第2話 幼馴染み

「一ノ瀬さん、遅れるよ?」

「わざとよ。初日から一緒にはいけないでしょ?」

 呆れたように嘆息を漏らす一ノ瀬さん。

「それもそうか」

 僕は一足先にマンションを出て、イヌと対話し、カラスの糞害を回避し、高校にたどりつく。

 下駄箱で履き替えていると、後ろから見ていた一ノ瀬さんが近づいてくる。

「あなた、何やっているのよ……」

「ははは。見られていたよね」

 笑みを浮かべていると一ノ瀬さんは自分の下駄箱に向かう。

 教室にはいると、見慣れた顔が二人。

 神宮司じんぐうじ雷霆らいてい。僕の幼馴染みで男友達。悪友とでも言うべきだろうか。僕の中では話やすい方ではある。

 それに、神宮司じんぐうじ夕花ゆうか。雷霆とは義理の兄妹で、連れ子同士の結婚だったため、苗字は一緒だが顔は似ていない。夕花も幼馴染みだ。

 ふんわりした明るい髪を肩口で切っていて、蒼い瞳が特徴的な女の子で、胸が大きい。性格は感情の浮き沈みが激しい子ではあるけど、基本的には優しい。歳の割には幼い印象を受ける。いじめられっ子だった過去もある。

 ちなみに神宮司家は近くの神社である。だから年始になると彼女の巫女姿が拝める。

「おはよー。唐崎くんっ!」

 夕花は僕に懐いてくれている。

 それがたまらなく嬉しい。

「おはよう。夕花ちゃん」

 僕は抱きしめると、その頭を撫で撫でする。

 えへへへとだらしなく顔を綻ばせる夕花。

「夕花」

 なだめるように言う雷霆。

「悪いな。引っ越しの手伝いしなくて」

 雷霆は苦笑を浮かべている。

「いいって。今はほとんど電子書籍だし、お気に入りのラノベくらいだもの」

「それもそうか」

「でもでも夕花、行ってみたいかもかもっ!!」

「うん、あ……待って。無理かも」

 よくよく考えたら一ノ瀬さんが家にはいるじゃないか。

 それなのに約束なんてできないよ。

「ごめんね。まだ散らかっているから」

「珍しいな、お前が断るなんて」

 雷霆は目をパチパチと瞬いている。

「うん。まあね」

 これは秘密だよね?

