42 アップルパイと友達
ソフィーはテーブルの上に紙袋と牛乳瓶をそっと置いた。セティも続いて、パンとアップルパイが入った紙袋を置く。
「これ、パンとアップルパイ」
ソフィーが紙袋を引き寄せて中を覗き込む。顔に落ちかかってきた髪の毛をさらりと掻き上げた。
「いつものパン屋と違うところで買ったの?」
「デイジーが案内してくれたんだ。美味しいパン屋だって」
「そう。楽しみね。パンはドライフルーツか。これは明日にして、今日はアップルパイを食べましょうか」
ソフィーはアップルパイを取り出して、キッチンからナイフを持ってくると切り分け始めた。
セティはマグカップを二つ持って来て、順番に牛乳を注ぐ。こぼさないように慎重に、ゆっくりと。マグカップはすぐに、白い牛乳で満たされた。
「それで、セティは欲しかったものは買えたの?」
ソフィーの問いかけに、セティは嬉しそうな顔で大きく頷いた。そして、腰につけた
「これ。これはクレムの店で買ったんだ。何かあったらクレムの父さんが修理してくれるって」
アップルパイを切り終えて、ソフィーはセティの姿を見た。セティの髪にも似た黒い色の、艶々と輝く
「へえ、素敵なのが買えて良かったじゃない」
「そうだろ。かっこいいだろ」
ふふん、と顎を持ち上げてから、セティは思い出したように
テーブルの上で、結晶はかたかたと軽い音を立てながら、きらきらとした輝きを振りまいた。
「これ、残りのお金だ」
自慢げにソフィーに告げたあと、セティはまた
「これは、オリヴィアの店で預かってきた。傷物だから、俺がまた修復してやる」
「ありがとう、じゃあ、それは食後にしましょう」
ソフィーは結晶と
それでセティも最近新しく買ったばかりの椅子に座った。
アップルパイを掴むと表面のグレーズが手についてべたべたとした。それに構わずこぼれそうな中身のフィリングにかぶりつく。途端、甘酸っぱい匂いが口いっぱいに広がった。
じゅわっと唾液が溢れてくる。
ざっくりとしたパイ生地と、柔らかく煮えたりんごの食感は全然違って、そのくせパイ生地はりんごの味を吸い込んで、とろりとしたりんごは乾いたパイ生地を包み込んで、気持ちよく噛むことができた。
フィリングは甘く、くったりとしたりんごを噛むとぎゅっと酸っぱい。
セティは夢中になって無言で一切れ食べてしまうと、すぐに二切れ目にべたべたとしたままの手を伸ばした。
「美味しい。このパン屋さん、今度場所を教えて。また買いに行きましょう」
ソフィーの声に、セティはアップルパイを頬張りながらこくこくと頷いた。その様子にソフィーがふふっと笑う。
二切れ目も食べ終えて、セティは少し落ち着いた。手を拭いて、マグカップを持って牛乳をこくりと飲む。
「それで、どうしてクレムの店に行くことになったの?」
セティはマグカップを置いて、唇を舐める。
「最初に行った店で、追い出されたんだ。子供扱いされて、売り物に触るなって怒られた。もう、あの店には行かない」
「そう、そんなことがあったの」
「その店を出たところで、クレムが声をかけてきたんだ。それで、
話しながら、セティは三切れ目のアップルパイに手を伸ばす。
「デイジーは?」
セティはアップルパイを手に、少し考え込んだ。それから、小さく首を振る。
「わからない。気づいたら一緒にいた。それで、デイジーの家は食料品屋で、チョコレートもいっぱいあるって言うから、行ったんだ。パン屋も教えてくれて」
さくり、とセティはアップルパイにかじりつく。甘酸っぱい味に目を細めて、ごくりと飲み込むと、急に「あ」と声を出した。
「それから、ジェイバーってやつにも会った。あいつ、街なかなのに
「え」
それまで微笑んで聞いていたソフィーの顔色が変わった。急に真剣な顔になって、セティの顔を覗き込む。
「それは大丈夫だったの? 何があったの? ジェイバーって……その、
ソフィーから次々に放たれる質問に、セティは難しい顔をした。
「俺もよくわからない。でも、ジェイバーは
セティはもう一口、アップルパイを頬張った。途端に、難しい顔がほころぶ。
「そう……でも、心配ね。大丈夫だったの?」
「当たり前だ。ちょっと転がしたら逃げてったんだ。俺はちゃんと、知識を使わなかったぞ。偉いだろう」
「そうね。ちゃんとマナーを守れて、セティは立派。でも、次は気をつけてね」
「俺なら大丈夫だ。クレムにだってお礼を言われたし、デイジーにだってかっこいいって言われたんだ」
ソフィーは頬杖をついて、自慢げに話すセティを見て、目を細めた。
「セティに友達ができて、良かった」
「……友達?」
「そう、友達」
セティは手にしていたアップルパイを口に詰め込んで、しばらくもぐもぐと黙っていた。それを飲み込んでから、不思議そうにソフィーを見る。
「友達っていうのは、ソフィーやリオンとは違うのか?」
「どうかしら。わたしが言ってるのは、セティに年の近い仲が良い子ができるなら嬉しいなってことで」
にこにことしているソフィーとは対照的に、セティは眉を寄せる。
「年が近いって……俺は
「それでも、クレムやデイジーはきっと、セティにとって良い友達になると思うな」
セティはマグカップを持ち上げて考え込む。一口飲んで、飲み込んで、それでもまだよくわからなかった。
「俺にはよくわからない」
「今はそれでも良いんじゃないかな。友達って、気づいたらなってるものだと思うからね」
納得いかない顔のまま、セティは牛乳を飲み終えてしまった。それでもまだ、友達というものは、よくわからなかった。
けれどデイジーが、ほんのちょっと話しただけのセティを頼りにしているということがわかるのは数日後。デイジーが、セティを訪ねてきたのだ。
一人きりで、泣き腫らした目で。
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