第5話 キングオブモンスターズ

 そこはコミケ。

 うす暗い願いをもった人間たちが数万人集まった魔の巣窟。

 その日いきなり異世界転生。魔術と魔族のファンタジー世界。強くなりたくないか? 最強の怪獣はどう? 最強の剣聖は? ドラゴンになってみないか?



 あらたに起こった地響きが、わずかに残った魔王城の城壁を崩落させた。

 それは、平原に現れた。

 それまでのいかなる魔術の発露よりも、それは巨大であった。

 地面が割れ、暴風が湧き、黒雲が世界を覆いつくして吐き出された。

「こ、こんどは、なにが・・・」

 ランスエリスは、それまでのようすを呆然と見ているしかなかった。

 これもおなじだ。人間にどうこうできる規模のできごとではない。

 平原にいた魔女軍の軍勢が、退くひまもなく崩落する地面や爆風に吞まれるのが見える。

 そうして、そこにあらたに現れた軍勢に、王女エリクシールは目をみはった。

「なんということ!」


 ヤバい!

 リオラ仙太郎は、ビビっていた。

 ああ、やっぱり、心配していたとおりだ〰〰。想像以上のことが起こってしまった〰〰。

 その大平原に数百の軍勢が転生していた。

 そこにはモ〇ラや、キ〇グギド〇もいる。怪獣大集合。

 ただ、怪獣はそれほど多くなかった。いかにもな鎧を着た勇者や、剣士、鬼〇隊みたいなの、ビキニアーマーの美女剣士みたいなのがやたら多かったようだ。転生者には意味がないはずの、魔法使いみたいなのもけっこういた。


「あれ、オタクも剣士?」

「あ、ええ、魔戦闘士っていうヤツですう」

「きみは? あれ? 魔法使い? 魔術はダメって言われなかった?」

「えへっ、だって、どうしても魔法少女になりたかったんですもん、魔法できなくっても、すがただけでいいんです!」

「このチェインメイル、オリハルコンでって言ったんだけどなあ、重いんだよなあ」

「剣はまあまあイケてますよ」

「ステータスパネル出ないんだけど、出し方知ってる?」


「あー、テステス、あー! おまえたち、聞けー!」

 丘の上に、魔女メリュジーヌが立っていた。手に魔術拡声器を握っていた。

「あー、整列! 整列う! 列を乱すなあ! でかいやつは後ろだ、後ろお! ちゃんとやらんとブッ殺すぞ! オラッ!」

「おお、魔女キャラか? 繊細美女でオラオラかあ、イケてるなあ」

 軍団は、条件反射的に指示にしたがって整列していた。

 それは習性というべきものであった。

「いいかあ! おまえたちにはあ、あそこにいる巨獣と、魔王と戦ってもらうう! 事情があってえ、わたしたち魔女軍が戦えないい! おまえたちが戦うのだあ!」

「ああ、そういうクエストなわけね。なんか設定が雑だなあ」

「ああ、いるいる、巨獣って、ああゴジ〇かあ。でっけえなあ」

「魔王ってどいつ?」

「で、クリアしたらどうなんの? クリアボーナスとか? お金? レベルアップ?」


 魔女王フォルネウスは、魔王城からこの平原に転移していた。

 ははは、どうじゃ!

 これほどの軍勢は予測できなかったであろう。怪獣も一匹や二匹ではないぞ! 変なやからも大勢いるようだが、まあ、よかろう。

 貯めこんどいた魔石はだいぶ使ってしまったが、転生怪獣がこれほどいれば、あの巨獣や魔王とて恐るるに足りぬわ!

