第6話 バック・トゥ・ザ・異世界

 魔女王フォルネウスは、はっと気がついた。

「こ、ここは・・・」

「ま、魔女王さま、これは・・・」

 フォルネウスは、魔女軍団とともに周囲を見た。

「なんじゃ、これは? 城壁? いや、城か?」

 壁のような直立の城が、いくつも周りに建っていた。

 地面が硬かった。見ると、地面は石のようであった。

 うるさい音がするので見ると、軍団を囲んで箱のようなものに人間が入っていて、やかましい音を発していた。

「あれは自動車という荷車で、ここは道路なんス。ここにいると轢かれるっスよ」

 気づくと、よこにさっき記憶を読んだ魔族の娘が立っていた。

「こ、これは・・・、か、怪獣や、魔獣が跋扈する世界ではなかったのか?」

「フォルネウス、おまえ、あいつの記憶を読んだのではなかったのか?」魔王アガレスもいた。

「そんな時間はないわい。怪獣とか、強いものの記憶だけしか読もうとしておらぬ」

「なんということだ・・・、ここがタエどのの国・・・」あれ? 騎士もいた。

 あの昆虫怪獣がいた。羽を広げると、一気にどこかへ飛び去った。

 こいつらまで転生させてしまったか。まあよかろう。

 フォルネウスは飛び去る怪獣を見上げながら、必死に気を落ちつけようとした。

 落ち着け、まずは異界に転生は成功したようじゃ。

「ま、魔女王さま、ど、どうすればよろしいのでしょう。これから・・・」

 メリジューヌもあたふたしておる。

「だ、だいじょうぶじゃ、もとの世界に転生しなおすための魔方陣はすでに起動してきた。再転生が発生するのを待てばよい。まず、イメージじゃ。イメージじゃが・・・」

 そこらに怪獣やら、魔物やらもおるのだろうと思っていたから、予想が違い過ぎた。この世界でいちばん強い怪獣とは、どこにおるのだ?

 あたまが混乱して、イメージが・・・。

「こ、この世界でいちばん強い怪獣は、どのような怪獣なのだ?」魔族の娘に訊いてみた。

「この世界に怪獣はいないっス。人間が支配してるっス」

「人間が? そんなに強い人間なのか?」

「いや、強いっていうか、権力はあるっスね。あ、あれがこの国の支配者っスね」

 娘が呼び差すさきに、壁に貼られた写真があった。

『自淫党 内閣総理大臣 山田某』ハゲたじじいだった。ねっとりとした笑顔が気色悪かった。

 こんなものがそんな強いはずはあるまい!

「怪獣は? 怪獣はいない?」

「あれは空想っス、空想の産物っス。つまり、イメージっスよ」

 わからぬ!

 どういうことじゃ!

 そうじゃ、さっき読み取った、この魔族の娘の記憶をたどってみればよいのでは?

 そのとき、どかーんと音がした。

 振り返ると、体長五メートルぐらいの半獣魔女が、人間が乗った箱をひっくり返していた。

「ビービーうるさいぞ!」いっしょに転生した魔女軍が、あたりの箱を蹴散らしている。

 周りにいた人間たちが、大騒ぎして逃げはじめた。

 まあ、よかろう。

 人間の国であれば、この世界も、そのうち攻め滅ぼしてやろうではないか。支配者じゃ。

「マズイんじゃないか?」

 魔王、まだいた。

「なにがじゃ?」

「ここは、どうやら俺たちがさっき転生した場所のそばらしいぞ」

「それがどうしたのじゃ?」

「このあたりには、自衛隊とかいうこの国の軍隊がいてな・・・」


 高尾山に出没する昆虫型怪獣の鎮圧のため、朝霞駐屯地からきていた、陸上自衛隊第1偵察戦闘大隊の一六式機動戦闘車や、九六式装輪装甲車の隊員たちは、それを見て驚いていた。

「市街地に出た別な怪獣ってあれか〰〰! なんか半分人間っぽいなあ」

「ああ、車ひっくりかえしてるぜ」

「ほっとくとまずいぞ」

「あれって、破壊行動なんだよな? どうするんだ? やるのか?」


「出ました! 出ましたよ! 市街地で戦闘です!」

 防衛相が嬉々として首相のところへ駆けてきた。

「まだ戦闘ではないでしょう。破壊行動に出たのですか?」

 総理大臣山田はまた、ひっくり返ったような騒ぎの官邸のなかを引っ張りまわされていた。

 政府方針を簡単にメディアにしゃべってしまって、にっちもさっちもいかなくなって、そのまま閣議決定するしかなくて。

 あんな簡単な方針だすんじゃなかったよな〰〰。あれじゃ、なんでもかんでも、破壊があったら、すぐ戦闘になっちゃうよな〰〰。どうすんだ?

