55 大鷲(イーグル)が立ち向かう

 疾風の大鷲ゲール・イーグルブックを握り締めるリオンを、ソフィーは振り向いた。


「待って! 直接なんてどれだけ危険だと!」

「他に方法を思いつかない。近づいて所有者オーナーになる」


 リオンは真っ直ぐにソフィーを見た。それでもソフィーは認めようとしなかった。


「じゃあせめて、わたしも連れて行って。碧水の蛙アクアルーラー・フロッグで援護を」

「それは駄目だ。危なすぎる」

「自分はその危ない中に突っ込むんでしょ!?」


 怒るソフィーを、リオンは冷静になだめた。

 セティは心配そうに振り返ったが、吹き荒ぶ熱風の対応に追われて、すぐに不死鳥フェニクスの方を向いた。氷の壁を生み出して、その熱を防ぐ。


「落ち着けって。勝算が全然ないまま突っ込むわけじゃないんだ。ソフィーにもセティにも協力してもらいたい」


 それでもなおソフィーは何か言いかけたけれど、大きく息を吐いて自分を律した。頷いて、話の続きを促す。


「遠くから攻撃するのじゃ埒があかない。だから直接行って所有者オーナーになる。とは言っても、あの熱じゃ近づけない。近づくために、氷や水は欲しい」

「じゃあやっぱりわたしが」


 リオンは首を振ってソフィーの言葉を止めた。


「でも、ソフィーにはここから支援して欲しい。不死鳥フェニックスがどう動くかわからない。何かあったときには、あの子供たちを守ってくれ」


 ソフィーははっと息を呑んだ。そして、視線を離れたところにいるクレムとジェイバーに向ける。二人をさっき少し冷やした水分はもうすっかり乾いていて、今は涙と汗でその顔を濡らしている。

 変わらず溶岩に囲まれ、熱さの中で顔を真っ赤にして、苦しそうに喘いでいる。


「あの二人にも目を配るために、ソフィーはこの場所にいるべきだ。俺はそう思う」

「俺もそう思う」


 ずっと黙っていたセティが、リオンに同意した。


氷華の兎ラパン・ドゥ・ジーヴルはあそこまで届かない。届く前に溶けてしまう。だから、あの二人を助けられるのは、今はソフィーだけだ」


 ソフィーはわずかに逡巡してから、返事の代わりに右手を持ち上げた。ソフィーの肩に乗っていた碧水の蛙アクアルーラー・フロッグがぴょんと飛び乗る。

 碧水の蛙アクアルーラー・フロッグは自分の体から水の塊を生み出して、そしてそれをクレムとジェイバーに向かって飛ばした。その水は、二人の子供の体をまた幾分か冷やした。


「わたしがここに残るべきというのはわかった」

「セティは切り札だからな、連れて行くわけにはいかない。だから俺はひとりで行く」

「本当は俺だって行きたいんだ。俺が行けば、きっと、大丈夫だから」


 それでも、セティを危険に飛び込ませるわけにはいかない。それはソフィーもリオンも同じように考えていた。セティには、それが少し気に入らなかった。

 セティが作った氷の壁は熱気でどんどん蒸発し、痩せ細って、穴があきはじめていた。セティは唇を尖らせて、また新しく氷の壁を用意する。


「きっと状況を打開できる。行かせてくれ」


 リオンの真っ直ぐな視線。そこに込められた意思。ソフィーはリオンの覚悟を受け取って、諦めたように溜息をついた。


「わかった……でも、無茶はしないで」

「ああ、任せておけ」


 リオンはにやりと笑って、ブックを握りしめていた手を開いた。


開けオープン疾風の大鷲ゲール・イーグル


 リオンの手のひらの上のブックがぼうっと光を放つ。その表面に刻まれた文字や文様に光が走って、次には四角い輪郭が曖昧になる。その光が大きく膨らむと、風が吹き荒れた。

 風の中心、光の中から大きな翼が開く。そして、立派な大鷲イーグルの姿が現れた。

 リオンはその背中に乗り込むと、ソフィーにウィンクを残して飛び立った。高く──空高く、不死鳥フェニクスよりも高く、大鷲イーグルは舞い上がった。

 不死鳥フェニクス大鷲イーグルの姿を追いかけるように首を持ち上げた。

 そこへ、セティが氷の塊を放つ。不死鳥フェニクスは飛んできた氷の方に興味を移して、セティの方を見た。

 大鷲イーグルが降りてくると、不死鳥フェニクスはまたそちらを気にした。燃え盛る羽を大きく広げ、その熱はより一層広がった。

 大鷲イーグルは慎重に距離をとりながら、頭上から少しずつ不死鳥フェニクスに近づいてゆく。

 もう少しというところで、不死鳥フェニクスは急にぐるりと旋回した。その長い炎の尾が、まるで鞭のように大鷲イーグルを襲う。大鷲イーグルは機敏にそれをかわすが、不死鳥フェニクスの動きも早い。

 ソフィーは水の塊を不死鳥フェニクスに向けて放つ。不死鳥フェニクスは首をわずかにそちらに向けたけれど、すぐに興味を大鷲イーグルに戻した。

 長い尾が鋭く大鷲イーグルの翼を叩く。その衝撃に大鷲イーグルは慌てて翼をばたつかせ、不死鳥フェニクスと距離を取った。

 大鷲イーグルの風と不死鳥フェニクスの熱風がぶつかり、空気が荒れ狂う。

 ソフィーは水の塊をまた、クレムとジェイバーのところへ届ける。風で狙いが少しそれたが、それでも二人の体は水に包まれた。

 不死鳥フェニクス大鷲イーグルに向けて羽ばたいた。揺れる炎のような長い尾が宙を舞う。大鷲イーグルは風を操りながらその尾を避けた。そこへ、不死鳥フェニクスが突進する。


「リオン!」


 ソフィーが水の塊を放つ。けれど不死鳥フェニクスは向きを変えない。大鷲イーグルは長い尾を避けて不安定なところに追突されて、ぐらりとかしいだ。

 大鷲イーグルはなんとか持ち直したが、高く飛び立とうにもすぐ頭上に不死鳥フェニクスがいた。不死鳥フェニクスはその足で何度も、大鷲イーグルを襲った。


「くそっ!」


 セティも氷の塊を不死鳥フェニクスに向かって放つ。それでも不死鳥フェニクス大鷲イーグルから離れない。

 大鷲イーグルは懸命に翼をばたつかせ、不死鳥フェニクスから逃れようとしたが、そのたびに不死鳥フェニクスの鉤爪が、長い尾が、大鷲イーグルを痛めつけた。

 ソフィーは諦めずに水の塊を不死鳥フェニクスに向けて放った。一瞬、ほんのわずかだけ、不死鳥フェニクス大鷲イーグルから気をそらしてソフィーの方を見た。

 その隙をついて、大鷲イーグルが体勢を立て直そうとする。リオンはまだ反撃を諦めていなかった。

 けれど、不死鳥フェニクスはすぐに目の前の大鷲イーグルに興味を戻し、長い尾でその翼を叩いた。

 熱風に、大鷲イーグルの翼が舞う。そのまま大鷲イーグルは落ちてゆく。


「リオン! リオン!」


 ソフィーは水の塊を放ちながら叫ぶが、その声が届いているかはわからない。

 大鷲イーグルが落ちた先は、噴火口の、今まさに溶岩が吹き出しているその中だった。



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