第71話** 破戒
鯛しゃぶをたらふく食べた博也はお茶の間の畳の上にそのまま寝てしまった。こうなったらもう朝まで
「あ、いいよ、今日は僕が洗うから」
「ほんと? 助かる」
僕が洗い物をする間
お互いやるべきことがすみお茶の間で冷たい麦茶を入れたコップを置いてふたりで一息つく。
「はー」
「ふー」
テレビをつけたまま愛未が僕の隣まですり寄ってくる。僕も愛未の方へと身体を寄せる。愛未の方が僕の二の腕に触れるとそのまま重心をかけてくる。今でもスレンダーな愛未の細い肩の尖った骨が僕の腕の骨をえぐる。これが本当に痛い。
「痛い痛い痛いって、それ痛いんだよ姉さん」
「姉さん?」
姉は刺すような目つきで僕を見つめる。
「あ、ま、愛未」
「はい、よろしい」
姉はそのまま僕に向かって倒れかかり、膝枕をする格好になる。
僕が姉をなでると姉は喉を鳴らす子猫のような表情になる。
「今日もいい一日だった?」
「うん。いい一日」
「僕もだ」
「うん、よかった。しかも明日から連休だし」
姉は眼を閉じて呟いた。
「ね、初めての時憶えてる?」
忘れる訳がない。僕は片手で姉の肩を撫で、片手で姉の髪を梳きながら答えた。
「ああ、もちろん」
その日、姉は病院スタッフに盛大に見送られて退院し、僕の部屋に着いた。
「うわー、ここ二度目だよね。あたしここでホントに暮らすの?」
「一ヶ月だけな。その間に新居探せよ」
「えー、姉ちゃんずっとここがいいー」
「ばか言うな。姉さん自立した女になるって、随分前に言ってただろ」
「んーん、今の姉ちゃんは違う。姉ちゃんはもう自立した女性じゃない」
「どういうことだよ」
「ふっ」
姉は僕の首に両腕を回す。顔が近づき身体がぴったりと密着する。
「わかってるくせに……」
息が詰まるように蠱惑的な瞳で僕を見つめる姉から目が離せなかった。
「あれだけの治療に耐えてきたんだからご褒美のひとつくらいあってもいいんじゃない?」
「な、な、なんだよご褒美って……」
僕には察しがついていたし、僕自身姉と同じ望みを抱いていたことから僕は眼をそむけていた。僕は姉が小さな身体でそっとしがみ付いてくるのを拒めなかった。以前よりずっと柔らかな感触だった。
姉が両腕を僕の首に回して身体を密着させ爪先立って背伸びするのを払い除けられない。僕の顔にかかる息が熱い。僕たちは長いこと見つめ合った。互いの息が次第に荒くなっていくのが分かる。僕を惑わせ狂わせようとする意志に満ちた妖しい姉の瞳に釘付けになった。姉も僕もずっとじっと見つめ合ったまま無言だったが、姉の言いたいことは明らかだ。次第に僕は何も考えられなくなっていく。
今、快活で陽気な姉はどこにもいなかった。ここにいるのは僕も知らなかった一人の妖婦だった。そして僕は遂に何もかも忘れ、凄艶な姉に総毛立ったまま意思に反し勝手に腕が動いてしまう。背と腰にそっと腕を回し、禁忌と言う甘い果実を口に含み深く深く味わった。
それは実際甘かった。僕は僕でなくなってしまった。こうして僕と姉は常軌を逸した破戒者となった。
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