第3話 ライブ

『みんな~。今日はライブに来てくれてありがとー!』

 先ほどまで道草を食っていた雨宮あまみやはどこ吹く風。

 彼女はすでに衣装に袖を通し、惜しげもない愛を振りまく。

 ピンクの髪を揺らしながら、水色の衣装をゆさゆさする。

 それを隣で見ていた夕花ゆうかがほわっと顔を緩める。

 サイリウムを振りかざすファンのみんな。

 まるで異世界に飛び込んだみたいだった。

 歌のことはさっぱりだったけど、良い歌詞と耳に心地よい音が心を揺さぶる。

「いやー。いいライブだね」

「うんっ! とっても良かったぁ~!」

 嬉しそうに興奮した声を上げる夕花。

「ねぇねぇっ! ライブグッズ欲しいのっ!」

「うん。買おうか」

 グッズ売り場に行くとCDとTシャツを購入する。

 もちろん二つずつ。僕と夕花の分だ。

「お金、使わせてしまったのっ……」

「いいよ。素敵なライブを紹介してくれたお礼だから」

「うんっ! そういう素直で優しいところ、好きっ!」

「ありがとう」

 耳までまっ赤にしている夕花だけど、僕はなんて返せばいいのか分からずに、ライブ会場を出る。

 何やらそわそわした様子の夕花だけど、どうしたのだろう。

 ライブを聴いていたせいか、けっこうな時間になった。

「そろそろ帰ろうか?」

「う、うんっ」

 夕花はちょっと寂しそうにする。

「明日も会えるし、ね?」

「分かったのっ。明日。またあしたっ!」

 夕花を見送ると、僕は自宅へ向かう。

 あの一ノ瀬さんがいる部屋に。

 歩いて十五分。

「ただいま」

 返ってくる言葉はない。

 一ノ瀬さんの靴はない。

 まだ帰っていないのかな。

 まあ、恋人でもないんだし、別にいいか。

 夕食を簡単に作ると、自分の部屋でパソコンに向き合いながら、食べ始める。

 WEB小説を書くのと、書籍化作品を書くのが僕の仕事であり、趣味である。

 今日はライブの熱のまま、作品を書く。

 アイドルが出てくる、ラブコメ。みんなとイチャイチャしながら、仲を深めていく。そして最後にはメインヒロインのアイドルと付き合い出す。

 こんなに心地良く執筆ができるのは久しぶりだ。

 あの声優の声を初めて聞いたとき以来だ。

 まだ八歳の女の子が幼女を演じた時以来。

 あの声を聞いたとき、こんな風に役を演じる作品に触れたいと思った。

 そして自分にできることを探しているうちにWEB小説に出会った。彼女が演じていた作品も、もとはWEB小説だった。

 優しく、可憐な声音にすっかり魅了された僕はガチ恋をしてしまった。

 WEB小説で書き綴って七年。ようやく芽が出てきた。

 書き終えると、僕は風呂場に向かう。

 疲れていて、電気をつけた覚えもない。

 ただ、ドアが開いていた。

「え」

「え!」

 僕は見てしまった。

 産まれたままの姿の一ノ瀬さんを――。

「ははは。これは極刑ものだね。僕なら女の子を泣かせるけど……」

「この、バカ童貞!」

 殴りかかってくるパターンか。

 僕は思いっきり殴られ、廊下に吹っ飛ぶ。

「へぶっ」

 カエルが潰れたような声を上げる。

「信じらんない! バカ!」

「貧乳だったな~」

「このバカ! 死ね!」

 二度目のグーパンが飛んでくる。

 でも貧乳って言ったからか。しょうがないなー。

 まあ、役得役得。

「それにしても綺麗な肌だった」

「わー! 忘れろ! 糞童貞! メカクレ!」

「メカクレは悪口じゃないけどね」

 僕はそう言い、片目を隠す。

 隠すのには理由がある。多分、知っている人は妹くらいなものだ。

 それにしても。

「もしかして一ノ瀬さん、仕事だった?」

「なんで、そう思った?」

 素っ気ない返事だった。

 でも返してくれるだけマシ。

「だって、声優のお仕事って午前十時と午後四時が多いんでしょう? ましてや一ノ瀬さんは高校生だ。その時間しか空いていないだろうし。そうなると四時に仕事して、帰ってくるというのが一般的かなって」