 魔女王フォルネウスは、薄衣うすきぬの黒衣の裾をあざやかにひるがえして、丘の上に進み出る。

 魔威はあふれんばかりで、地鳴りを伴ったが、転生者の軍団には影響がなかった。

 ま・・・、まあ、よい。

 丘の高みに立つと、周囲の大気が、そのあふれだす魔威のため瞬時に凍って、風花かざはなのように魔女王の周囲を舞った。

「みなのもの! わたくしが魔女王フォルネウスじゃ! わたくしに従えば、きさまたちの望みをかなえよう!」

 ふふふ、畏怖しておるな。

「熟女キャラ?」

「失礼よ、まだ若いんじゃない?」

 ピキッとフォルネウスの額に血管が浮いた。

「だれか、なにか申したかな?」

 威圧したが効かなかった。

「よいか! おまえたちはこの魔女王の魔術によってこの世界に転生した。わたくしのいうことを聞かねば、もとの世界に戻ることはできぬと知れ!」

「魔女王かあ、できたら魔女王は幼女キャラで欲しかったかな?」

「そうよね、成人キャラで威圧系だと、ザコキャラっぽいよね」

「魔女王さま、こいつら、ブッ殺しましょう・・・」魔女メリュジーヌが死霊鎌を取り出している。

「ま、まあ、まて、働かせてからじゃ」小声でやり取りした。

 メリュジーヌはふたたび拡声器を取った。

「オマエラあ! 前進せよお!」

 軍勢は、ゆるゆると動き出した。

「ほら! 行けえ! 行かんか!」


 タエはビビっていた。

 魔方陣の破壊が起こると、Gは空へ飛んで逃げたので、タエはほっとしたものの、そのあと別な怪獣たちが現れるのを見て、ぎょっとした。

「あれは! あらたな敵でしょうか!」

 剣を構え直すランスエリスのすがたが、足元に見えた。

 その前方に、数多くの剣士や、怪獣の軍勢が押し寄せようとしている。

 まさか、あんなにたくさんの転生者を味方につけたのかしら!

 ウソでしょ、そんなの勝てるわけないわ!

 それでもタエは立ち上がった。

 ランスエリスが出ようとするのをさえぎって、前に出た。

 戦うしかないのかしら。


 魔女王フォルネウスは上機嫌であった。

 いいぞ、思惑どおりじゃ。いかにリオラでも、魔石ひとつでこの軍勢を異界に送り返すことはかなうまい。このまま魔王と巨獣を蹴散らさば、魔方陣もリオラも我がものじゃ。

 うふふ。

「それで、達成したら、どうなるんですかあ!」軍勢のなかの誰かが訊いた。

「戦功をあげた者にはあ! もとの世界に帰してやるぞう!」

 メリュジーヌのその言葉に、軍勢の足が止まった。

「え、帰す? 帰すだけ?」

「どうした? おまえたち、帰りたいのであろう?」

「いや、べつに?」

「は?」

 多くの者が、どよどよと話し始めた。動きは完全に止まった。

「あれ? どうしたのじゃ? どうして進まぬ」

「ええい! 進まぬかあ!」

「だってねぇ・・・、帰りたくはないわけだし」

「はい?」

「だから、帰りたくないんで」

「いや、おまえたちはいきなり連れてこられたのじゃぞ、この世界はたいへんじゃぞ」

「あ、いいんで。納得してるんで」

 あれ?

 思ってたのと違うのう。

「魔女王さま、ど、どうしましょう?」

 そのとき、べつな拡声器の声がした。


 リオラは高台に立っていた。どこから出したか、拡声器を持っていた。

 平原を見下ろすその高台からは、転生者たちが右往左往するようすが見えていた。

「あー、転生者のみんなー! 仕様変更ですー! 設定を変えますー! ゴジ〇は味方ですー! 転生者なんですー! みんな、うしろを見ろー!」

 転生者たちは、いっせいに後ろを振り返った。

「あそこに、モンスター軍団いますー!」

 そこに、魔女軍の大群が、撤退を迷いながら待機していた。

「聞いているかも知れませんがー! みなさんは魔術防御チートですー! 敵の魔術は効きませんー! やっつけ放題ですー! 無双いけますー!」

 おおお、と歓声があがった。

「よっし! いけー!」

 リオラの掛け声とともに、軍団はいっせいに、わああと叫んで魔女軍のほうへ突進した。


 魔女軍の軍団を指揮していた高位魔女たちは、それまでの経緯をまるで知らなかった。

「あ、あれって、なんであろう?」

「巨獣のようなものもいっぱいいるわよね・・・」

「こちらに向かってくるけど・・・」

 魔女王さまに、大陸を攻めるといわれて軍勢を率いてきたものの、魔女王さまの魔術の発動で、暴風は起こるわ、地面は割れるわ、怪獣や巨獣が現れるわで、あたふたしているときであった。

