夕花を好きになっているんだ。

 こんな腹黒女とはかけ離れているもの。

 そりゃそうよ。

「ふーまるが原作者だものっ」

「へー」

 ふーまるって誰のことだろう?

 知り合いなのかな。

 それはもっと羨ましいかも。

 ずるいな。こんな可愛い子があの神作家と知り合いなんて。

「原作者と知り合いなんていいですね」

「うんっ。優しくて暖かな人なのっ! 好きっ」

「あなたに好かれるなんてとても素敵な方なのね」

 そんなに好きなら、付き合えばいいのに。


「これあげるのっ!」

 夕花はそう言い、わたしにうめーい棒という駄菓子を渡してくる。

 棒状のサクサクとした触感が美味しいものだ。

「うん。ありがと」

 その後、わたしたちは保健室に通され、体重計や身長計で測り始める。

「……羨ましいです」

 わたしは不満そうに漏らすと、夕花は不思議そうに見つめてくる。

「どうしたのっ。怖い顔してっ」

「あなたのおっぱいが……、なんでもありません」

「そうっ? ならいいけどっ」

 夕花は気にした様子もなく、身長を測りに行く。

 百四十二センチ、小っちゃいな。

 だからこそ、小動物じみているというか。

 その明るい髪色とも相まって、陽気な雰囲気を纏っているもの。

「うはー! おっぱいすげー!」 

 小学生男子みたいなことを言う忍者っ子の女子が夕花のおっぱいを触る。

「ん。ちょっとっ!」

 色っぽい声音を出したことでドキッとした。

 そしてその彼女の声がわたしの耳に残った。

 H272エイチ・ニナナニ

 それが彼女の裏姿。

 VTuberブイチューバーの彼女はとても野心的で、情熱的な――――とてもエッチな女の子だ。

 VTuberとはアバターを使って活動する動画配信者のことである。

 え。でも本当に彼女?

 下ネタばかり言っているえっちぃ子なのだけど。

「どうしたのっ?」

 じーっと見つめていたことで夕花は怪訝に思い、わたしを見やる。

「い、いえ。それよりも唐崎くんと仲良いみたいだけど、どういう関係?」

 もしかしてセフレとかだったらどうしよう……。

 複雑そうな顔を浮かべているし。

「うんっ。幼馴染みなのっ。仲良しなんだっ!」

「幼馴染み、いいわね。わたしもいたけど……」

 向こうはもう忘れているでしょうけど。

 苦笑を浮かべていると、夕花はわたしの腕をとる。

「さ。次の身体測定なのっ!」

「はいはい。分かりました」

 わたしは諦めたように夕花の後を追いかける。

 そのあとも身体測定をする。

 薄着になり、心電図検査を受ける。

 なんでこんな恥ずかしいことをしなくちゃいけないのか。

 わたしには分からないけど、政府が決めたのなら、きっと意味があるのだろうけど。

 わたしは自分の体型に少し不満があるもの。

 特にお胸が。太ももも若干太いし。

 まあ、いいわ。それ以外の魅力がわたしにはあるのだから。

 他の子も胸の発育がすごいな。

 わたしどうしてこんなんだろう。

 声優が表にでる機会も増えた。

 みんなわたしを「貧乳」と言う。

 気にしているのに!

 ネタにされているので、声優としては一つ学びになったけどね。

「うん。異常はないですね」

 先生はそう言い、わたしは上着を羽織る。

「次いこっ!」

 夕花は何やら嬉しそうにわたしの背中を押してくる。

 まったくこの子は。

「えへへへ」

 バグったように笑みを零す夕花。

 何をそんなに楽しいのか。

「そうだ。唐崎くんとはどんな話をしているの?」

 単なる興味本位だった。

 あのメカクレ童貞糞ガキがどんな会話をしているのか。

 デリカシーの一つもない彼が。

「ふふ。いろんな話をしているよっ!」

 スカートを揺らしながら、歩きだす。

「いろんな?」

「うんっ。ニュースとか、勉強とかっ」

 やっぱり。

 面白みのない会話ね。

「他にも性癖とか、冗談とかっ!」

「待って! あのどう……唐崎くんが?」

 まったくそうは思えない。

 そもそも性癖ってなによ!?

「ふふっ。羨ましいでしょっ!?」

「え。いや、そんなことはない、けど……」

 何やら言葉に歯切れがないわたしの声。

 少し震えている?

 なぜ?

 わたしにも分からない感情がふわっと舞いあがる。

 あんな奴、知ったことじゃないわ。

「今度はふーまると一緒に話そうねっ!」

「ふーまる? だれ?」

唐崎からさき風神丸ふうじんまるのことっ!」

「え。じゃあ……、」

 彼が『ブイサイハイブリッドトリューバー』の作家ってこと? あの神作家ってこと!?

「うそーん……」

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