「ちょっと待ってください。ええと、怪獣がいっぱい現れたんですよね? ええ? 怪獣じゃない? 魔人? 魔人ってなに? え? 魔女? どういうこと?」

 補佐官と話しているのに、防衛相が、ぐいっと顔を近づけてきた。

「総理、破壊行為、ありましたよ!」

「え、市民の避難は・・・?」

「避難、完了してます!」

 あ、また、うしろに幹事長のババアもいやがる。

「わかりました。政府方針にしたがって、すぐ攻撃!」

「はあい!」

 だから、それは俺のセリフだっての。


 ごうごうと別な音がした。

 魔女軍たちの周りには、人間のすがたはなかった。道路と呼んだ広い場所のさきに、ヒキガエルの鼻先に管を差したような機械が現れた。

 見上げると、蜂のような機械も宙を飛んでいた。

「うん?」

「攻撃される。逃げたほうがいいぞ」魔王はそう言うと、建物のほうへ走っていった。

「攻撃? ふん」

 鼻で笑うと、魔女王フォルネウスは、ゆうゆうと片手をあげて、魔障壁の魔術を発動した。

 ちゅどーんとでかい音がして、爆風がフォルネウスの尻を蹴り飛ばした。

「あああああ!」

 フォルネウスは、くるくると前転して、道端の立て看板に激突し、路肩にばったりと大の字に倒れた。

「あ、あれ?」

 どかーん、ばかーんと音がして、魔女たちの悲鳴が聞こえていた。

 え?

「だいじょうぶか? パンツまる出しだぞ?」

 魔王が見下ろしていた。

「ど、ど、どうなって・・・」

「やっぱり知らなかったか。こっちの世界には魔力や、魔術がないんだ。だからおまえたちにはいま、魔力はないし、魔術はこっちの世界で使えない。こっちからきた連中に魔術が効かなかったのもそういうわけなんだ。解ったか?」

 えええええ!

 そんなの聞いてないわ!

 魔力なしでどうするのよ!

 どかん、ばかんと音がする。

「ま、魔女王さま! ど、どうしましょう〰〰、魔術が出なくって、みんなブッ殺されそうになってます〰〰」メリジューヌが逃げてきた。

「ああ、もう、よく分からん! に、逃げるしかあるまい! もうそろそろじゃ、もとの世界に転生されるはずじゃ!」

「ああ、ちなみにだな、どうも、こっちの世界の時間は遅いらしいんだ。もとの世界ではまだなん秒もたってないはずだ」魔王、親切なヤツ。

「なにいいい!」

 キュラキュラと音がして、ヒキガエルが押し寄せてこようとしている。

「あああ、逃げないと! 逃げないと、ブッ殺されます!」

「に、逃げるったって、どこへじゃ?」

「身を隠せる森とかは? な、ないですね! と、とにかく、走りましょう!」

 フォルネウスたちは、広いところをやみくもに走った。

 ずどーんと、地面が爆発して、ひっくり返った。

「あああ!」

「逃げるのじゃ!」

 どかん、すかんと、まわりの地面が吹き飛んだ。

「あああああああ!」

 ヤバい! 死ぬ! 死んだ!

 その瞬間に、フォルネウスたちは穴に落ちた。


 ああ、転生した。

 異界の暗い流れのなかを飛んでいる。

 よかった。助かった。これで元の世界に戻れるのじゃな。

 あああ、えらい目にあったのう。やはり異界は恐ろしいのじゃのう。やはり、あの怪獣がおったところじゃ。

 あ、そうじゃ、イメージじゃ!

 強い怪獣をイメージせねば!

 それも、巨大にじゃ! あの巨獣を数倍は超えるように転生するのじゃ。

 じゃが、どんな?

 考えるのじゃ! ああ、じゃが、まだあたまが混乱しておる。

 なんか、うまくイメージが浮かばん!

 ああ、もう! ハゲたじじいのすがたが出てしまう! ダメじゃ! あんな足が臭そうなおやじになんて転生してたまるか! 冗談ではないわ! ああ、でもあの写真があたまから離れなくて・・・。

 やめよ!

 それだけはイヤじゃ! 巨大なおやじに転生はイヤじゃ。

 魔族の娘の記憶じゃ! そうじゃ、ほかの記憶じゃ!

 じゃが、この娘に怪獣らしき記憶がないのう。なんじゃ、この記憶は! 食い物の記憶ばっかりではないか、しかも麦飯とか、モヤシとか貧相なものばかりじゃ。悲しいヤツじゃ。

 ああ、巨獣の記憶もあるぞ! なんか、猿の巨獣と戦っておるが! ああでも、記憶が少ないぞ! コマーシャルってなんじゃ? あとは、変な髪型の剣士がでてくる芝居とかばかりじゃ。

 ああもう! 強い者の記憶はないのか!

 ああ、いかん、ハゲおやじのイメージが強すぎて・・・。



 その場所にふたたび光が満ちた。

 リオラたちは、固唾を呑んでそれを見ていた。

 黒々とした雲が湧き、そして膨らむ。

 巨大な魔物の出産を見るように、その雲の胎内からまがまがしい気配を漂わせながら、それは雲の下に吐き出されていた。

 地響きを立て、それは地面に降り立った。


 おお。

 わたくしは戻ってきた。

 ふたたび転生した!

 ここは、まちがいない。さきほどの転生魔方陣じゃ!