「ふーん。ただのバカじゃないようね」

「そりゃどうも」

 しかし【あいライク・スーパーAIエーアイ】の音子ちゃんをやっていたとは思えないほど、凜々しい姿だね。

 音子ちゃんは主人公のレオに恋する女の子の一人で、引っ込み思案、人見知り、シャイという三本立てで、大人しく思慮深い。

 それを演じていたとは思えないほど、豪胆で凜とした雰囲気を纏っている。

「本当に音子ちゃんを演じていたの?」

「あー。それ。自分とかけ離れた存在の方が演じやすいんだよ」

 ドアを開けるとパジャマ姿の一ノ瀬さんがあった。

 今は絶不調であるという一ノ瀬さん。最近、声優の彼女は表に出ないことも多い。

「どういうこと?」

「ほら。自分に近いと恥じらいが産まれるじゃない? だから別人だと歯止めがきかなくなるというか……」

 一ノ瀬さんがジェスチャーしてくれていると思ったら、

「なんで、童貞にこんな話をしなくちゃいけないの?」

「僕も分からない」

 でも、小説でもかけ離れた存在の方が受けたりする。

 それと似た気分なのかな?

 わざわざ伝えることでもないので胸の内に秘めておくことにした。

「もう、寝る」

 そう言ってふて寝しに行った一ノ瀬さん。

「で。僕は何をしにきたんだっけ?」

 一つ前の行動を思い起こす。

 あ。お風呂に入りたかったんだ。

 彼女の絶壁裸を見た影響が強すぎた。

 シャワーを浴びることにした。


 翌日。

 僕は少し遅れてマンションを出る。

 朝にはすでに一ノ瀬さんがいなかったように思えるけど、どうだろう。

 と、考えながら通学路を走る。

 ギリギリ学校に間に合った僕は雷霆の後ろの席に座る。

「間に合った……!」

「どうしたんだ? お前にしては遅いじゃないか」

「寝不足だよ」

「原稿ギリギリなのか?」

「まあね……」

 いくらなんでも一ノ瀬さんともめたとは言えない。裸を見たなんて――。

 チラリと見ると一ノ瀬さんはすでに学校に来ていたらしい。

 なら、起こしてくれてもいいじゃん。

 いやそれは甘えか。

「ん。一ノ瀬さん可愛いよな。お前もそういった年頃か……」

「雷霆何を言っているのさ。僕は誰かに惚れないよ」

「お前、まだ引き摺っているのか?」

「忘れられないよ」

 怪訝な顔をする雷霆。

「おう、雷霆。今日はイケるな?」

「もちろんだとも」

「イケる?」

 僕に向けられた言葉ではなかったが、じっと見る雷霆。

「ちょうどいい。お前も来い」

「え?」

「俺たち、これからスリーサイズを知りに行くんだよ。な? カワグチ」

「ははは。その通りだ!」

 え。どういうこと?

「ほら。静まれ」

 先生がやってきてクモの子を散らすように席に向かう同級生たち。

「今日は身体測定と健康診断だ。女子と男子では時間が違うから気をつけろ」

 もしかしてこれ?

 僕は雷霆を見やる。

 こくこくと頷く雷霆。

 まさか乗り込む気なのかな?

 僕は隠せないよ?

 チラチラと雷霆を見やるが、本気らしい。

 いや、友人としては止めるべきだよね?

 僕はまだ捕まりたくないよ?

 注意事項を終えると、僕は雷霆のもとに駆け寄る。

「無理!」

「やるんだよ。唐崎からさき!」

「そう言われても……」

「なんだ? こいつも行くのか?」

 カワグチと呼ばれていた人が僕を見つけて、がっしりホールドしてくる。

 く、苦しい……!

「さあ、行くぞ。唐崎くん」

 同士を見つけたことに喜び勇むカワグチくん。

「いや、待って」

「いいか。唐崎。お前は俺たちの会話を聞いてしまった。その時点で逃げ場はないんだよ」

「僕は逃げも隠れもするけど、嘘はいわないデス!」

「だから、バカにされるんだぞ。いい加減、甘ったれるな」

 雷霆はこめかみに指を当てながら言う。

「でも、だって……」

事件があったから、か? お前はそれを逃げ道にしているだけだ。いい加減、現実をみろ。そして夕花と……」

 悔しそうに顔を歪める雷霆。

「雷霆……?」

「いや、なんでもない。こっちの話だ」

 明らかに動揺していたけど、なんだったのだろうか。

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