第73**話 彩寧

 姉は子を産めない。病によって20代の若さで子宮は摘出されていたからだ。


 僕は児童養護施設から養子を迎えた。それが博也だった。姉と弟が偽りの夫婦を営み、血の繋がらない子を育てる。僕たちは偽りの家族だ。だが博也は間違いなく僕たちの愛する子だった。


 僕たちは朝まで営みを続けた。僕は自らの背徳行為を忘れようとするかのように姉を求める。最後にはいつものように手をつないで見つめあい、その視線で愛を確かめ合う。そして向き直ると互いに触れあい愛の言葉をささやきながらたちまち短い眠りの淵に落ちていく。


 ほぼ徹夜で朝まで激しい運動をしていたせいでけだるい身体を持て余しつつ、僕たちは焼き魚におひたしやひじき煮に味噌汁とごはんと漬物といった朝ご飯を用意する。それを勢いよくかきこむ博也。まだ11歳の若いエネルギーを感じて心が優しくなれる。僕たち姉弟にはもったいない息子だ。いつか彼も僕たちの事実が明らかになる日が来るのだろうか。その時彼はどう思うのか。僕たち姉弟を祝福するのか、それとも嫌悪しおぞましく思うのか。間違いなく後者だろう。そう思うと僕の胃にぽっかりと穴が穿たれたような不安感が止まらない。


「今日健司と釣りに行ってくる」


「どこで?」


 姉が訊いたがはっきりした答えは返ってこなかった。


「まだ決めてない」


「突堤はやめときなよ。危ないから。あそこ落ちたら上がってこれないからね」


「はああい」


 博也は不満そうだ。


「そろそろ行くね! それじゃ!」


「ああ待ちなって、ほいおべんと」


「おおお助かるう」


「じゃ、行っといで。気を付けてよ」


「うんっ、行ってきますっ!」


「はあい、いってらー」


「行ってらっしゃい」


 僕らは二人で玄関を出て僕たちの一人息子を見送った。


 博也の姿が消えたところで愛未まなみが僕に絡みついてくる。僕としてもまんざらな気分ではない。むしろいつもよりひどく高揚していた。外にいるにもかかわらず僕たちは情熱的な口づけを交わす。そして互いの肩や腰を抱いてこのつつましやかな家に入ろうとしたとき背後から声がした。


「ねえ」


 その声だけで僕たち姉弟は骨の髄まで凍り付いた。よく聞き覚えのある声だったから。勇気を振り絞り僕と愛未は恐る恐る振り返る。


 僕たちの背後に立っていたのはチャコールグレイのスーツに身を包んだ彩寧。


 僕のかつての婚約者だった。

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