第72話** 淫欲

「まあ、色々ありました……」


 苦笑いを浮かべてそう呟いた僕は麦茶のお代わりを取りに冷蔵庫へ立とうとする。が、僕の腕にしがみ付いた姉が僕を動かそうとしてくれない。


「なんだよ姉さん」


「……」


 姉の表情はこちらからうかがい知れないが耳が赤いような気もする。それと身体も熱い。火照っているようだ。


「どうしたの」


「博也もう寝たから…… 明日も休診日だし」


「あ、ああ…… そうだな……」


 姉の言いたいことはすぐに理解できた。が、今でも僕は躊躇いがある。特にそれをする直前は。姉はそんなこと欠片も考えていないようで、時々アホなんじゃないかとさえ思うときがある。でもそのアホさに僕はいつも救われているような気がしていた。


 布団を一組だけ敷く。パンツだけの僕が一人で潜り込む。姉はいつの間にかいなくなってた。魚の臭いを嫌う姉のことだ、シャワーを浴びたのに違いない。別にあとで一緒に入ればいいのに。


 一人でうつらうつらしかかった頃、サテン地でアイスブルーの長めでノーカップのキャミソールとパンツだけを身に着けた姉がそっと布団に入ってくる。あの頃僕が目を奪われた姿だ。


 僕が医大生の頃姉がやたらと派手な真っ赤なランジェリーに身を包んで僕を誘惑しようとしたことがあった。僕はそれに驚き呆れ、むしろこう言ったシンプルな姿の方がいいとつい口走った。それ以来姉はこうした格好で僕の目を奪う。外見は同居していたあの20代の頃と恐ろしいくらいに変わらない。僕の精気を搾り取って若さを保っているのだろうか。


「お待たせ」


「……ん、ちょっと寝てた」


「ごめん」


 こういう時だけやけにしおらしい姉は僕の上にまたがってきた。


「いいのか?」


「いいの。たまにはちょっと気分替えてみようかなあって」


 姉の顔が僕の顔に近づいてくる。姉の熱い吐息が僕の顔にかかる。


「優斗、愛してる」


「愛してる、愛未」


 僕たち姉弟の唇が触れ合い、そしてこれでもう何度目だろう、今夜もまた僕たち姉弟は禁忌を犯した。


 こういった時。僕らは明け方まで互いの肉を貪る。今夜はことさら姉の求めが激しく、様々な手を尽くして僕を何度も導いていく。姉は明らかに性豪だった。


 姉は初めての夜からこの方、二次関数的に僕を求める頻度も濃度や密度も上昇している。僕はそれに必死になってそれに応えているのが現状だ。


 姉の情欲はまるで底が見えなくて、僕はそれにひどく昂奮する夜もあれば空恐ろしくなる時もある。二十余年もの思いのたけを全身でぶつけてきているかのようだ。僕も夢中になってそれに応える。


 まともじゃない。僕たち姉弟は何から何までがまともじゃなかった。

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