 大丈夫じゃ! きたないオヤジのイメージはギリギリ回避したぞ!

 足元にメリジューヌたちがいた。小さいぞ!

 よしよし、わたくしは巨大化しておる!

 あれ?

「あ、魔女王さま・・・」魔女メリジューヌは、ポリポリとあたまを掻いていた。

「ななな、なんじゃ! おまえたち、怪獣になっておらぬではないか! ど、どういうことじゃ!」

「あ、あのですね。やろうとはしたんですけど、うまくイメージっていうか・・・、できなくってですね・・・、その、怪獣っていうのが、ちょっと抵抗が・・・」

「おろかものがああ! どんだけ苦労して転生させたと思っておるのじゃ! ばかものどもお!」

 魔女王フォルネウスは、だだっ子のようにじたばたとした。

「おのれら、死ぬ覚悟はあるのであろうな!」

「で、でも、でもですね。魔女王さまも、怪獣では・・・」

 なに?

 なにを言っておる? わたくしは最強の・・・?

 からだを見た。


 リオラと、エリクシールは、ならんで呆然とそれを見ていた。

「あ、あれはなんなのです?」

 エリクシールたちの頭上に、フリルの裾がひるがえっていた。

「ああ・・・、あれは、あれは、セーラーム・・・、いや、なんでだ〰〰〰」


 魔女王フォルネウスは混乱していた。

 なんじゃ!

 なんなんじゃ、これはあ!

 このヒラヒラした服はなんじゃ! 足がまる出しじゃ!

 この派手な棒はなんじゃ? なんでわたくしがこれを持っているのじゃ?

 あ、でも、すごく若返った? あは♡

 ああ、いや、そんな場合じゃない!

 大きさも数倍にと思ったけど、これの数倍じゃたいして大きくなってない! こんなじゃ、相手の軍団に勝てっこないではないか〰〰!

 どうすんだ〰〰!

 あの魔族の娘の記憶はいったいなんなのだ! なんでこんなものがあの娘の記憶のなかで最強なのだ! ウソだろ〰〰!

「だから詰めが甘いっていうんだよ。なんだこれ?」

 魔王がいた! ちくしょう、異界においてくるつもりだったのに! いっしょに転生してしまったのか! もとのままだ!

「これは美少女戦士っていうんスよ。魔王さま。かなり古いヤツなんスけど」魔族の娘もいた。

「ああ、無料動画しか観せてやれなかったからなあ、スマンなあ」

 なにを言っておるのだ、こやつら! まるで分からん!

 魔女王フォルネウスは、あわててまわりを見た。

 リオラや、エリクシール姫もいた。

 あれ? なんか、忘れてないか?

 そのとき、フォルネウスたちの頭上を影が覆った。


 タエはどんくさかった。

 走り幅跳び六〇センチの記録は、他の追随をゆるさない短さであった。しかし、二三〇倍になったそれは、一三八メートルに達していた。

 タエは魔方陣へ向かって跳んだが、目測を誤って、跳び越えてしまっていた。

 どてどて、と転がって尻もちをついた。

「ああっ、ダメだ! が、がんばらないと!」

 タエは振り返って、のぞのそと立ち上がり、もういちど跳んだ。

 そのあいだにすでに魔女王たちの転生が終わってしまっていたことも、さらには転生して戻ってこようとしていたことも、気づいていなかった。


 魔女王フォルネウスは頭上を見た。

 足だった。

 あ、あれ・・・?

 すどーん、と踏まれた。

「ああああああああああ!」

 ああ、ちくしょう! そうだった、巨獣、いたんだった!

「あああ、痛い、痛いい! いやっ! やめて!」

 魔女メリジューヌたちも踏んづけられていた。

フォルネウスたちは必死に魔障壁を張ったが、パキパキと砕かれた。超巨大火炎魔術式を起こそうとしたが、プスンと消えた。そうだ、魔術効かないんだった〰〰!

 地面とのあいだで、オタフク顔につぶされながら、フォルネウスが見ると、リオラが目のまえに立っていた。

「あああ、助かったよ〰〰、タエちゃん〰〰。予想外のこと多かったけど・・・、なんとかなったかな〰〰」

「お・・・、き、きさま! きさまのたくらみか!」

「いや〰〰〰、ぜんぜんたくらみじゃないよ〰〰、でもまあ、いい感じになったかな〰〰」

「お、おのれ! これで終わると思うでないぞ!」

「いま、それ言えるかっこうじゃないよね〰〰。言うとおりにしないで、このまま死ぬ?」

 ぐいぐいと巨獣の体重がかかっていた。

「ああ、痛い! 痛いって! ええい、クソっ! どうしようと言うのじゃ!」

「持ってる魔石を寄こしなよ〰〰、まだあるよね。そしたら殺さずにおいてあげるよ〰〰」

 ああ、クソっ!

 どんどんっと踏まれた。

「ああ、いや! 痛っ! 痛い! 痛いってのよ! ああ、わかった、わかったから!」

 ああ・・・、もう、無理じゃ・・・、疲れたわい。

 魔女王フォルネウスは、なんかもう、いろいろ観念した。


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