14 紡ぎ手の蜘蛛(ウィーバー・スパイダー)
水面では、相変わらず
じりじりとその様子を見ていたソフィーが、ふと、口を開いた。
「ねえ、最初に
リオンは少し考えてから頷いた。
「そう、だったな」
「それに、水面がうねって、
「そうだな」
ソフィーが何を言おうとしているのかと、リオンは目を細めた。
「どうして今は
「それは……」
そこまで言われて、リオンも気づいた。
「あのガキを沈めてるから、か?」
「もしそうだとすると、一度に一つしか相手にできないってこと……。
てことは、引き摺り込もうとしてきてたその水が、
ソフィーの鳶色の瞳が輝いてリオンを見る。
「何か、思いついたのか?」
「思いついたってほどじゃ……ただ、何かセティの助けになれるかもしれないと思って。
それでできれば本体が水面に出てきてくれたら、わたしたちでも何かできるかもしれないじゃない?」
少し考えてから、ソフィーは
「
ソフィーの手のひらの上で、
「その蜘蛛は
「そうね、でも
光って輪郭が
びしり、と
引き摺り込もうとする動きは見えず、今はただ水面が揺れている。
「やっぱり、
その考えは、確信になった。
ソフィーは手のひらの
蜘蛛はするすると糸を吐き出しながら水の中に落ちてゆく。引き摺り込まれるような手応えは、今のところない。
「お願い、このままセティのところまで、届いて」
ソフィーの言葉、その意思の通りに
「どうするつもりだ?」
「セティのところまで届けば、引き上げる。セティを引き上げれば、きっと本体は付いてくる」
「途中で本体に邪魔されたら?」
「その場合も本体を引き上げることができれば、
「逆に引き摺り込まれるんじゃないのか?」
ソフィーは水面から目を逸らさずに、リオンの言葉に応える。
「そしたらセティが放っておかないだろうから、きっと大丈夫」
ソフィーには、その確信があるようだった。
◆
姿は見えない。けれど、水に紛れてセティの周囲にいるのが、きっと
自分に絡んでくる水の感触。それを氷で閉じ込めようとしたが、周囲の水が凍るよりも素早く逃げられた。そして少しするとまた、セティの体に絡んできて、深く沈めようとする。
セティは唇を噛んで、今度は自分の体を凍らせる。絡んでくる水が触れているその部分に氷を纏う。周囲の水も巻き込んで凍らせてしまえば、こいつも一緒に凍ってくれるかもしれない。
するり、と絡みつかれる圧迫感が遠ざかる。そのまま自分の周囲を氷で覆ってみたけれど、捕まえたという手応えはない。
(なんなんだこいつは! 姿も見えないし!)
氷の内側で苛立たしく舌打ちしたとき、ぴきり、と氷にヒビが入った。何かが水の中を鋭く進んできて、氷にぶつかる。その部分の氷が砕ける。
(こいつ、水に沈める以外の攻撃もできるのか!?)
また、何か飛んでくる。防ぐように水を凍らせる。氷に小さな丸い穴。そこからヒビが広がって、氷が砕ける。
飛んでくるものは目に見えない。ただ、水の流れが、細かな泡が、その動きを伝えてくる。
(いや、もしかしたら全部水なのかも。水を塊にして飛ばす?)
その思いつきはいかにもありそうだった。なにせ、本体すら水そのもののように感じられるのだ。きっと水を自在に操る知識を持った
なんにせよ、氷を砕けるほどの威力はあるのだ。直接当たったら、きっと傷ついてしまう。多少の傷なら問題ないが、深く──中身の知識にまで傷がつけば、修復は難しい。
(傷つくわけにはいかない。せっかくの知識を失いたくない)
セティは初めて、恐れた。自分が傷つくことが、知識を失うかもしれないことが、実感として感じられた。それを怖いと思った。
水が、急により重く感じられるようになった。攻撃されるのが怖くて、自分の周囲を凍らせる。
また、何か飛んできて氷を砕く。その隙間をまた氷で埋める。
(どうしよう、どうしたら良い? このままじゃ、ただ沈んでくだけだ)
恐れは焦りになった。焦りは、セティの思考を停止させた。
セティはただ、見えない相手を前に、自分を氷で閉ざして身を守るだけになってしまった。それは、自分の動きを止めるだけにしかならなかった。
(どうしよう。こんなの、すぐできるって思ってた。自分なら簡単だって思ってた。こんなになんにもできないなんて)
意味のない思考がセティの頭の中を支配する。薄暗い水の中で、セティはたったひとりだった。誰も、セティを助けてはくれない。
氷が削れ、また氷を作る。氷の中に閉じこもるように。とにかく身を守るために。
そのときだった。次の攻撃はセティを大きく外れ、セティの頭上に向かっていった。
(どうしてだ? 何かあるのか?)
セティは遠くなった水面を見上げる。そこから、セティに向かって細く伸びてくるものがあった。水の中できらきらと輝くように伸びてくるそれは、蜘蛛の糸。
水の攻撃が蜘蛛の糸を狙うが、蜘蛛の糸はゆらりと水の中で揺れ、被害を受けている様子はない。
糸の先には、手のひらに乗るほどの大きさの蜘蛛がいた。水の中をセティに向かって沈んでくる。
(あれは……ソフィーの)
ソフィーが
セティは頭上の氷を消して、蜘蛛に向かって手を伸ばした。蜘蛛がセティの手に辿り着く。セティは糸を掴む。細い、けれど切れることのない意思の糸。
(そうだ、俺が捕まえなくても良いんだ。
セティは
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