 ちらりと一ノ瀬さんを一瞥するとコクコクと頷いていた。

 うん。じゃあ言わないね。

「ほら。席につけ」

 先生がやってきて、その後は軽い注意点と自己紹介をすることになった。

「わたしは一ノ瀬小夜です。よろしくお願いします」

 猫を被っている彼女はにこやかな笑みを浮かべ、清楚そうな顔を見せる。

 大人しく気品溢れる姿は僕がよく見る声優・一ノ瀬小夜だった。

 それに対して僕は何も感じない。

 彼女なりの工夫があってのこと。

 だから嫌う理由にはならない。

 世間一般では嘘をつくのを悪と言うが、僕はそうは思わない。

 嘘がなければ、この世界は回らない。誰も彼もがオープンだったら、不幸になる。

 疑心、無知、僻み、嫉み。

 悪意を晒す方がバカの極みだと言っても過言ではないだろう。

 それをうまく折り合いつける方が賢いに決まっている。

 嘘をつかなければならない。そんな世界にしている方が悪いのかもしれないけどね。

 自己紹介が終わり、今日は早めの解散になる。


「ねぇねぇ。唐崎くん、一緒に遊ぼっ!」

「いいよ。どこに行く?」

「お前はここに来たの初めてだろ? 案内してやれよ、夕花」

「そうだね! 夕花のお気に入りの場所を案内するねっ!」

 嬉しそうに跳ねる夕花。

 まじでこの子可愛いんだよな。

 僕と夕花と雷霆は下駄箱に向かう。

「そんじゃな。楽しめよ」

「雷霆はこないのか?」

「青春しろって」

 僕は嘘はつかない。けど、みんなは嘘をつく。

 それは雷霆だって同じだ。

「うん。分かった」

 青春というのなら、男友達と遊ぶことも青春だろうに。

「夕花と一緒に回ろっ! ねっ?」

「うん。分かったよ」

 僕は夕花と一緒に街を散策することにした。

「ここはねっ! 夕花のお気に入りのカフェなのっ!」

 そう言って古民家カフェに案内される。

「ここはねっ! オリジナルコーヒーもだけどっ、ケーキもおいしいんだよっ!」

「そうなんだね。じゃあ、オリジナルコーヒーとケーキを二つずつ頼もう」

「夕花にはそんなにお金がないのっ」

 しゅんとした様子で俯く夕花。

「僕にはあるから大丈夫」

 ドンッと胸を張ると、慌てる夕花。

「そ、そんなのっ。悪いよっ!」

「大丈夫。今度、仕事でここを使わせてもらうよ」

 うるうるとした瞳でこちらを見やる彼女。

「うんっ。ありがとっ!」

 夕花のためなら少しも痛くない。

 僕はコーヒーとケーキを頼み、夕花との会話に花を咲かせる。

「そうだっ! このあとっ、ライブに行ってみないっ?」

 夕花が両手を合わせて訊ねてくる。

「ライブ? どんなグループ?」

 ちょうどいい。今度の小説のネタに困っていたところだ。

 何かしら刺激を受けるのもいいし、取材目的でもいい。

「《ライス・ユース》っという名前のっ! 地下アイドルだよっ!」

「地下アイドルかー。すっごくいいね!」

「唐崎くんなら、分かってくれると思ったのっ!」

 うんうん。自分の好きを求めて、あえて地下というのが素晴らしい。

 その熱意には目頭が熱くなる思いだ。

「けど、このケーキとコーヒーは格別だね」

「うんっ。唐崎くんを連れてきてよかったぁ~♪」

 ニコニコと笑みを浮かべる夕花。

 しばらくして僕たちはカフェを後にする。

「さ。次はアイドルのところだね」

「うんっ!」

 弾けた笑顔がまぶしい夕花。

 やっぱりこの子は素直だな。

 と歩く道すがら。

 一人の少女を見つける。年代は同い年くらい。もしかしたら、一個上かも。

 そんな彼女はピンク色の派手な髪をサイドテールでまとめており、紫紺の瞳をこちらに向ける。

「はむはむ」

 その少女は草を食んでいた。

「美味しい?」

 僕は思わず訊ねてしまった。

「ごくん。うーん。苦いっす!」

「あれれっ! もしかして《ライス・ユース》の雨宮あまみや朝美あさみさんですかっ!?」

 興奮した様子で訊ねる夕花。

「ういっす。その通りっす!」

 強がりで、勤勉で、そして力強い瞳をした女の子。

「これからライブ行くのっ!」

 夕花は嬉しそうに雨宮さんの手をとる。

「ありがとっす! わい嬉しいっす!」

 なんだか独特な人だな~。でも、

「可愛い顔をしているね。やっぱりアイドルだからかな?」

「ありがとっす!」

「夕花の隣で口説かないでよっ!!」

 ふくれっ面を浮かべる夕花。

「夕花?」

「あ。夕花の名前なのっ!」

 不思議そうに首を傾げていた雨宮は納得いったように手を合わせる。

「今年はいってきた新入生っすね! 学校で話題になっているっす! 可愛い子がいるって!」

 雨宮さんは嬉しそうに握っていた手をぶんぶんとふる。

「おおおおおお。確かに可愛いっす! わいの子を産んで欲しいっす!」

「ななななな、何を言っているかなっ!?」

 動揺を見せる夕花。顔がまっ赤だ。

「美少女同士の百合もまた良き」

「本当に何を言っているかなっ!?」

 躍起になる夕花。

 でもその後ろ苦笑を浮かべる雨宮。

「さ、ライブに行くっす!」

「ところで何をしていたのっ?」

「道草食っていたっす!」

 物理的に、ね。

 僕は少し困ったように眉根を寄せる。

「むむむ。憧れの雨宮さんは分からないのっ!」

「そうかもね。僕にも分からないよ」

「今日は来てくれてありがとっす! さっそくライブ始まるっすよ!」

 そう言って裏手に消えていく雨宮。

「ワクワクだねっ!」

 夕花は嬉しそうにきゃっきゃと僕の手をとる。

「うん。そうだね」

 ニコリと笑みを零すと、ステージで踊っている別のアイドルチームが見える。

 僕は少し前に行こうと歩きだす。

 観客はまばらだけど、熱量はすごい。

 ワクワクする。その通りだと思う。

 ここでは熱意のある者が集まっているのだから。

 どの世界でも熱意があるのは素敵なこと。

 そうでなければ、頑張る意味がないのかもしれない。

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