41 お届け物です
デイジーに案内されたパン屋で、セティはおすすめの通りにドライフルーツのパンを買った。それから、甘酸っぱい匂いでこんがりとした網目のアップルパイも。
そのあとはデイジーの店に案内された。
店内で、セティは慎重にチョコレートを選ぶ。一口サイズで一つ一つ包まれたチョコレートは、持ち歩くのに良さそうだった。
ナッツ入りにも、使われているナッツによって種類がある。選びきれないセティは、全部の種類を買うことにした。
それから、ソフィーに頼まれていた牛乳一瓶も忘れてない。
デイジーの母親に結晶で代金を支払って、チョコレートが入った紙袋と牛乳瓶を差し出される。パンとアップルパイが入った紙袋もあって、セティの荷物はいっぱいになってしまった。
「俺、持っていってやるよ」
クレムが牛乳瓶を受け取った。
「わたしも」
当たり前のように、デイジーもチョコレートが入った紙袋を抱えた。
パンとアップルパイの紙袋を抱えて、セティは何度か瞬きをしたあと、戸惑った表情のまま小さな声を出した。
「えっと……ありがとう」
「良いって良いって、セティはうちのお客さんだからな」
「そうそう。これはアフターサービスってやつね」
クレムとデイジーは楽しそうに笑う。二人とも、セティという不思議な存在ともっと一緒にいたいという好奇心があった。もちろん、単純な親切心もあったのだけれど。
「デイジー、あんまり遅くならないようにね」
「はあい」
デイジーの母親に見送られ、店を出る。
「セティってどの辺に住んでるんだ?」
「もう少し上の方」
「ふうん、じゃあ、こっちね」
歩き出しても、クレムとデイジーのおしゃべりは止まなかった。二人のおしゃべりに、セティは戸惑うばかりだったけど、嫌な気分ではなかったので、止めることもなく聞いていた。
そんなおしゃべりの矛先がふと、セティに向けられた。
「セティの父ちゃんと母ちゃんって、何やってるんだ?」
クレムに聞かれて、セティは瞬きをする。少し考えてから、セティは素直に答えることにした。
「父ちゃん……ていうのは、俺にとってはじいさんで、でもじいさんはもう死んだんだ。母ちゃん……というのは、いない」
セティの言葉を、クレムもデイジーも思い思いに受け取った。デイジーが大きな瞳でセティの顔を覗き込む。
「セティ、あなたって苦労してるのね」
「それじゃあ今は家族は? 誰と暮らしてるんだ?」
家族という言葉に、セティはふと、シジエムを思い出す。グリモワールシリーズは兄弟のようなもの。であれば、シジエムも家族なのだろうか。他の、見知らぬグリモワールたちも。
考えてもぴんとこなくて、セティは首を振った。
「家族はわからない。今はソフィーと暮らしてる」
「ソフィーって誰?」
「ソフィーはソフィーだ。
「ふうん」
よくわからないというように、クレムは首を傾ける。
そうやっておしゃべりしてるうちに、気づけば高い場所にきていた。デイジーが「わあ」と声をあげて、すり鉢状の
「わたし、ここまで高いところ来たの初めてかも」
「俺もあんまり来たことないや」
クレムも牛乳瓶を抱えたまま、デイジーの隣に並んで街を見下ろす。
「高いところって陽射しも入ってくるし、見晴らしも良いし、素敵ね」
デイジーの言葉に、セティはちょっとくすぐったい気持ちになって、唇を尖らせた。
「
「セティって本当に
振り向いたクレムの瞳は、好奇心が輝いていた。セティはその表情に少し戸惑った。
本当は
自分が
「ソフィーと一緒に」
「すげえな」
「でも大丈夫なの?
景色を眺めていたデイジーも振り向いた。それでまた、三人で歩き出す。
「それは、まあ……でも、大丈夫だ。俺の……
「すごい!」
はしゃいだデイジーは、チョコレートが入った紙袋を抱き締めた。
クレムもデイジーも素直に「すごい」と言ってくる。セティにとってそれは、心地良いような、でもくすぐったいような、ふわふわとした変な気分だった。
「ここだ」
ソフィーの部屋に続く階段の前で、セティは足を止める。ここまでのつもりでいたのだけど、クレムもデイジーも当たり前のように、部屋まで来るつもりだった。
「せっかくだし、部屋まで運んでやるよ」
「そうね、せっかくここまで来たんだもの」
それで、三人で階段を登る。続く廊下の中の一つ、ドアをノックする。
「ソフィー、帰って来たぞ」
セティが声をかけると、待っていたかのような勢いでドアが開いた。
「お帰りなさい、セティ! 大丈夫だった!?」
ドアの向こうから姿を見せたソフィーは、セティの後ろに並ぶクレムとデイジーを見て瞬きをした。
「ええっと……セティ? この子たちは?」
「お届けものです!」
デイジーがにっこりと笑って紙袋を持ち上げる。クレムも同じように牛乳瓶を持ち上げた。
「ええっと、ここまで持ってきてくれたのね、ありがとう」
戸惑いながらも笑顔でお礼を言うソフィーに、デイジーが紙袋を押し付ける。
「あなたがソフィーさんね! 女の人で
「そう? ありがとう。ええと、あなたは?」
「わたしはデイジー。うちが食料品屋で、このチョコレートも、こっちの牛乳も、うちの店のなんです」
「デイジーね。よろしく」
次にはクレムが牛乳瓶を差し出した。ソフィーは紙袋とは反対の腕でそれを受け取って「あなたは?」と聞いた。
「俺はクレム。俺の父ちゃんが装備の修理とかやってて、セティが俺の店に買い物に来たんだ。それだけじゃなくて、セティには助けてもらって、それで」
「ちょっとクレム、喋りすぎ」
デイジーに袖を引かれて、クレムは慌てて口を閉じた。ソフィーはふふっと笑う。
「クレムもよろしくね」
パンの袋を抱えたセティが、振り向いてクレムとデイジーを見た。クレムとデイジーは笑って手を振った。
「じゃあ、セティ、今日はありがとな」
「また買い物に来てね」
紙袋を抱えたままで、セティはどう応えて良いかわからなかった。手を振り返した方が良いのだろうか。それとも──悩んで、結局のところ小さく頷いただけだった。クレムもデイジーも、気にした様子はない。
そのままドアは閉まって、二人のはしゃいだ声が遠ざかっていった。
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