43 行方不明の子供たち
「あの、わたし、デイジーです。何日か前にセティに会った……クレムと一緒に」
ドア越しに名乗る声があまりに頼りなく聞こえて、ソフィーは何事かと慌ててドアを開けた。デイジーはソフィーを見上げる。
枯れ草色のおさげは、いつもよりも乱れて見えた。泣いていたのか、青い目の周囲が厚ぼったくむくんでいる。
「とりあえず、中にどうぞ。話を聞くから」
ソフィーはその小さな背中を押して、部屋の中に促した。デイジーは、持ち上げられた目隠しの布をくぐって部屋の中に入る。
椅子に座って修復した
ソフィーはデイジーを自分の椅子に座らせる。それから自分のマグカップに牛乳を注いで、デイジーの前に置いた。
「どうぞ」
ソフィーに言われるまま、デイジーはマグカップを持ち上げて、こくりと一口飲む。飲み込んで、小さく息を吐いて、こわばっていた体がようやく動いて、顔をあげた。
「セティ……大変なの……」
セティはテーブルの上に置いていた
「どうしたんだ? 何があったんだ?」
「クレムが……ジェイバーと……」
デイジーの瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。涙をこらえようと唇を引き結んだデイジーだけれど、涙は止まらなかった。うつむいて、ぐず、と鼻を鳴らす。
「大丈夫、ゆっくりで良いから。話せるところから話して」
ソフィーがデイジーの背中を優しく撫でる。デイジーは何度か頷いて、また顔をあげた。
「あの……あのね、ジェイバーがクレムを……連れて行っちゃったの。
「子供二人だけで?」
「止めたんだけど、ジェイバーが
セティは最初ぽかんとしていた。けれど話を聞くうちに、眉を寄せて唇を結んで曲げていった。
でも、泣いているデイジーの前でそれを言う気にはなれなかった。それを言ってしまったら、デイジーはもっと泣くような気がしたから。
それでセティは何を言って良いかわからずに、ただ黙ってしまっていた。
「どうしよう……わたし、もっとちゃんと止めたら良かった……」
「落ち着いて、デイジー」
ソフィーがデイジーの背中に手を当てたまま、優しくささやく。
「あのね、デイジー。その話は家の人たちは知ってるの?」
ソフィーの問いかけに、デイジーはこくりと頷いた。
「クレムの家も、ジェイバーの家も、二人が帰ってこないからって騒ぎになって。わたし、それで、みんなにこのことを話して……。
ついにデイジーは、声をあげて泣き出した。両手で顔を覆って、ああ、うう、と声を漏らす。
ソフィーはできるだけ落ち着いた声で、デイジーに語りかける。
「そうね、
大人たちが
デイジーはしばらく泣き続けていたけれど、ソフィーは穏やかに呼びかけ続けた。やがて、泣き声は落ち着いて、ぐずぐずと鼻を鳴らす音だけになる。
「きっと大丈夫だから、デイジーは家に帰りましょう。わたしたちも、二人のことを探してみるから。ね、セティ」
セティは何度か瞬きをして、戸惑いながらも頷いた。
「そう……だな。うん、俺も二人のことを探したい」
デイジーは顔を上げて、じっとセティの顔を見た。
それでも、探したいと言ってくれるセティの言葉が、デイジーには嬉しかった。
デイジーの話を聞いて、そう言ってくれるセティの存在が、デイジーにはとても心強かった。
「うん、ありがとう、セティ」
デイジーはちょっとだけ笑みを浮かべることができた。セティの気持ちが嬉しかったから。
ソフィーはなだめるように軽くデイジーの背中をぽんぽんと叩いた。
「さ、落ち着いたなら帰りましょう。ちょうど買い物もあるし、あなたの家まで送るから」
泣くだけ泣いて、デイジーは少し落ち着いていた。こくりと頷いて、椅子から立ち上がる。それでセティも一緒に、三人で部屋を出た。
デイジーの家まで、誰もほとんど喋らなかった。それでもデイジーはもう泣いたりせずに、落ち着いて歩いていた。
セティはずっと黙って考え込んでいた。どうやったらクレムとジェイバーの二人を探しだせるのかを。
そんな二人を見守りながら、ソフィーも考え込んでいた。これからどうするべきかを。
戻ったデイジーは母親に抱き締められた。クレムとジェイバーが行方不明になった直後にふらっと出かけたデイジーのことを、母親はとても心配していた様子だった。
それからソフィーはデイジーの母親に頭を下げられた。ソフィーは困ったように「大丈夫」と繰り返す。
そのまま卵だとかベーコンだとかをちょっと買って、チョコレートをおまけに少しもらって、ソフィーとセティは店を後にした。
帰り道、先を歩くソフィーから何歩か遅れて歩いていたセティは、おまけにもらったチョコレートを手に、ふと立ち止まった。
「俺、クレムを探したい。
荷物を抱えて先を歩いていたソフィーが振り返る。セティの真剣な表情を見て、それから自分も真面目な顔をして頷いた。
「ええ、できることはやってみましょう」
セティはほっとしたように笑って、先を歩くソフィーに駆け寄って、追いついた。
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