「ま、また人間軍が呼び寄せたのではないのか?」

 魔女軍はざわついた。浮足立っていた。

「に、逃げる? 逃げる?」

「バカ! 魔女王さま置いて逃げたりしたら瞬殺されるわよ?」

 魔女王の怖さと、魔女王国の体育会系体質は、幹部たちにも染みついていた。

 逃げることはできない。

「ええい、オタオタするでないわ! われら、魔王軍にも劣らぬ精鋭魔女軍であるぞ! お、恐れるでなーい! もともとわれら、臨戦態勢でここにおるのだ! ぶちかませ!」

 おおお、と高らかに声があがった。

 やぶれかぶれに叫んでいる感じも、ちょっとしていた。

 しかし、相対するのは、チート身体能力を獲得した勇者とか、戦士とか、剣士とかであった。それらは、加速魔術を上回るありえない速度で地を駆け、魔女軍の戦列と激突した。

 そこで、魔女軍たちは、ぱーんと、地上花火みたいにはじけ飛ばされていた。

「あふっ!」

「や、やっぱりダメじゃないの〰〰」

 怪獣軍団が、それに追い打ちをかけて踏みつぶしていた。


 魔王アガレスたちは呆然とそれを見ていた。

 思い出して、食べかけのアンパンを口に運んだ。

「あ、なんか、ひどいことになってるっスねぇ」

 アガレスが振り返ると、ダリがいた。でかい袋を背負っていた。

「ダリ、あなた、どこにいたのよ」ガーロが心配そうだ。

「へへへえ、城の宝物庫に行ってきたっスよ。バッチリ取ってきましたからね。これで異界にまたいけば、晴れてタワマンも支配下におけるっス!」

「いや、待てよおまえら、こっちに戻りたかったんじゃないのかよ・・・」


 軍団が駆け去った丘に、魔女王フォルネウスたちはぽつんと立っていた。

「あ、あれ?」

「ど、どう・・・?」

 フォルネウスは我に返った。

 どうした? なにが起こった? ええ? なんか間違えた?

 軍団が、魔女軍を攻撃してる。

 ああ、クソっ! ヤバい!

 おのれ、リオラ! いちいちこちらの手を逆手に取りおって!

「ええい、アガレス! ちくしょう! おまえのせいじゃぞ!」

 魔王城の跡地にいる魔王アガレスに向かって叫んだ。

「人間などに従わず、わたくしに力を貸せ! さすれば魔族も復権させてやろうものを!」

「俺がいないとみて、大陸をわがものにしようとしたくせに、旗色悪くなったら力を貸せとか、勝手なこと言うんじゃねぇよ」

「わ、そ、それはしかたあるまい! わたくしが魔国を攻めたわけではない!」

「どっちにしたって、いまさらだわな。あんだけ巨獣とか、勇者とかいたらムリだろ? おまえが失策こいたんだろ?」

「ま、まあ、それは認めるが・・・、それより、まだじゃ! まだ逆転の一策があるのじゃ! あのリオラの小僧がおまえとの戦いで、最後に使った『逆転生』魔方陣さえあれば・・・」

「あえ? 逆転の策ぅ? なんだよそれ、大丈夫か? おまえ、全部詰めが甘いからなぁ」

「だ、大丈夫にきまっておろう!」

「逆転生って、あいつら全部もとの異界に戻そうってのかよ? そんなでかい魔方陣、どこにあるんだよ」

「マヌケめ、そうではないわ!」

「あのう・・・」

 声を聞いて、魔王が振り返ると、ガーロが立っていた。

「あの、お取込み中なんですけど・・・」

「なんだ?」

「あ、魔方陣ですよね? あ、それなら、もしかして、ここにあるヤツじゃないですかね・・・?」

 ガーロが指さした魔王城のもとの中庭あとには、紫色の魔力だまりがあった。それは、リオラの魔方陣であった。

「これじゃ! この魔方陣じゃ!」

 魔女王は、転移魔法で瞬間に、その魔方陣の真上に飛んでいた。

 その中空に、天女のように衣を揺らせながら現れた。

 魔女王のような高位の魔力を持つ者には分かる、それは魔術の残滓だ。

 魔王アガレスはそれを見上げる。

「どうしようってんだ? もう、あの軍勢はどうにもならんぞ!」

「そんな安い手ではないわ!」

 フォルネウスが指を鳴らすと、おなじ中空に、魔女メリジューヌ、そして数十匹の半獣魔女の軍が出現した。

「これは・・・、お、お呼びでしょうか、魔女王さま!」

 それは、メリジューヌをはじめとした、魔女軍の精鋭であった。

「うむ、おまえたちはこれからすぐ、わたくしとともに異界に転生するのじゃ! そうして、きゃつらを上回る強大な怪獣の軍団となって転生して戻るのじゃ!」

 魔王アガレスたちはたじろいだ。

「おま・・・、なにムチャなこと考えて・・・」

「少数であろうと、われらであれば、あの人間の軍にもおくれは取るまい!」

「えええ? ま、怪獣ですか・・・?」メリジューヌはちょっと引き気味であった。

 ちらっと、タエや、怪獣群のほうを見た。

「それって、ああいうヤツですよね・・・」

「なんじゃい、イヤだと申すか?」フォルネウスがぎろりとにらむ。

「ああああ、いや、いや、そうではないです〰〰! でも、ど、どれがいちばん強いのか、よくわからないと言いますかぁ〰〰」もじもじとした。

「む」

 ううむ、確かに、転生するにはイメージがもっとも重要じゃ。なにに転生したいかはイメージしだいなのじゃ。異界の怪獣は、この世界のメリジューヌではイメージしろといっても難しいのも確かじゃ。

