35 探索者(ブックワーム)と本(ブック)の少年
ソフィーは自分の部屋で、セティの
お気に入りの眺めの良い窓は、今は閉めている。セティのことは、万が一でも見られるわけにはいかないから。
(そろそろ開いてくれると良いんだけど……)
昨日はどれだけ呼びかけても開くことはなかった。こうして無機質な
その不安をかき消すように、ソフィーは大きく息を吸った。
「
(反応した!)
ソフィーは喜んで
光が強くなって、四角い輪郭が曖昧になる。そして、その質量がソフィーの掌の上から空気に溶けるように失われてゆく。
光はソフィーの目の前に集まって、人の形になってゆく。ソフィーの肩に届くくらいの、もうすっかり見慣れた高さ。
華奢な体格の少年の姿が見えてくるにつれ、ソフィーはその顔に笑みを浮かべる。
真っ黒でまっすぐな髪の毛。人形のような白い肌。白いシャツにサスペンダー。黒い半ズボンから覗く膝小僧。ソックスガーターと黒いソックス。
長い睫毛が持ち上がって、真っ黒い瞳がソフィーを捉えた。見る者を吸い込むような双眸。
その瞬間、ソフィーはセティを抱き締めていた。
「セティ!」
「うわ! なんだ、離せ!」
突然に抱き締められて混乱しているセティに構わず、ソフィーはぎゅうっと力を込める。
「良かった……! 無事で良かった!」
「だ、大丈夫に決まってるだろ! 俺は最強なんだからな!」
ようやくソフィーは腕をゆるめて、セティの顔を見下ろした。セティも瞬きをしてソフィーを見上げる。
「うん、でも、心配したから。ちゃんと開くことができて、安心しちゃった」
そう言って笑うソフィーのまなじりに、うっすらと涙が浮かんでいた。セティは気まずそうに唇を尖らせて、でも何を言えば良いのかわからなくて、ふいと顔をそらしてしまった。
ソフィーも黙って、涙を拭う。
「その……」
顔をそらしたまま、セティがぽつりと声をもらした。ソフィーは微笑んで首を傾ける。
「ありがとう。その……いろいろ。シジエムに勝てたのは、ソフィーとリオンのおかげだ」
「そんなの……セティがいなかったら、勝ててなかった。だから、お礼を言うのはわたしたちの方」
セティは首を振った。広がった黒い髪が、明かりを映して艶々と輝いた。
「シジエムは俺を狙ってきた。俺のせいで、ソフィーとリオンは危ない目にあったんだ。俺が巻き込んだ……だから」
不安そうに眉を寄せて、セティはソフィーを見上げた。セティはどこかすがるような目をしていた。だからソフィーは何も言わずに、黙って言葉の続きを待った。
「俺は七番目だ。シジエムは六番目。きっとまた、他の兄弟が俺のところにやってくる。俺と一緒にいると、ソフィーはそれに巻き込まれる。また、危ない目にあうと思う。
それでも……」
セティは言葉を途切れさせた。一度うつむいて、言うのをためらって、それからまたソフィーを見上げる。その表情は、ソフィーにはなんだか泣きそうに見えた。まるで、迷子みたいに。
「それでもソフィーは、俺の
ソフィーは微笑む。セティの不安を全部吹き飛ばすみたいに。
「わたしは
「でも! でも、危険だったんだぞ。もしかしたら、死ぬかもしれなかった」
「死ぬかもしれないのは
ソフィーは腰をかがめて、セティの顔を覗き込んだ。
「セティ、わたしはあなたの
セティは瞬きをして、ソフィーを見る。
「本当に……?」
ソフィーは大きく頷いた。
「本当に。それで、セティはわたしのこと
セティは嬉しそうな顔をして、でもすぐにそれを隠すように唇を尖らせた。白い頬が嬉しそうに赤く染まっていて、ちっとも隠しきれてはいなかったけれど。
「ソフィーには俺が必要なんだろう? 仕方ないから一緒にいてやる。その間は、俺の
ぐい、と顎をあげて、セティは精一杯に強がってみせた。その強がりを見たソフィーは、笑った。
「それはありがとう、期待してる」
「当然だ。俺は最強だからな。いっぱい頼ってくれて構わないぞ」
偉そうに胸を張って、まるでいつも通りにセティは言った。
そうやって二人で笑いあったあと、さて、とソフィーは腰を伸ばした。
「じゃあ、何か食べましょうか。買いに行かなくちゃ」
「チョコレートは?」
「それはごはんの後にね」
セティは満足そうに笑って、ソフィーを見上げた。ソフィーも笑顔でセティを見返す。
それでも二人は、お互いにそう思っている気がしていたから、それで満足だった。
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