「見たであろう、あの巨獣でよいではないか! あれをこう、もっとでかくすればよい! でなければ、あれじゃ、あれ、魔王の大魔神じゃ! あれをもっと巨大にじゃな」

「巨大キンタマはちょっと〰〰」

「だれが巨大キンタマだ! コラあ!」魔王が怒っていた。

「ええい、と、とにかく、転生するのじゃ! もたもたしておると、魔女軍が全滅してしまうではないか!」

 その声とともに、フォルネウスが手をかざすと、魔方陣が妖しい光を放ち、いきなりに暴風がその場を襲った。

「でも、魔女王さまぁ」

「ええいもう! おい、魔王、こいつを貸せ!」魔女王フォルネウスは、いきなりダリを指差した。

「え?」ダリはきょとんとしていた。

 その瞬間、ダリのからだが抱えた袋ごと宙を飛んで、フォルネウスの足元で止まった。

「いいか、いちどは異界に転生したこやつの記憶を奪う! あの巨獣や怪獣がいた異界ならば、さぞやさらに強い巨獣もおったであろう! イメージじゃ、イメージ!」

「はあ、わ、わかりました」

 ダリの頭を、フォルネウスの手ががっしりとつかんでいた。

「ダ、ダリ!」暴風のなか、アガレスや、ガーロの声はかき消されている。

 黒い霧がダリの頭を包み込み、ダリは白目を剥いて泡を吹いていた。

 急速に、魔方陣が閉じようとしていた。


 リオラはそのようすに気づいた。

「あ、マズイ〰〰〰」

 それはリオラが隠ぺいしてあった『逆転生』魔方陣であった。魔王をまた送り返すためのものだ。隠ぺい魔術の術式が、おそらくは魔王城のたび重なる崩落で損傷したにちがいなかった。

「なにが、どうなっているのですか?」王女エリクシールは、事態が呑み込めず、心配顔を巡らせていた。

「あの魔方陣を使われると、転生が自由にできてしまう〰〰〰! もとの世界が危ない〰〰〰! あいつらもゴジ〇に転生しちゃうかも〰〰〰!」

「どうするのです! それを止める手段はあるのですか!」

「魔方陣を消すか、あるいは・・・」魔女王の魔術式を止めるしかないが、それは人間ではかなうまい。

 そのとき、一陣の風が、エリクシールたちのそばを走り去った。

 陽光を反射してきらめかせるそれは、ランスエリスの鎧であった。

 聖剣を掲げて、魔女王に突進するそのすがたに、エリクシールは神聖力の加護を送った。

「ランスエリス!」


 わたしは呆然としてた。

 ゴジ〇に転生したけど、なんにも役に立てないまま、右往左往してた。

 だけど、なんかしなきゃって思ってた。

 追い詰められた魔女王が、なんかヤバそうなことを始めてた。

 ランスエリスがそれを止めようと、走っていくのも見た。

「魔方陣を消せばいいのね!」

 わたしはそれに向かって走った。

 いそがないと、間に合わない!

 地面を蹴った。

 宙を跳んだ。


 なに?

 なんなの?

 志摩子は宙を飛んで、そのまわりをうろうろしていた。

 どうなってんの?

 なんか、いっぱい転生したきたけどさ。戦ってるけどさ。

 ええ? 魔方陣? 逆転生?

 え?

 転生しなおすの? できるの? マジで?

 それって?

 それって、人間に戻れるんじゃん?

 マジか!

 いくしかなーい!


 それぞれの者が、いっせいに魔方陣に殺到する。

「うははは! もう遅いわ!」

 魔女王フォルネウスは高笑いした。

「魔王! おぬしもこの世界では邪魔じゃ。もういちど異界に封じてくれよう! いっしょにこい!」

 そう言いはなつと、魔王アガレスのからだに転移魔術の黒煙が巻きついた。

「お?」

 つぎの瞬間、すさまじい地鳴りが周辺一帯を襲い、地が裂ける破壊音が、雷鳴のようにとどろいた。

 それを見るエリクシールたちの目を射るすさまじい光が、天地を満たしていた。

 魔方陣は、その上にいる者たちを呑み込んで収束していった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る